飛び出した理由

「よーし、飲み物も取ってきたね?それじゃあ……」


「「「かんぱーい!」」」

「か、かんぱーい……」


 年が明け、1月の終わりに近付いてきたある日の放課後。私はカラオケにいた。室内にいるのは私を合わせて7人で、男女比は男3:女4。他の皆は明るく楽しげな、いわゆる「陽キャ」という人種である。


(どうしてこうなった……)


 大きな場違い感を感じつつも、曖昧にグラスを掲げて声を返す。


(あの時、勇気出して断っとけば……)




 ***




加奈子かなこちゃん、ちょっといい?」

「は、はいっ、何ですか……」


 中間テストが終わっていつものように部室に行こうとしたところ、出し抜けにかけられた声に萎縮しながら振り返る。話しかけてきたのは明るい茶髪に軽く着崩した制服と、垢抜けた雰囲気のクラスメイトの女子だった。


「この後、テストの打ち上げでカラオケ行こって話してるんだけど、加奈子ちゃんも行かない?」

「え、えっと、私、ぶか……」


 そこまで言って、はたと口をつぐんだ。理由は白音先輩についてのことだ。

 この間映画に行ったあの日以降、何だか白音先輩と話しづらいのである。別に大した理由ではない。ただ、「親が死んだ」という話を聞かされて、そこから何となく接し方がぎこちなくなってしまったのだ。

 だから、『部活があるので行けない』とキッパリ言えなかった。文芸部の部室あの部屋に行くのが少し嫌なような、白音先輩と顔を合わせるのが少し気まずいような、そんな気持ちが心中で燻っていたから。


「?嫌なら、別に無理強いはしな……」

「い、行きます!」


 黙りこんでいた私を見て身を引きそうになっていたため、急いで返事をする。


「おっけ、じゃあ行こっか?」




 ***




 そんなこんなで、現在に至る。


「いやー、加奈子ちゃんがこーいうのに来てくれるのって初めてじゃない?」

「だよねー。いつもは何してるの?」

「ぶ、部活行ってます……」

「文芸部だっけ?あそこってあんまり活動してないイメージだったんだけど、どんな感じ?」


 次々と投げられる質問に、少し尻込みしながらも答える。


「き、来てるのは私と先輩だけです。他の人はみんな幽霊部員でして……」

「へー、そりゃ大変だね。文芸部ってことは、やっぱり本読んでるの?」

「は、はい。最近はちょっと、本を作ろうって感じですけど……」

「マジ!?お話書いてんの!?すごいじゃん、出来たら見せてよ!」


(テンション高いな……)


 グイグイ来る様子に気圧されつつも、彼らをどこか好意的に感じている自分がいた。明るさというべきか、元気さというべきか。白音先輩とはまた違ったタイプの''心地良さ''だった。


「……それで、ちょっと聞きたいんだけどさ」

「へ?何ですか?」


 それからしばらくして、一通り歌い終わったあと。1人の男子がおもむろに口を開いた。


「白音先輩って知ってるよね?彼女について聞きたいんだけど……」

「え、はい。いいですけど……」


 唐突に出てきた先輩の名に驚きながらも答える。一体何か、と身構えていると、




「白音先輩のお母さんはお父さんに殺されたって話、ほんと?」




「……は?」


 呆気に取られる、とはまさにこの事だろう。今聞いた情報を中々処理できずにいた。


「えーと、ごめん。初耳……だったりした?」

「い、いや。何でそんな事を……?」

「じゃあさ、今度聞いてみ……」

「お前、ちょっと待てよ!」


 私が返答に困っていると、今度は別の男子が大きな声で無理やり会話を終わらせに来た。


「お前マジで……聞き方ってもんがあるだろ!」

「いや、でもみんな気になってたんじゃ……」

「だからってそんな直で行く奴があるか!」


 その会話を聞いて、彼らが今日私をカラオケに誘った理由が分かった。

 体良く聞き出そうとしただけだったのだ。あるいは、自分らが先輩に聞くことで悪印象を抱かれるのを避けたかったか。


「……すみません。私、もう帰ります。今日は誘ってくれてありがとうございました」

「ちょちょ、加奈子ちゃんちょっと待ってよ!」

「私の分のお金は置いとくので。では」


 止める声を無視して部屋を出ていく。店員に声をかけていこうかとも思ったが、フロントに誰もいなかったためそのまま外へ出た。

 外はやけに寒く、暖房の効いた室内との温度差でひとつ大きなくしゃみをした。


「……何で、こうなるんだろ」


 結局はこうなるのだ。結局は1人になる。

 今回は、珍しく仲良くなれるかと思った。なのにこうなった。


「……帰ろ」


 駅の方向へ向き直り、歩き出そうとしたその時



「……お、いたいた。辛気臭い顔してどうしたよ、カナ?」


 聞き慣れた、鈴を鳴らすような優しい声がした。


「……白音先輩?」


 振り返ると、そこには小さなお姫様━━白音先輩がいた。


「なんで、ここに」

「なんでってお前、部活来てないのに何も連絡しなかったじゃねえかよ。そりゃ心配して探しにも出たくなるよ」


 探してくれていた?この寒い中で?


「何があったかは知らねえけどさ、アタシらも知らない仲じゃねえだろ。勝手に1人で出てかれると色々心配すんだよ」

「……すみません。ちょっと、色々考えたくって……」


 先輩はいつの間にか横に並んでいた。背丈には大きく差があるはずだが、それを感じさせないような堂々とした立ち振る舞いだった。


「何かあったのか?」

「……あの、」


 先輩は優しくそう聞いてくれた。


 ━━━もしもここで、白音先輩にを話したらどう思われるだろうか。


 そんな葛藤がよぎる。そして、否定を口にしようとした時、


「アタシはただ、お前をもっとよく知りたいだけだ。別にその結果がなんだろうと、絶対に軽蔑したりしねえよ」


 単純な、けれど力強い言葉。


「どうしてもってんならまあ、全部は話さなくてもいいけど。それでも、お前の世界を聞かせて欲しいんだ」


 ━━━そして、腹を括った。


「……私の中学時代の話、してもいいですか?」

「いいぞ。聞いてや……」


 そこまで言って、


「ッしゅん!」


 白音先輩が大きなくしゃみをした。


「……とりあえず、どこか落ち着けて暖かいところ行きましょうか」

「すまん、それがいいな……っと、ここからならアタシの家が近いんだけど。そこでいいか?」


 ずび、と鼻を鳴らして先輩が答える。


「先輩の家……分かりました。行きましょう」

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