203. ただいま

 長い夢を見ていた気がする。


 上司から不正の罪を着せられ、どうしようもなくなった。


 そんなオレが一度死んで、異世界に転生する夢だ。


 本当にうまくできた夢だった。


 すべてオレの都合の良いようにできているような世界だった。


 貴族に生まれて権力も財力もあって、魔法の才能もあって世界に愛されている。


 日本にいた頃とは真逆の、華やかな人生。


 きっとオレはそういうのに憧れていたんだと思う。


 オレは日本で頑張って生きてきた。


 それなのに報われなかった。


 ちょっとは報われてもいいんじゃないか?


 そういう気持ちがあったんだと思う。


 現実は残酷だからせめて夢の中だけは……。


 って、夢?


 なんだろう?


 あれは本当に夢だったのだろうか?


 ふわふわしている。


 というかどっち・・・・が夢だ?


 胡蝶の夢ってやつ?


 いや、なんかそれはちょっと違うか……。


 というか今いるここってどこだ?


 ここにはなにもない。


 頭がぼーっとしてる。


 そもそも、いまのオレに頭ってあるのか?


 意識だけが浮いている気がする。


 よくわからんな。


「やあ」


 うん?


 だれだ?


「僕だよ。オーディン」


 ああ、なるほど。


 こいつはオーディンだ。


 姿が見えるわけではないのに、なんとなくわかってしまう。


 オレが天才だからか?


「君の思考回路は本当に面白いね」


 オレの思考を勝手に読むな。


「そういわれてもね。君の意識がだだ漏れだから勝手に聞こえてくるんだよ」


 そうか。


 それなら仕方ない。


「そう、仕方ないね」


 それでどうしたんだ?


「君にお礼をいいたくてね」


 お礼?


「うん、お礼。君がいなければあの世界は崩壊してた。君が救ってくれたんだ」


 そうか、そうか。


 いや、しらんけど。


 オレは何もやってない。


「謙虚……というわけじゃないんだろうね。まあ君がどう思おうが、君によって救われたのは事実。だからお礼をさせてくれ」


 お礼か……。


 マジで何もしてないからな。


「うーん。僕はね、何かを得るには相応の対価が必要だと思うけど、同時に何かを成した者は相応の報酬もあるべきだと思っている」


 なるほど。


 まあ受け取らないとは言ってないんだけどな。


「そうか、良かった。それで何がほしい?」


 そうだな……。


 ・・のオレは恵まれている。


 貴族だし、色々持ってるし。


 だから特に望むものはない。


「それは困るんだよ」


 いや、もらわないとは言ってない。


 でも、あれだ。


 欲しいものは自力で手に入るしなぁ……。


 この・・・世界では特に必要なものはない。


 あ、でもあれだ。


「なになに?」


 前世のオレに墓を立ててほしい。


「え、そんなことでいいの?」


 ああ。


 きっと、ろくな人生を生きていなかったオレに墓を立ててくれたやつはいないだろう。


 何も恵まれず、奪われた人生だった。


 我ながら哀れな人生だったと思う。


 そんなオレに一つでも何かを与えてやりたい。


 生きていた証、なんて高尚なものじゃない。


 ただ生きていた事実を与えてやりたい。


 頑張ったんだなって褒めてやりたい。


「わかった。じゃあ、君のいた世界の神に交渉するよ。あそこの神は多忙だけど、まあ君の頼みだ」


 ありがとう。


「お礼をいうのはこちらのほうだ。君が僕たちの世界に召喚されたおかげで僕は救われた」


 召喚?


 って、転生のことか。


「そう、転生だ。君が転生したのを知ったのはつい最近なんだけどね。前に君と話したときは気が付かなかったよ」


 なるほどね。


 というか、なんでオレは転生したんだ?


「ヘルが世界の均衡を崩した余波だろう。そのせいで君たちの世界とこちらの世界が一時的に繋がった。

君たちのいる世界の”ゲーム”とやらに僕たちの世界のことが記されているのも、きっとその影響だろうね」


 ふーん?


 まあよくわからんけど。


 というか、ぶっちゃけどうでもいい。


「均衡は戻った。ヘルももとの世界に戻しといたよ。

ああ。違うね。これだとまるで僕が頑張ったみたいな言い方だね。

君たち人類の功績だ。人間の成長速度が早すぎて僕は本当に驚いてるよ。

これでヘルもしばらくは君たちの世界に干渉できない」


 しばらくってどのくらいだ?


「うーん、そうだね。何千年か何万年か……。まあ君が気にするような年月じゃないよ」


 そりゃそうだ。


 そんな長い生きするつもりはないし、したいとも思わない。


「しかし神が人間界に干渉するとろくなことが起こらないね。まあ僕も他神ひとのことは言えないんだけど」


 神の話はどうでもいい。


「辛辣だなぁ」


 それよりオレってこれからどうなるんだ?


 黄泉の国に行くの?


 もしかしてまた転生するの?


「無理だよ。そもそも君はまだ死んでない」


 え?


「良かったね」


 良かった……のか?


 いや、うん。


 良かったんだろうな。


 いまの世界、オレ結構好きだし。


「そうなんだ。それは僕としても嬉しい言葉だね。……おっと、もうこんな時間か。君はもう行かなきゃいけない」


 どこに?


「人間の世界だよ。じゃあね、アーク」


 オーディンがそう言うと同時に、オレの視界が暗転した。


◇ ◇ ◇


 目が覚めた。


 なにか夢を見ていたような気がする。


 なんの夢だ?


 まあいいか。


 たいした夢じゃない。


 あれ?


 ていうか、なんだ?


 なぜこんなにも大勢の人がいる?


 なんでオレは囲まれてるんだ?


 どういう状況?


「アーク様」


 だれだ……?


 どっかで見たことあるような……ああ、わかった。


 こいつはマギサだ。


 なんか大人になってる?


 周りを見渡すと見慣れた顔がある。


 でもちょっと違和感がある。


 みんなオレの知ってる顔とちょっと違う。


 変わらないやつもいるが……。


 シャーリックとかランスロットとかはあんまり変わってないな。


 安心感がある。


 みんながオレを見ている。


 なんだろう……。


 随分と懐かしく感じる。


「おかえりなさい」


 マギサが泣き笑いしたような顔でそういった。


 そうか、そういうことか。


 オレはなんとなく状況を飲み込めた。


 オレはこの世界に帰ってきた。


 それをみんなが出向かれてくれたんだろう。


 ふははははっ。


 オレは貴族だからな。


 みんなご苦労。


 そんな諸君にいうべき言葉は一つ。


「ただいま」





――完――

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悪徳貴族に転生したから好き放題やる ~鬱アニメの世界で頻繁に発生する鬱展開を無自覚にぶっ壊していくやつ~ 米津 @yonezu

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