花が枯れる頃

 そして、そんなこんなで文化祭は終わって。

 一年が経って新学期になった、4月中旬にさしかかっていた頃、ある金曜日のことです。



「良くないよ、こういうの」


 私が登校すると、教室では陽葵ちゃんと別の女子生徒━━南雲さんが向かいあっていました。教室の入り口からは陽葵ちゃんの背中しか見えませんでしたが、それでも彼女の怒気はこちらまで伝わってくるほどでした。


「こんな、くだらない嫌がらせ。やってて楽しいの?」


 きっかけは、とある生徒への嫌がらせだったそうです。


「……なに?私が、嫌がらせ?」

「そうだって言ってるじゃん。やめたら?」


 水面下でひっそりと行われていたそれには他の生徒も教師も気付けず。

 どういう経緯かは分かりませんが、その被害者の子が陽葵ちゃんに助けを求め、発覚したという流れでした。


「ふーん……まあいいよ、別に。」


 冷たい目。心臓がぎゅっと縮こまるような冷ややかな視線とともに、陽葵ちゃんと向かい合う南雲さんは答えました。


「もうつまんないし。新しく見つけたからいいよ」


 そして、そう捨て台詞を吐いて教室を出ていきました。



 ***



 それからどうなったのか、詳しい事は分かりません。ただ、あれ以来陽葵ちゃんに関する出来事は私の中学では禁句となりました。

 自分が痛い目を見たくなければ触れてはいけない、そういう扱いです。


 私は何度か陽葵ちゃんに話しかけようとしました。ですが、その度に陽葵ちゃんは私から距離を取ってしまい、話す機会は中々訪れませんでした。

 ━━━━━━━━━━その理由に気付いたのは、しばらく後のことです。



 ***



「ねえ、周防さん。ちょっといい?」


 ある日の昼休み、唐突に声をかけられました。見ると、声の主は陽葵ちゃんと言い合っていた女子生徒、南雲さんでした。


「い、いいけど。何かあった……?」

「周防さんって、神田さんと仲良かったよね?」


 ━━━何か、変な話とか聞いてない?


 淡々と言うその顔は、どこまでも無表情で。どこか薄ら寒さを覚えました。


「い、いや……聞いてないけど。と言うより、最近は話してないし……」

「……そう。なら良いや」


 それだけ言うと、彼女は急に興味をなくしたかのようにアッサリと去っていきました。


 今にして思えば、あれは探りを入れていたのでしょう。陽葵ちゃんが独りになっているかどうか、誰かに助けを求めていないか。


 ━━━━━━それ以来、私は陽葵ちゃんに近付かなくなってしまいました。

 怖かったのです。例の彼女の、あの目が。人ではなく、扱いやすい玩具おもちゃを見るようなあの視線が。あれが自分に向けられるのを恐れて、私は動けなくなってしまったのです。

 ですが、その頃の私は無理やり楽観的に考えていました。陽葵ちゃんなら大丈夫だと、根拠の無い期待を寄せて。

 時間が解決すると、そう思っていました。


 結論から言うと、時間は何も解決してはくれませんでした。むしろ時間が経つほど陽葵ちゃんの立場は悪くなっていく一方で。

 はじめこそ無視や仲間はずれ程度で済んでいたようですが、段々とそのやり口は直接的に━━陽葵ちゃんの私物を隠したり、汚損したりするようになっていきました。





 そして、数ヶ月後。陽葵ちゃんは学校に来なくなりました。



 ***



「…………んじゃあ、これ。神田の家に届けといてくれるか?」


 陽葵ちゃんが不登校になってから、少し経ち。私は職員室によく呼ばれるようになりました。

 要件は陽葵ちゃんの家にプリントなどの配布物を届けさせるため、そして彼女の話を聞いてやってくれ、という事でした。

 先生の方でも何度か訪ねてはみたのだそうですが、本人は一切反応しなかったそうです。


 例年よりも晴れの日が多かった、やけに暑い夏が終わった9月のことでした。



 ***



「すみません、誰かいませんか……?」


 インターホンを押して呼びかけても、何も返事は帰ってきませんでした。帰ろうかとも考えましたが、とりあえずプリントだけでも郵便受けに入れておこうと思いました。

 かさり、と乾いた音と共にプリントを入れて、さあ帰ろうと振り返った時に横、ちょうど縁側の方が視界に入ったんです。ふつう、誰も家にいないなら戸締りはしっかりするじゃないですか。でもその時、縁側に通じるひとつの部屋の窓からカーテンの裾がちらちらと外に飛び出ているのが見えたんです。


 不思議に思って、私はその方向に近付いていきました。もう旬が過ぎて茶色になった向日葵の並ぶ庭を横切って、窓から部屋を覗くと。




 ━━━━━━そこには、うつ伏せに倒れ伏した陽葵ちゃんがいました。


「なっ、なんっ、陽葵ちゃん!」


 慌てて駆け寄り言葉をかけますが、返事はありませんでした。最悪の事態が頭をよぎり、咄嗟に手首に指を当てると微かながら拍動が感じられ、まだ生きているようでした。

 状況を完全に把握はできていませんでしたが、とにかく救急車を呼び、そして周囲を見渡すと床には空になったお酒の缶と錠剤の入った瓶が転がっていました。瓶の中身は4分の1ほど無くなっており、中身は分からないがそれを飲んだのだろうと察せられました。


「どう、して……」


 呟いても、答えは帰ってきませんでした。



 ***



 それから数分して、救急車が来て。私は何もできずにただ突っ立っていました。

 陽葵ちゃんが搬送された後は第一発見者として色々と尋ねられましたが、それが終わるとそれ以上は何も言われずに帰されました。


 ━━━━どうしてこんな事になったんだろう。


 たぶん、助けられるタイミングはあったのでしょう。話を聞いて、手を差し伸べられる時はあったのでしょう。

 でも、私にはそれができませんでした。我が身かわいさに、陽葵ちゃんを見捨ててしまったのです。


 晩夏と初秋の間の、ぬるい夕方の空気。


 抜けるような青空に、枯れた向日葵の倒れる音がしました。

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