OLが本当に出遭った怖い話

天雪桃那花

楽しみにしていた伊豆旅行のオーシャンビューホテル

 ――これは私が友達五人と一緒に、六人で伊豆旅行に行った時の出来ごとです。




 私と友達は、夏休みに海に旅行に行くことにしました。



 仕事帰りや、週末や休日に、友達の家や居酒屋や創作料理店などに集まって、晩御飯を食べながらどこの海が良いか、話し合ったりして。


 みんなで行く旅の話はウキウキ!

 計画の段階から楽しいものでした。


 お得にしかも確実に宿をとり、安心して向かうべく、早割プランに申し込むことにしたのです。


 数ヶ月も前から、有名な旅行会社で伊豆の海辺のホテルを予約をしました。


 代金は前払いしていましたし、観光スポットも調べて、旅行に持っていく物も買い揃えたし、当日着ていくちょっと可愛い洋服も買っちゃいました。


 みんな、準備は完璧です!


 もう、わっくわくな気分で、みんなで車に乗り込み旅行に行きました。


 高速道路を行くこと数時間、サービスエリアや海で寄り道しながら、宿泊先にやっと着いた〜。


 そこは老舗のホテルで、全室オーシャンビューです。

 

 旅の楽しみの一つには、泊まり宿がありますよね。


 どんな部屋だろうとか、景色も楽しみだし、食事も楽しみです。


 期待は膨らむばかりです。


 ところが……。


 泊まる予定のホテルに到着した私達に、思わぬ事態が起こりました。


 フロントに行き、チェックインの手続きをしようとしました。


「今日、泊まりで予約していた◯◯ですが……」

「えっ?」


 ホテルのカウンターの人に怪訝な顔をされたのが、よく分かりませんでした。


「御予約は六名様ですか?」

「はい。◯◯観光店で予約をとった控えもありますよ」


 どうやらちゃんと予約が出来ていなかったのか?


 私たちは顔を見合わせ、戸惑いしかありませんでした。


「もしかして予約取れていないんですか?」

「何ヶ月も前から予約してるのに?」

「なんなら◯◯観光店に問い合わせをしてみて下さい」


 ホテル側の人は苦笑いを浮かべています。

 問いつめる私たちの質問には答えることなく、「少々お待ち下さい」と言って、奥に消えていきました。


 とりあえず最上階の7階の部屋の前に案内されましたが、再び「少しお待ち下さい」と言われ、ええ、待ちました。


 数人の、ホテル名の入った紺色の法被を着た人たちが続々とやって来ました。


 待っている間に、部屋から備品が出されていきます。


 破れた障子や椅子や机などなど……。


「もしかして使ってなかった部屋なの?」

「物置きだったとか……?」

「部屋の方から風が……。ちょっとかび臭い気がする」


 明らかにホテルか観光代理店の不手際です。


 この時、私たちはもう少し強く主張して、違うホテルを紹介してもらえば良かった。


 もっと日が落ちる前、早くに移動しておけば、あんな目に遭わなかったはずのに……。


 こそこそ話す私たちを尻目に、ホテルの従業員はにっこり笑いました。


(絶対、聞こえてるよね?)


 不安を抱えながら、部屋に入ると床の間には不自然な掛軸がありました。


「あの掛軸、ちょー違和感半端ないんだけど」

「この部屋の雰囲気にさー、なんか合わないよね。……フハハッ、御札とか裏にあったりして」

「やっ、やめてよ! 絶対に見ないで」

「見ないよ〜。怖いもん」

「まっ、疲れたし、さっそくお風呂でも行こっか」


 女友達と六人旅にもなれば、キャッキャウフフと大盛りあがり!


 部屋は思いのほか明るく広々としていたし、なんてっ言ったってオーシャンビューです!


 眼下に広がる景色は、最高っ!


 お風呂も温泉の大浴場に、露天風呂と、大満喫しました。


 お待ちかねの食事は、テーブルに置ききれないぐらいのたくさんの御馳走が並びました。

 舟盛りのお刺し身に金目鯛やあわびやサザエ、和牛ステーキに山菜の天ぷらなど、普段は食べないような豪華なお料理に舌鼓を打ち、お腹がいっぱいになって大満足です。


 海辺のホテルなので、海鮮はとっても新鮮で美味しかったです。


 さらにはソフトクリームや地ビールや冷たい地酒も出て、ほろ酔いでいい気分でした。


 部屋が急ごしらえだったのもすっかり頭の隅にいってしまいました。


 夜は六人で布団に入りながら、わいわい恋バナや仕事の不満などで、大盛りあがり。


 すっかり夜も更けてきました。


 一人二人と寝落ちしていき、私もうつらうつらして、寝入り始めた頃――。


 ある一人の友達がみんなを起こしてくるのです。


「ねえねえ、ちょっと起きて」

「……うーん。なぁに?」

「もう寝ようよ」


 眠いのに、起こされて、よっぽどなにかあるのか……。

 その友達は電気を点けて明るくしました。


「起きてったら」

「明日、早いよ。どしたの? 寝らんないの」

「いまぁ、何時? もうどうした〜? 目が冴えてあとあんまり寝られなくなる〜」

「ちょっと、耳をすまして」


 顔面蒼白で話す彼女のあまりにも真剣な顔つきに、私もほかのみんなも黙って、耳をすましました。


 コン……。


 コンッ……、コンッ……。


 その音は窓の方からします。

 窓はありますがここの部屋は7階なせいか、ベランダもなく、窓を開けられませんし、壁と一体になっていて窓枠に鳥や何かが止まってられるサッシもないのです。


 そのことは部屋に入った時や夕暮れの美しい景色を窓から見ていたので、みんな覚えています。


「小石があたってるみたいな音……?」

「鳥のくちばし……か。人が窓の向こうから叩いてんのかな」

「ノックしてるって感じ……。だけど、おかしいよね」


 細い道路を挟んだ前に砂浜と太平洋の海が広がっているので、車が通って石を弾いたのかとも思ったのですが……。


「道路を通った車が石を弾いたにしても、ここ……7階だよ? 窓に届くかな……」

「じゃあ、……この音……なに?」


 いろんな可能性を友達と私、みんなで出し合ったけれど、結局どの音の正体にも無理がある気がした。


「もう、気にせず寝ようよ」

「誰かカーテンを開けてみて」

「いやっ! やだっ! なんかやばいもんがいたらどうすんのよ!」

「呪われる〜」


 実は友達の中にまあまあ霊感のある子がいたんです。

 彼女は時々、人ならざるものを見ています。


「そういやさ、このあいだみんなで飲みに行った時、なんでか店員さんの持ってくる1人分のお皿とかコップとか取り皿とか……、おしぼりまで多かったよね?」

「そこから誰かに取り憑いてたとか……」

「誰か肩にでも乗せて連れてきた?」

「車にも乗ってきたってことかあ。幽霊も一緒に旅行したかったんかもね」


 ちょっとよぎったのはこれはまじもんの心霊現象なんじゃないかってことでした。

 なぜなら霊感のある彼女がいっさいしゃべらなくなったこと。

 みんな怖いから、その子以外は半分冗談で半分本気みたいな会話のリレーが続いていましたが……。


 ずっと鳴り止まないラップ音らしきもの。

 一時間、二時間しても、窓をずーっとナニかが誰かが叩いているのです。


 こつんこつん……。

 それが朝の3時ぐらいを過ぎたころです。


 ドンッ! ドンッ! ドンッ! ドンドンドンドンッ!


 音がものすごく大きくなりました。


 はっきりすぎて、いいかげん、なんなんだよって思い始めていました。


 私は、いや、友達もみんな、とてもじゃないですが眠れません。


「もう寝れないからさ、みんなでカーテン開けてみない?」

「……そうだね」


 一番陽キャの友達が言って、みんな賛成しました。

 だってせっかく、伊豆に旅行に来たんだもの。


 いつも仕事を頑張って、みんなで楽しい旅行をするために節約して貯金したりして。


 遠くのここまで海を楽しむために旅行に来て、こんな怪奇現象で楽しみをパーにされてたまるもんですか!


「もうっ! むかついたっ! せっかくの旅行を台無しにされてたまるもんですか!」



 決めたら、行動は早いです。

 全員飛び起きて、音がしている窓のある方に向かい、両側から三人ずつでカーテンを掴みました。


 人間、寝不足になると、怖いより眠気が、睡眠欲が勝つんですね。


「もうっ、いい加減にしてよっ!」

「うるさいっ!」

「寝られないじゃない!」


 ザーッといっせいにみんなでカーテンを開けました!




 ――そこには……。


「えっ?」

「誰もいない」


 なにもないし、誰もいない。


 窓の外は、カーテンを閉める前と変わらない広大な海の景色が広がるばかりです。


 オバケが窓の向こうにいるんではと、覚悟をしていましたが、ちょっぴり拍子抜けです。

 いや、良いんですけどね。

 おどろおどろしいオバケなんて恐ろしいから、見たくないし。

 期待なんかしてませんよ。

 生きてない存在、とんでもないモノが視えてしまったら、一生のトラウマになっちゃいます。


「音がしなくなったね」

「ほんとだ」


 まあ、夜の海は黒くて、不気味ですらありますが、潮騒の音がしてきました。


 さっきまでドンドン窓を叩いていたのは誰だったのでしょう?

 音の原因は分からずじまいです。 


「まっ、待って……」

「あ、あそこ見て」

「やば……」


 窓の上の方には無数の手の跡がありました。


「寝る前に、カーテン閉めようって景色が見えた時には無かったよね」

「た、たぶん。まあ、あんまりじっくりは確認してなかったけど」


 みんな安心して、布団に潜り込みました。 


「寝よ。とりあえず」

「眠い。怖さも眠気には勝てんのね」

「いやー、顔とかなくってよかったわ」

「カーテン開けたらオバケがいっぱいとか洒落にならんし」


 私もさあ寝ようと思って、おやすみと言いながら、友達みんなの顔を見渡しました。


(あれ? 浮かない顔……?)


 やっと眠れるとホッとした顔が並びます。

 でも一人だけ、表情がかたい気がしました。


「……」

「どうしたの?」

「ううん」


 友達のなかで唯一霊感のある彼女には、もしかしたら私達には音しか聞こえなかったけれど、すごいモノが視えていたのかもしれません。


「伊豆って昔、たしか武士同士の戦があったりした時代に落ち武者が逃げこんだ場所という話を聞いたことあるけど」

「そんなん言ったら日本全国どこでも落ち武者が見えちゃうよ」

「とにかく、音がピタッと鳴り止んだことだし寝よう」

「寝よう、寝よう」


 不自然な音もしなくなって、カーテンの向こう側には異常もなかった。

 手の跡はあったけど、窓ガラスを従業員が清掃した時についてしまったものだと思うことにしました。


 とにかく眠いから寝よう。

 やっと寝れる。


 私は睡魔にようやく誘われるままに穏やかな眠りに就きました。



 朝になって、朝食を食べる時に、ホテルの従業員にラップ音らしき音が一晩中したことと、窓に無数の手の跡があったって言ってみましたが、曖昧に笑われてしまいました。



 あの伊豆の海辺のホテルはいまだに存在しています。

 もし、泊まる時は、どうか寝不足にお気をつけください。




           了


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