202. それぞれの変化
多くの者がアークの死を悲しんでいる中、悲しみに暮れていない者がいた。
最もアークの側にいた人物の一人、マギサだ。
当然、マギサが薄情というわけではない。
彼女は最後にアークと言葉を交わした。
「マギサ……オレはな、負けんぞ? 絶対に負けない。だから……オレを信じろ。
オレはアーク・ノーヤダーマだ。世界は……オレを見捨てない」
アークはそういって自身の体を凍らせていった。
マギサはアークのことをよく知っている。
アークが最後に吐いた言葉を何度も何度も反芻し、言葉の意味を真意を読み取ろうとした。
アークの言葉には必ず何かしらの意味が隠されている。
そう、マギサは考えていた。
考えに考え抜いた。
アークの発言や行動にはすべて意味がある。
しかし、いくら考えても答えは出なかった。
もう一度アークを復活させることを考えた。
自分の命を捧げても、アークが復活すれば満足だった。
しかし、アークを復活させることはできない。
アークの最期に放ったニブルヘイム・ゼロの氷は冷たく強固で、簡単に解くことはできない。
さらに氷を解いてしまえば、アークの中に閉じ込めたヘルが復活する危険もあった。
と、考えてふと彼女は思った。
「もしかしてアーク様は私たちに時間を与えてくださったのではないでしょうか?」
アークが作り出した時間、それはヘルを倒すための猶予期間。
アークはこう言っていた。
「オレはアーク・ノーヤダーマだ。世界は……オレを見捨てない」
アークの死で深く傷ついている者は大勢いる。
それはアークが今まで成した功績の大きさを示していた。
アークによって救われた者はたくさんいる。
アークが遺した物はたくさんある。
世界がアークを見捨てることは絶対にない。
マギサは、一つの答えを導き出したような気がした。
◇ ◇ ◇
内戦から5年の時が経過した。
いまだに戦争の痕は残っているものの、国は凄まじい速度で発展していた。
クロノスが王となり、国を治めたのも大きな要因であろう。
ウラノスのような愚王とは違い、クロノスは国のために奔走し、国民のために政治を動かした。
だが国が発展した理由は、それだけではない。
シャーリック理論により、驚くスピードで魔法技術が発展していった。
かつて誰かが言った言葉だが、シャーリック理論はいまの魔法技術を壊すイノベーションである、と。
まさにそのとおりだった。
今ではシャーリック理論の前後で魔法文明が分けられる、とさえ言われている。
シャーリック理論、並行理論とも呼ばれるこの技術は魔法革命を引き起こした。
それによって文明は大きく進歩した。
衰退していた王国が盛り返し、魔法大国と言われるようになったのはシャーリック理論のおかげだろう。
しかしこれは魔法の発展を後押ししたクロノスの功績でもあれば、知識における平等を実現した学園長の功績でもある。
誰か一人の功績というより、彼、彼女らの努力によって国は大きく発展したのだった。
第二王女であるマギサも魔法技術の発展に貢献していた。
だがマギサは、シャーリック理論とは別分野で国に貢献した。
魂の研究と言われる、未だに強い支持を受けている分野の研究を進めたことを大きく評価された。
世の中の発展という意味で言えば、当然、シャーリック理論のほうが大きなインパクトがある。
しかし、学会での評価はむしろ、魂の研究のほうが評価されていた。
人間の根源に関わる部分、つまり魂というのは、多くの魔法使いから関心を向けられる分野なのだ。
そして魂の研究を進めていく上で、魂の行き着く先、つまり死の世界についても解明していった。
スルトはというと、世界が平和になったあとも訓練を怠らなかった。
今後、スルトが生きているうちに、あれほどの戦いが起きる可能性は低いだろう。
しかし、いつ何が起きるかは誰にもわからない。
それにスルトはいまや北神騎士団の副団長を任されている。
トールによって強制的に訓練につきあわされている。
ガルム伯爵領はエリザベートを中心にうまく回っていた。
もともとアークがいなくても問題なく回る組織だった。
むしろエリザベートがトップになったことで、下に的確な指示がいくようになり、以前よりも働きやすくなったという声すら上がってくる。
ラトゥやカミュラは世界情勢に常に目を光らしていた。
戦争が終わり平和が訪れたとはいえ、古今東西、情報が武器であることに変わりはない。
ルインは天才少女から本物の天才に変わっていた。
宮廷魔法使いのトップはいまだにマーリンだが、次期トップはルインだろうと目されていた。
さらにルインはアース神族が使っていたとされる古代語を読み解き、
シャーリック理論の魔法発展のおかげでもあるが、自力で
魔道具に革命をもたらしたのだ。
そうして各々が自分の道を歩んできた5年。
みなの心にはいつでも今でもアークが残っていた。
彼、彼女らの功績はすべてアークが残したものが基礎になっている。
そうして、ついにそのときが訪れた。
「皆様、準備はよろしいですか?」
マギサが緊張した顔でここの集まった人々に話しかけた。
いまこの場には、アークによって救われたものたちがほとんど全員揃っていた。
アークの死を悼む時間ではない。
「それではアーク様復活の儀式を執り行います」
この5年間。
社会が大きく発展したのは一つの目標があったからだ。
アークを復活させるという目標だ。
カミュラを筆頭とした”指”やラトゥを筆頭とした”干支”は世界中の情報に目を光らせ、アーク復活の方法を探った。
そしてゴルゴン家で過去に似たような事象が起きたことを発見した。
似た事象というのは、アークが氷漬けにされたようにゴルゴン家の人々が石で固まってしまったという事象だ。
その情報をもとに、マギサはフレイヤやロストとともに魂の研究を進めた。
さらにドルイドの豊富な知識から、アークを
同時にマギサたちは魂の研究を進めることで、ヘルを死の世界の送り返す方法を見つけた。
ルインは
ルインの
ヘルが襲ってきたときにも対抗できるよう、スルトをはじめとして多くの者たちが力をつけた。
アーク軍も干支も訓練を怠らず、アーク復活のときに備えた。
国王であるクロノスは、できる限りアーク復活のバックアップをしていった。
こうして彼、彼女らはアークを復活させるために5年間動き回っていたのだった。
そしてようやく準備が整った。
たとえアーク復活とともにヘルが蘇ったとしても問題ない。
いまの国の戦力は以前と比べ物にならないほどになっていた。
それもシャーリック理論のおかげである。
さらにヘルを死の世界に送り返す方法も確立されている。
5年前とは根本的に状況が異なり、万全の状態である。
こうなることをアークが想定していたかどうかは、さすがにわからないことである。
しかし、これらすべてはアークの残した功績のおかげであることは間違いなかった。
「それでは……行きます」
緊張した顔でマギサがいう。
彼女も自信はあった。
しかし、本当にこれで復活させられるかはわからなかった。
そもそも今回の儀式、対象がアークでなければさすがに復活させるのは無理だ。
普通の人間なら、ニブルヘイム・ゼロに5年も閉じ込められると体が滅んでしまう。
しかしアークの体は
凍らす前とまったく同じ状況で復活できるだろう。
理論上はうまくいくはずだった。
それに今日まで全員で力を合わせてきたのだ。
きっとうまくいく。
不思議とマギサはそう思えていた。
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