向日葵とわたし
向日葵のあなた
「ねえ、何読んでるの?」
私と彼女が初めて出会ったのは、中学1年生になったばかりの頃でした。
「……えっと。私に話しかけてるんです、か……?」
その頃も私は友達がいなくて、教室ではずっと本を読んでいるような人間でした。
「そ、加奈子ちゃんに話してんの。他に誰がいるのさ。それとも、君にはアタシに見えない何かが見えてたりするの?」
「い、いえ、そういう訳じゃ……」
そんな私に声をかけてきたのは、私よりも二回りほど背丈の小さい女の子でした。快活そうな小麦色の肌に、明るい笑顔。「元気」という言葉がこれ以上無いほどに似合う彼女の名前は、
「
「そうだけどさ……そんなかしこまらないで、皆みたいに陽葵ちゃんって呼んでくれればいいのに」
いつも明るく元気な彼女は、県外から引っ越して来たばかりにも関わらず、まさにクラスの人気者といって良い人物でした。対して私は、小学校の頃から仲の良い友達の一人もいない寂しい人間でした。
「そんな事より、その本。それ好きなの?」
ビクビクしている私に我慢できない、とでもいうように彼女は身を乗り出して尋ねてきました。
「えっと……まあ、はい。面白いですよ」
「だよねだよね!面白いよね、それ!」
「あ、あの、神田さんも」
「陽葵ね」
「……陽葵さんもこの本好きなんですか?」
「うん!最近読み始めたんだけど、すごくいいよね!」
興奮して話す姿に少々引きながらも会話を続けて、聞くと彼女の父親が本好きなようで、影響されて読み始めた本にどハマりしたというのです。
「やっぱこの作者は人物の描写が良いよね。皆すっごい生き生きしてるって感じ!」
「で、ですよね!分かります!」
……とまあ、こんな風に。私と彼女は本の好みが合っていたようで、この日以来、本の話題でよく話すようになりました。
そう。ここが、私の分岐点でした。
***
「……というわけで、我がクラスの文化祭の出し物はお化け屋敷になりました!拍手!」
陽葵ちゃんとの出会いから3ヶ月ほど経った、7月の中旬頃。10月初めの文化祭に向けて出し物を決めていたところでした。
教壇に立って喋っているのは学級委員の陽葵ちゃんで、掛け声に合わせて大きな拍手が上がりました。
「それじゃあ詳細詰めていこう!マネキンとか使いたいよね……」
手を挙げたり、どうしても参加しなければいけないタイミングは終わりました。あれこれと話し続ける姿をぼんやりと見ながら、私の意識は昨日買った本に移っていたのですが、
「……じゃあ、口裂け女の役はこの3人!当日は3人でシフト回してね!」
ふと聞こえた声に、何気なく黒板へ目をやると、
「……えっ、私!?」
『口裂け女』の欄に私を含めた3人の名前が書いてありました。
「ん?そうだよ。だってカナちゃんって背高いし、口裂け女のイメージに割と合ってると思うんだけど」
「で、でもぉ……」
あっけらかんと言う陽葵ちゃんに、控えめに食い下がります。
「ま、どうしても無理ってなったらアタシに言ってよ。こっちで上手いことやるからさ」
***
その日から、文化祭の準備が始まりました。ダンボールを切って塗って組み立てて、発泡スチロールで仕切りを作って、おどろおどろしい飾りを作って。時間はあっという間に過ぎて、気付けば夏休みも終わりに差し掛かっていました。
そして、私が取り組み始めたのは
「…………ねえ。私、キレイ?」
口裂け女の役作り、でした。別に最後に驚かすだけなんだから適当で良いじゃんとも思いましたが、陽葵ちゃんの『どうせやるなら思いっきり怖がらせたいじゃん!』という一声で皆に気合が入り、こうして演技指導まで入るほどになりました。
「うん!キレイだよ!」
「じゃ、じゃあ。これでも……?」
答えたのは陽葵ちゃん。そこで、言いながらマスクを取りましたが、
「はーいカットカット!」
監督、もとい演技指導の生徒から中止がかかりました。
「周防さん、もっと堂々として!せっかく雰囲気は出てるんだから、それを活かさなきゃダメだよ!」
丸めた台本をメガホンのようにして口に当てて言います。大の映画ファンだという演劇部の彼は自らこの役割を買って出ただけあって、とても熱心に働いていました。
「んー……やっぱりまだ恥じらい、みたいなのが残ってるのかな?」
「ご、ごめんなさい……」
私の出番は最後のたかだか数秒なのですが、それでもやはり緊張してしまうものです。他の人たちもどこか落胆している様に見えて、それがますます私を萎縮させました。
***
「はい、これ。お疲れ様!」
その日の帰り道、私は陽葵ちゃんと歩いていました。差し出されたコンビニの肉まんを
「ありがとう。陽葵ちゃんもお疲れ様、装飾の方の進み具合はどんな感じなの?」
「順調に進んでるよー!今んとこ8割は完成してる!」
朗らかに笑いながら陽葵ちゃんが言います。その顔を見て、ついある事を聞いてしまいました。
「……ねえ。私、みんなの足を引っ張ってない?」
「……何、急にどうしたの?」
「いや、だって。わたしが中々役として吹っ切れることができないでいるから、皆のやる気を削いじゃってないのかなって……」
言いながら、最後の方はモニョモニョと尻すぼみになって小さな声でした。俯きながら答えを待っていると、
「……あっははは!何、カナちゃんってそんな事気にしてたの?」
「ちょっ、笑わないでよ!ていうか''そんな事''って、私にとっては大事なんだから!」
いきなり悩みを笑い飛ばされて少し頭に来て、つい強く言い返してしまいました。でも、後に続いたのは意外な言葉でした。
「大丈夫だよ。アタシも、クラスの皆も、カナちゃんが頑張ってるのは分かってるからさ」
とんとんっ、と軽やかに。縁石に乗っかって飛ぶように足を運び、そして振り返って彼女は言いました。
「アタシ達、待ってるからさ。焦んなくていいよ」
にぱ、と花の咲いたような笑顔で。
「カナちゃんのやり方で、ちょっとずつ。頑張っていこ?」
夕陽を背負った向日葵が、笑いかけていました。
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