九話 昔ばなし

────昔むかし、ゼイラーのお姫さまとゼルダの王子さまが出会いました。二人はひと目惚れですぐ結婚の約束をしました。特に熱心だったのはお姫さまでした。

 お姫さまは両親に隣のゼルダの王子と結婚したいと言うとはじめは本気にされず、「そのうちにね」などど言われ、ほっぺたを風船のようにふくらませて「本気なの」

と抗議をしました。

 だって仕方がないのです。お姫さまはその時十歳。王子さまも十四歳です。本当にまだ早かったのです。

 どちらの両親も困ってしまいました。二人とも結婚の意志だけは固かったからです。

 そこで一年待ってまだ気持ちが変わらなければ、婚約しましょうと提案しました。

 一年待っても変わりませんでした。

 そこで今度は結婚式は一年後にしましょうと言いました。

 やはり一年たっても変わりませんでした。

 二人の気持ちはとても強かったのです。

 こうして二人はめでたく結婚しました。

 二人はとても幸せでした。毎日が楽しくて楽しくて、笑いが絶えない日々でした。

 あの事が分かるまでは。

 お姫さまは愛情深い人でしたが、とても嫉妬深くもありました。

 お姫さまは王子さまの視界にほかの女がいるのが許せない性格で、ことごとく王子さまの視界から女達を排除していきました。

 それでも王子さまは気にしません。王子さまはとても広い心の持ち主だったのです。

 ある時、お姫さまは王子さまにお願いします。

 「私たちの愛情を後世に残したい」と

 それはお姫さまの故郷にある木を植えたいという事でした。その木はふたごの樹という名で、対になる木がゼイラーにあるというのです。

 その木は互いに信頼し合っているとお姫さまは言います。お姫さまは植物と会話が出来る不思議な力を持っていたのでした。

 その木たちのように未来永劫ゼルダとゼイラーは双子のように信頼していきましょう、と。

 王子さまは快諾し、その後、木は植えられました。

 ゼルダとゼイラーの婚姻が結ばれた時、お互いを慈しみ合い、信頼し合う事。結婚の際の約束は必ず守る事。

 ふたつの木はいつまでもいつまでも見守り続けました────




もしも、約束が破られたら、その時にはふたごの樹がこの国を滅ぼします。





 「木で滅ぼすって、本当にそんな事出来るの?」

 キッシアが信じられないと言いたげに首を傾げながら言った。

 ミレイシャがゼルダとゼイラー両家に伝わる昔ばなしを語った後だった。

 お姫さまの植えた木は愛情の印などではなく、裏切らせない為の枷だと。ゼイラーの家には何代かおきに植物に関する能力を持つ者が生まれる。その子とゼルダ王家の人間が結婚した場合に限り、お姫さまと王子さまの約定が生じる、と。

 ミレイシャはゼルダの王子との結婚話が姉にきた時何度も確認したのだ。本当にいいのかかと。国を滅ぼす力が蘇ってしまうかもしれないのだと。

 その時の姉は穏やかな笑みを浮かべながら「大丈夫よ」と答えていた。だからミレイシャはそれ以上何も言わず、何も起きないと信じるしかなかった。

 しかし、実際は違ったようだ。

 既にふたごの樹は蘇っている、とミレイシャは確信している。木は枯れていたし、ゼルダの人々が移住したのもゼルダに霧がかかっているのもそれが原因だろうと。

 グランサは姉との約束を破った。万能薬の樹を完全に蘇らせるという姉の願いを無視した。とても許せる行為ではない。

 「グランサがふたごの樹の暴走を少しでも遅らせようとするのなら、わたくしが目覚めさせる。わたくしの手で引導を渡すわ」

 強い口調で言うミレイシャに真実を隠したままでいいのかとキッシアは自問する。告げるべきか迷っていた彼女はそれを託してきた人を思い浮かべ恨み言を言いたくなってきた。

 出会いこそ悪かったが、知り合い以上友人未満のややこしい、はっきりしない関係だ。それでもお互い望むものがあり、その為の努力を厭わないところは共通していた。

 (あたしは手に入れた。だからここにいる)

 意を決したキッシアはミレイシャに近づいて屈み込み、その耳元で何かを囁く。それを聞いたミレイシャの瞳が大きく開かれる。がっしりとキッシアの腕を掴み、

 「それ、本当の事なの?」

 と唇を震わせながら聞き返した。キッシアは彼女の目を見ながら頷いた。ミレイシャは項垂れて自分は何て莫迦なのだろうと呟いた。

 言葉を繋げる事が出来ないミレイシャはそれきり黙り込んでしまった。

 「政略結婚で幸せになる人は多くないでしょうが、始めから幸せな政略結婚をする人もいるようね」

 キッシアの慰めに苦笑いするしかなかった。

 『アリーシャ』

 姉の愛称を木に向かって呟いた。木は無反応。

 ミレイシャはくすくすと笑い出し、最後にはより大きな声で自らを嗤い始めた。

 「でも裏切り者は始末する。姉さんの為にも」

 そう言ってミレイシャは薬物入りの細長い棒を取り出した。

 これこそ彼女の最後の武器。自分に打たれた毒は足が痺れるだで死に至る事はない。その後にこの薬物を打てば体内で混ざり毒となる。この薬物はこれだけでは人には無害だが、植物には毒というもの。

 これを万能薬の樹へ打ち込んで完全に枯らすつもりでいる。もともと一つの木だった万能薬の樹とふたごの樹。この木が死ねば対のふたごの樹は片割れを求めて暴走するはず。

 この木とふたごの樹を直線で結ぶ途中にゼルダの城がある。城の地下にはパテロの制御室が。そこが破壊されるとパテロはゆっくり崩壊していく。

 ゼルダの終焉へ。

 「キー、望みを叶えたのね。最後にあなたに会えて良かった」

 瑠璃色の服を眺めながら言った。

 キッシアは微笑みを返した。最後に何か出来る事はあるかと尋ねると一つだけ心残りがあると告白してきた。

 キッシアは了承と別れを言うと秘密の通路へ入って行った。

 一人になったミレイシャは細長い棒の蓋を取り、そこへ針を付けた。それを勢いよく木の根へ打ち込んだ。中の液体はあっという間に吸い込まれていく。

 僅かな間の後、万能薬の樹はぶるっと震えてゆっくりと力が抜けていき、完全に枯れた。


 その瞬間、ふたごの樹が目覚めた。




 ミレイシャは達成感と共に虚脱感もやってきて木にもたれた。目を閉じて死んでしまった片割れを求めて闇雲にやって来る死の使いを待つ事にした。


 ────一人の男が万能薬の樹の前に佇んでいる。

 男は木と誰かを重ねているのか愛おしい眼差しを向けて

 『アリーシャ』

 と声をかけた。

 すると木は僅かに葉を揺らして光をこぼす。

 男は満足したようで「明日、また来る」とだけ言って去って行った────


 ミレイシャは頭に直接流れてきた情景に自然と涙が溢れてきた。

 「姉さん、幸せでしたか?」

 木に向かって問いかけた。





 キッシアはゼルダへ戻って来た。

 城の中はすっかりひと気がなくなり、見晴らしの良い場所を探しながら移動する。歩く速度に合わせてしゃらころと小さな音を立てながら何かがキッシアに向かって転がって来る。それらはキッシアの足下へ来ると飛び上がって彼女の腕に巻き付いているものに吸い込まれていった。キッシアの腕のもの、<ルーシ>を扱う什器であるそれは半透明の中に縞模様がある腕環で、細長い紐を幾重にも巻いた形をしている。

 小さな結晶のようなそれらは腕環に戻ると話すように光を発していた。腕環を見下ろしながら小さなもの達が集めた情報を確認していた。

 ミレイシャはすぐにでも木に薬物を打つだろうか。急いだ方がいい、と判断して反対側の腕にはめた通信装置を起動して部下を呼び出す。

 「お前達、首尾は?」

 上々であると返事がくる。稼働中の施設に入り、水の製造を止めたと報告してきた。

 「では今すぐ温室へ向かい、アサンせきを破壊しなさい」

 一瞬の沈黙があった。

 「その後あたしに合流すること」

 部下達は質問することなくだくと返した。返事を聞いたところで露台へ出た。

 次にやる事は、と頭の中で考えていると遠くの霞んだところが気になった。きっとあそこに例の木があるのだろう。

 キッシアは腕に巻き付いた什器をするりとほどくように伸ばして左右に大きく振った。すると先端に炎が揺らめき、続けて振り回す。勢いをつけるように回し続けて、目標を定めると勢いよく空へ炎を打ち上げた。

 火の玉は真っすぐふたごの樹がある方の空へ飛んで行く。霧を切り裂いて到達した時、薄いピグマの壁を突き破って炎は消えた。

 アサンの光がさあっと差し込んでふたごの樹とゼルダの国を照らしていく。





 少年は慎重にその荷車を押していた。いつもより大きめの荷車を使っている事を誰かに指摘されたら何と言おうかと考えながら。

 隆起した敷石に車輪がとらわれて力を込めて荷車を押す。がたんと音をたてて揺れたので少年は冷や汗をかきそうになる。

 「大丈夫ですか?」

 小声で荷車の中へ尋ねる。中からは簡潔な返事が返ってきた。少年は安堵して荷車を押し続ける。

 この少年、ソレルに美味しいものを作る為の教示をうていた。何度も厨房とソレルの部屋を往復しているうちにソレルの現状を知り、ここから出る手助けを申し出ていたのだ。

 少年は清掃中に初めて見る奇妙な筒を見つけた。あの人が言っていたものだと直感すると誰もいないのを確認してこっそりしまった。

 それはその人を縛る筒だったらしく、初めて自分が役立ったと喜んだ。嬉しくてつい脱出を任せてほしいと言ってしまった。言った後で気づく。特に考えていない自分。成り行きで言ってしまった事に深く反省をして、自分がしっかりしないとあの人が連れて行かれてしまう。その事実だけが少年を支えていた。

 こうしてソレルを塵出し用の荷車に隠し───いつも使うのは匂いが付いているので新しい物を持ってきた───外へ出た。蓋を付けるのも忘れなかった。

 彼らがいた別棟から港への途中に都合よく塵出し場があったのも幸いだった。

 毎日少年が塵出しを行うのは日課となっていたのですれ違っても誰も何も言わず、目も向けない。ほっとしてもうすぐ目的の場所へ辿り着く、そんな時だった。

 「おい、お前」

 声をかけてきた男がいた。少年はびっくりして男を見上げる。見た事ない男だった。この辺りの警備員だろうか。

 少年は荷車を停めると男に愛想よくした。きっとからかってくるのだと思っていた。いつもそうだったから。今なら何を言われても莫迦みたいに笑って済ませられる。

 「はい。何でしょうか」

 男は荷車を睨むように見ている。少年の心臓がとくんどくんとうるさい。

 「中を確認したい」

 男の言った言葉に少年は思考停止する。もう逃げられない。足がすくんで、声も出てこない。

 少年が何も言わないので男は勝手に荷車の蓋に手をかけて持ち上げようとしたところで、少年の体が蓋に被さる。

 「き、今日のごみはすごく臭ってしまって」

 無駄かもしれないと思いながらも抵抗を試みる。しかし男はお構いなしと言い、少年の体を軽々と持ち上げて退けてしまった。

 素早く男の手が蓋を開けて、そこにあるのが分かっていたかのように手を突っ込んで取り出した。腕を掴まれて荷車から引き上げられ、吊るされるように姿を現した人。

 ソレルと男の目と目が合い、男はにやりと笑う。

 「見つけた」














  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る