七話 奪還者たち
キッシア・エル-メディーテと名乗った女の登場は突然だったので誰もが驚いた。
メディーテというのだからソレルの護衛と同じ一族という事は誰でも分かる。しかし、この女の登場で空気がピリリとし一気に緊張感が増していた。何が起きたのか分からないのはエギールとロリイだけのようで、不思議な事にシャトウィルドも動揺していた。
先に口を開いたのはキッシア。
「リグ家の者、
キッシアはソレルの護衛達に向かってそう告げるとエギールの方へ進み出てもう一度自己紹介をした。エギールには親しみを込めた笑みを向けたのに対して、先ほどのシャトウィルドには無理矢理作った笑顔もどきで随分と差が出ている。
リグ-メディーテの護衛達はキッシアの命令に素直に従えないようで、恐る恐る抵抗を始めた。
護衛隊長が失態を正直に報告し、その上で今度こそ役目を全うしたいと訴える。だがキッシアは始めからそれを飲むつもりはないようですぐさま却下した。
それから護衛隊長だけを扉近くへ呼んで周りに聞こえないように小さな声で何やら伝えると、彼は表情を強張らせ息をするのを拒むように口をきつく結んで肩を落とし、渋々頷いた。
結局リグ-メディーテの護衛達は任務を解除されて一族に合流すべく戻って行った。
彼女が何を言って彼らを納得させたのかはシャトウィルド、エギール、ロリイが知る事はなかった。
パルナからの自立航行船に乗るのはシャトウィルド、ロリイ、キッシアとその部下二人に決まった。キッシアは部下達に向かって自分達で選べと彼らに投げた。彼らは始めから分かっていたのか、何で決めるかそれぞれ言い始める。彼らはみな自己顕示欲が強くさんざん言い合った末、結局くじ引きにしたようだ。
奪還に向かう仲間が決まるとエギールはパルナ老も既に出発していると教えた。彼もソレル奪還に動いたのだが、一緒には行かず別行動だと付け加えた。だから自分は祖父の子飼いの者達と一緒に行動する旨を伝えて、ソレル救出は五人に任せると言った。全員が頷いたところでキッシアが口を開いた。
「そういえば、庭でこれを見つけたのですが、どうしてこれがあそこに落ちていたのか説明出来る方はいますか?」
彼女は腰の帯から一本の刃物、ソレルが自分の首に当てていた物を取り出して見せた。
それを見て驚く彼らだが、理由など知るはずもない。説明を求める鋭い視線を一人ひとり向けて来る彼女に答えたのはシャトウィルド。経緯を教えると、キッシアは考え込むように目の向きを変え、首を傾げて呟く。
「そう。彼女は戻っていたの」
その言葉に全員がキッシアを見る。
「あの女が誰か知ってるのか?」
つい激しい口調になってしまったシャトウィルドだったが、彼女の冷ややかな目に言い直す。
「何者なのかご存じでしたら教えて頂けますか」
キッシアは言い直した事に満足なようで口元を上げて答えた。
「もちろんです。彼女はミレイシャ・ナル-ゼイラー。この小刀は元々あたしの物で、彼女とは少々因縁があるんですよ」
と、しゃがれた声でさらりと言った。
その因縁はどんなものがは誰も尋ねる気はなかった。
その後、キッシアがパルナでもまだ掴めていない情報をもたらした。事の首謀者、ゼルダ国王の関与を。その情報はエギールやシャトウィルドを大いに驚かせ、また何故彼女がその事を知っているのか。
エギールは興奮しながら一番知りたい動機を尋ねた。しかし彼女は勿体ぶって首を傾げ
「さぁ。どうでしょう」
と濁した。結局動機が言葉になる事はなく、情報の出処も秘密のままだったが、瑠璃色の服についてはあっさりと話してくれた。
キッシアはエル-メディーテとなって間もなくこの色を賜ったという。
パルナを発った船はパテロ-ネロの港湾空域へ来ていた。自立航行船を停める歩廊はないのでそのままパテロ上空へ入る許可を得る。自立航行船は上空で待機出来る機能が備わっているのでクリーニ館上空まで行く予定だ。
船が港湾上空に姿を現すとネロの人々は空を見上げて見慣れぬ事に指差して驚きと少しの恐怖を覚えた。自立航行船じたいが珍しくその航行はまさに奇妙でしかない。
アンダステでの移動は各パテロにある港から舟で駅まで行き、
エギールの通信装置が音をたてて彼を呼んだ。
卓に出して見せていた装置の丸い透明な表面が波打ち、光が四方へ。エギールは耳の受話装置を起動して答える。
「僕だ」
すると小さな声が装置から聞こえた。パルナの自立航行船が上空に到着したようだ。
「到着したってさ。船へ行こうか」
エギールは卓に置いていた通信装置を掴むと乗り込む者達を見回しながら言った。
外は薄暗くなっており、観光客や地元の人々に開放している庭の上空には一隻の船が待機している。大きさからして五人以上乗れそうだが。エギール曰く船を動かす人員が多いのと貨物部分が広い為、実際に乗れるのが五人くらいだと説明した。そして「帰りはソレルも乗るしね」と明るく言いきった。その言葉には必ず、と付け加えられてそれぞれの胸に刻み込まれた。
ロリイだけはソレルを知らないので、どちらかというと自分のセイドの事で頭が一杯になっていた。まだ取り戻していないからだ。焦りが強くなってやっとシャトウィルドに催促する事が出来た。依頼を受けて参加している訳ではない為、自分の事は言いにくかったのだ。
シャトウィルドは忘れていた事に謝罪し、ロリイを館の奥の方へ連れて行った。ソレルの部屋の扉を開けてやるとロリイはすぐ<ルーシ>を使ってセイドを呼んだ。セイドは荷物の一つから飛び出して主人の手に収まった。
ロリイは漸く手にしたセイドの感触を確かめるように握りしめた。僅かに<ルーシ>を込めるとセイドの握り部分から出ている台座がほのかに光る。彼は口元を緩めて喜びを表す。
セイドは
それを感じ取ったシャトウィルドはロリイを外の庭の開けた場所へ誘う。
ソレルの部屋の外には専用の庭があり、シャトウィルドはロリイと距離をとるとセイドを模倣して自作した剣を取り出した。彼のものは
「それは」
セイドとよく似た得物を見てロリイは驚いた。シャトウィルドは自慢げな表情で言う。
「似てるかい? 俺に匠はないけど自分なりに作ってみたんだ。これを使うのは初めてだけど、試すには丁度いいだろ?」
彼も自作のものを試したいのだとすぐ分かった。シャトウィルドが構えるとロリイは距離をとる為さらに離れた。彼は分かってる。正式なダルーナではないが相当な腕だろう。ロリイは一年だけの修行を受けた者の中にも優秀な人材が沢山いる事を知っている。
ロリイは深呼吸をしてから手の中のセイドに<ルーシ>を込める。光が弾けて赤から緑へ色を変えながら刀身が現れる。続けてさらに<ルーシ>とセイドを一体化させ横に軽く振った。ロリイの放った<ルーシ>は真っすぐシャトウィルドが構える所へ飛んで行く。
シャトウィルドはロリイの放った<ルーシ>を受け止めるべく剣を握る手に力を込めた。剣に自分の<ルーシ>を纏わせたすぐ直後強い衝撃が当たり、思ったより強い衝撃に歯を食いしばって受け止めたが一歩後ろへ下がる。
ゆるっと<ルーシ>が消えた直後、二人の男は視線を交わし合った。
そこへぱちぱちと拍手が贈られた。
いつの間にかキッシアが立っている。二人の様子を見て興味津々といった表情で二人を見比べ、
「あたしにもお願いできますか?」
と、明らかに自分にもやれというように圧力をかけてきた。
「ダルーナとの手合わせなど滅多に出来るものではないのでね」
楽しそうに言いながら進む足取りは軽やかだった。シャトウィルドのいた場所へ来ると振り向いてロリイに向き合う。新しい玩具を与えられた子供のような表情で。こんな顔もするのかとこっそり思いながらシャトウィルドは二人から少し離れる。
ロリイはセイドを構えたがキッシアは棒立ちのまま。撃ってもいいのか迷い、声をかけようとしたがその前にキッシアが軽く言ってきた。
「いつでもどうぞ」
遣り難さを感じながらロリイは再び<ルーシ>を込めて放つ。先程と同じ力量で撃ったそれはキッシアに吸い込まれるように飛んで行く。彼女は腕を下ろしたままで動かず、ロリイは目を見張ったが当たると思った直前、腕を上げてそこに巻かれたものが光るとあっという間にロリイの<ルーシ>を相殺して消し去った。
キッシアの手には腕から伸びたと思われるものが握られていた。それは剣の形をしているようだがそうは見えない。彼女の腕、手と一体化しているとしか思えない不思議なものだった。
キッシアがそれを一振りするとするすると縮んで元の形へ戻っていく。
ロリイの<ルーシ>を相殺した腕前は見事なのだが、得物の衝撃が強くて二人の男は声もなく立ち尽くす。
キッシアはシャトウィルドの方を見て、
「あなたは武人ではないのですから」
と、労わりなのか何なのか分からない事を言ってさっさと戻って行った。入れ替わりにエギールが息せき切ってやって来て
「何してんの。僕の迎えも来たから出発するよ」
と催促した。
二人の男は顔を見合わせて揃って歩き出した。ロリイはシャトウィルドにこっそり尋ねる。
「さっきの方は<ルーシ>の修行を受けた事があるんでしょうか」
「さぁ。そう思うのか?」
ロリイは考えるように眉を寄せて先程の手合わせを思い出しながら答えた。
「僅かに<ルーシ>の動きがあったと思うんです。本当に僅かなんですが」
「俺は今日初めて会ったし、分からないな」
シャトウィルドは一度言葉を切って疑問を問うた。
「<ルーシ>っていう事は、ダルーナの修行って訳じゃないんだな?」
「そうです。ダルーナなら分かります。もしかしたら──ハルストならあり得るかな」
「何でハルスト?」
ロリイはシャトウィルドの目を見ながら答えた。
「ハルストには多くの流派があるんですよ。僕も実際に見た事はないんですが、同じ<ルーシ>といっても使い方が違うというか。契約を結ぶ方法や師弟関係だけの技の伝授とか、女性にのみ伝える流派など色々あるそうなんです。だからあの方もそうなのかなと思っただけです」
ロリイの言葉に頷いてキッシアが去って行った方へ視線を向ける。もう彼女の姿はないが早足で歩く後ろ姿を思い出してみた。自分に対してどこか
噴水庭園上空にもう一隻船が来ていた。エギールを乗せる為に寄り道した船だった。その船は闇に紛れそうな黒い色で先に来ていた船より小さめだ。既に乗り込む為の梯子が下ろされている。周りには見送りの為に出て来たアキアはじめ今回の随行員達がいる。みな同じような表情で彼らをそれぞれ見つめている。期待と希望。
アキアが進み出て無事に連れ戻して下さいと懇願する。気丈に振る舞っているが内心不安で一杯なはず。ソレルがガリアへやって来てからずっと側で見守ってきた人だから。
何故かキッシアが近寄り手を取って言葉をかけた。何を言っているのか周りには聞こえなかったが、彼女は安堵したように表情を和らげた。この二人が顔見知りなのにも驚いたがキッシアは気配りの出来る人らしい。
エギールが梯子に手と足を掛けると梯子は自動的に船に吸い込まれて行き、まだうろうろしているシャトウィルド達に早く乗れと促す。彼を乗せた船は先行するパルナ老を追う為すぐ出発した。
ようやくシャトウィルド達も乗船を始めた。梯子は一つしかないのでシャトウィルドはキッシアを最初に乗せた。次は彼女の二人の部下でロリイと続く。最後にシャトウィルドが必ず助け出して帰ると告げて船へ。
船が出発して間もなく船長が彼らの席へ来て、パテロ-ゼルダに到着するまで食事と休息を取るように言い、温められた携帯食を渡していった。
船にはパルナが用意した装備が色々揃えられていて、その一つが食事だった。そういえば次々と事が起こって空腹などどこかへ行っていたとシャトウィルドは思った。意外な事にロリイはさっさと包みを開けて遠慮なく食べ始め、キッシアには部下の一人が包みを開けて匙を手渡している。それを当然のようにしている彼女を見ていたら視線を感じたのか、彼の方を振り向いた。ぼんやりと見ていた事を咎めるかと思ったがそうではなかった。
「船長の言う通り今のうちに食べて、休んだ方がいいですよ。いざという時に動けるように」
比較的優しい口調で言い、そのまま視線をロリイへ滑らせ
「彼のようにね」
と言われて見るとロリイは食べ終わり、目を閉じていた。早い、と瞬時に思った。これはダルーナなら当たり前なのだろうか。それとも戦士なら当然か。シャトウィルドには判断出来ない。彼は戦士ではない。ダルーナの修行を受けた
そんな事を見透かされたようでシャトウィルドは居心地が悪くなった。そんな風に見られたくなくて慌てて匙を突っ込んだ。空腹だったようであっという間に食べ終わってしまった。そこでふと、ソレルはちゃんと食べ物を与えられているだろうか、と思い至る。
食べ物にはうるさい奴だけど迎えに行くまで食べて、眠って、体力をつけておけよ、と心の中で呟く。
(腹が減り過ぎると機嫌が悪くなるからな・・・・あいつ。当たり散らす前に助け出さないと。どうやって機嫌とるんだっけ)
ゆっくりと瞼を閉じて行きながら必ず───と何度も繰り返した。
必ず助ける───と。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます