ふたりぼっち、知る。
それから数ヶ月が経ち、季節は秋を迎えた。だが、私たちがやる事は何も変わらない。部室に行ってひたすらに本を読み漁っては思いついた展開をメモ帳に書き出していった。純文学から大衆小説までジャンルを問わず様々な本を貪るように読んだのだが、しかしそれでも良いアイデアが浮かぶこともなく。
「……先輩。最近急に寒くなってきましたよね」
「ああ、そうだな」
「ストーブ欲しくないですか?」
「この前先生に聞いたけど余ってるのが無いって言われた」
「そんなー……それで、何か思いつきましたか?」
「そう見えるか?」
「いいえ全く」
「即答すんなよ……」
先輩は深くため息を吐いて机に突っ伏した。
「そういうお前の方はどうなんだよ、何か書けたか?」
「いやー、ちょっと厳しいですね……」
そう答えたが、一応何となく使いたいネタを書き出すことはできている。あとはその中から使えそうなのを選び、文章に起こすだけだが、
「それが難しいんですよ……」
「ほんとにな」
2人して憂鬱そうに呟く。ちらりと横を見れば、壁一面の本棚に詰まった本に見下ろされる。
「しゃーない、一旦休憩するか。自販行くけど、何か欲しいもんあるか?」
「私も行きますよ。ちょっと待っててください」
カバンから財布を引きずり出し、先輩の後をついて歩く。
「何買います?」
「コーラかな、まあ特に決めてねえけ……」
教室を出て歩いていた先輩は、廊下の角を曲がったところで唐突にその足を止めた。
「お、もしかして白音か?」
曲がり角の向こうにいたのは中年の男性教師だった。確か名前は━━━━━
「……こんにちは、
「相変わらず無愛想だなぁ。もっとにこやかにしようぜ、ほら」
彼はぐい、と自分の口元を両手で押し上げて笑顔のようなものを作る。馴れ馴れしく話しかけてくるこの教師が、私はどうしても苦手だった。どうやらそれは白音先輩も同じだったようで、
「何かご用でしょうか。何も無いなら、もう行ってもいいですか?」
明らかに不機嫌になっている。その小さな体から目一杯に不愉快オーラを出していた。
「いやー、ちょっと気になってな。ご家族のこと、あれから大丈夫か?」
……ご家族のこと?
何かあったのだろうか。不思議に思って先輩の横顔を窺うと、
「……その事については黙っててください。不愉快なので」
きっぱりと告げる白音先輩。その目には嫌悪の色が濃く見えた。
「おお、すまんすまん。余計なこと言っちゃったか。それじゃ」
悪いね、とそう言い残して先生はその場を去った。
「白音先輩、さっきの……」
「気にすんな。さっさと買って戻ろうぜ」
それ以上は何も聞けなかった。
2人でそれぞれ飲み物を買って旧校舎に戻り、椅子に座って一休みする。先輩の手元には宣言通りコーラが握られている。私は手元でレモンティーを弄びながら先程の先生の言葉の意味を考えていた。
ご家族のこと、と言っていたが。考えてみたら私は先輩の本の好みや好きな物などは知っているが、もっとプライベートな、例えば家族構成などは何も知らない。
だが、あんな反応を返した後に聞けるはずも無く。その日は悶々とした気持ちのまま帰宅した。
***
それからまた数日後。私たちは相変わらず部室で本を読んでいた。
「そういえば、その本原作の映画がこの前公開されませんでしたっけ?」
「ああ、そういえばそうだな」
先輩が読んでいた本は新進気鋭の若手小説家が書いたという作品で、早くも映画化されているという。
「その人、確か私たちと同じ県出身なんですよね?」
「そうらしいな……てかコイツ、お前と同い年じゃね?」
そう言って本の袖の著者紹介欄を見せられる。どうやら作者は高校生ながらも小説家としてデビューし、今はそのまま学校に通いつつ文筆業をしているらしい。
「……せっかくだし次の休日、この映画見に行かないか?」
突然の提案に少し驚くが、
「い、行きます!」
答えは一つしかなかった。
***
「……そういや、こうしてお前と出かけんのって初めてだな」
そして、土曜日。私たちふたりは2個隣の駅前のショッピングモールを歩いていた。目的地は最上階にある映画館。
「確かにそうですね。部室では毎日会ってるのに、ちょっと変な感じです」
「私服とかも初めて見たしなぁ」
そういう先輩は相変わらずの長袖。急に寒くなってきたから、ではない。これが普段のスタイルなのだ。夏からずっと長袖の制服なので季節感も何もあったものでは無い。
「映画館ってどっちでしたっけ」
「あっちだな」
「ちょっと、折角可愛いんですからそんな事やんないでください」
先輩があごでしゃくって方向を示すので、茶化しながら咎めた。
何だそりゃ、と笑う先輩は、それでも楽しそうだった。
◆
そんな事を話しながら歩いていると、あっという間に目的の映画館へと着いた。館内に入ってチケットを買い、上映までの時間を潰すために売店に寄る。席数には余裕があるので座席は選び放題であった。
「ポップコーンも買いますか?」
「……なんかしょっぱいもん食いたい。フライドポテトとかどうだ?」
「いいですね、そうしましょう」
塩気があるもののついでにジュースも買うと、2人でスクリーンのある部屋まで向かう。席についてしばらくして照明が落ち、館内での注意事項が流れ始めた。
「……なあカナ」
不意に隣から声をかけられた。少し周りを気にしてボリュームを落として返事を返す。
「なんですか?」
「お前って……その……家族とかは……」
何か言おうとした先輩だったが、ちょうど映画が始まってしまった。
「……? 何か言いました?」
「……いや、なんでもねえよ」
そう言って先輩はスクリーンに向き直った。
(……私の家族のこと?)
一体何だろう?気になって仕方がないが、今聞くのはやめておいたほうがいい気がした。
映画の内容はSF色の強い青春もので、とあるシーンがやけに頭に残った。
『人間は、それぞれ一つの世界だと言っていいだろうね』
『だからまあ、私を救ってくれた君は━━━』
***
「いやー、面白かったですね!」
「そうだな。久々にいい映画が見れた」
映画を見終わって、私と先輩はショッピングモール内の喫茶店で感想を言い合っていた。
「特にヒロインが主人公に思いの丈を打ち明けるシーン!あのセリフ、すごいジーンと来ました!」
「……そりゃよかった。『人間はそれぞれ一つの世界』だっけか」
「そうです!いやぁ、いい言葉ですねえ……」
感動冷めやらぬままに喫茶店を出ると、そこはショッピングモールの吹き抜けだった。見下ろすとモール内の様子が一望でき、相変わらずどこもかしこも人でいっぱいだ。
その一人一人に世界がある。そう考えると、何だか分からない気持ちが背中を駆け上がってきた。
「おいカナ、大丈夫か?」
ぼーっとしていると先輩に心配されてしまったので、大丈夫ですと答えておいた。
◆
そうこうしているうちに日は暮れて、そろそろ帰ろうかという時間になっていた。
私は駅に向かう道すがら、ずっと疑問に思っていたことを先輩に聞いた。
「先輩」
「ん?」
「先輩は……ご両親のこととかって聞いてもいいですか?その……」
言い淀んでしまう私に対して先輩は特に嫌な顔一つせずに答えてくれた。
「ああ、アタシの親な。去年に死んでんだよ」
先輩はあっけらかんと、まるで何でもないことのように言った。
「……あ、あの。すみませんでした……」
「おいおい、謝んないでくれよ。別にアタシは気にしてないっつーの」
朗らかに笑う。『気にしてない』とは言うが、それならばこの間の鴇田の時の反応は一体何だったのだろう。
その日、家に帰るまでに先輩と何を話したのかはよく覚えていない。何か当たり障りのない事を話したような気も、終始黙っていたような気もする。
ただ、夕陽を浴びた私たちの影が前に長く伸びていたのだけは覚えている。
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