三話 クリーニ館

 ソレル達ガリア一行は行き先を変更するとすぐに連結の指示が来た。先導舟に導かれて新たな目的地パテロ-ネロ方面、南中央駅へ行く列車トーヴォの後部へ向かう。無事連結が済むと出発時間が伝えられた。 

 ソレルはようやく随行員達をお茶とお菓子で寛がせる事が出来ると安堵する。

 今日のお茶は穏やかな香りに少々酸味のある香草を混ぜたお茶とガリアの代表的なお茶を用意した。お菓子は屋台村で買った焼き菓子を並べる。あと、上手ではないが自分が作れる唯一の焼き菓子も添えた。出来立ての為ほんわりと温かい。

 公務帰りのソレル主催のお茶会は労いの為のもの。公務をこなす様になってから始めた、彼女なりの配慮である。公務の名の下にほとんどの仕事をしているのはシャトウィルドで彼に実績を積ませる為のものである事はまだ秘密となっている。だからお飾りでも何かしたいと思ったら、これしか浮かばなかったのだ。

 今回初めて参加しているリグ-メディーテの面々も慣れないお茶会に居心地悪そうにしていたが、しだいにお茶とお菓子、さらに普段交流のない人々との何気ない会話を楽しむようになっていった。リグ-メディーテの若い者など、ソレル手作りのお菓子に感激し、「何でも出来るんですね」と勘違いをしてそれを聞いたシャトウィルドが大笑いをした。ソレルが作れるお菓子は友人が考えた彼女の為の製法。簡単、単純だけど美味しいが売り。

 ガリア王国が今どのような状態なのか気になるが、誰も表に出さず、和やかなお茶会は続いた。



 パテロ-ネロ。アンダステ南内域に位置する、別名泉水のパテロ。アンダステ初期に水を作る専用パテロとして建造されたが、その後パテロで水を作るようになり、今では観光と保養地になって人を多く集めている。また別荘地としても有名だ。その中にソレルが祖父から成人の祝いに贈られた屋敷がある。今回ガリア一行はこの屋敷に落ち着く事にしたのだ。

 ソレルは二年前に贈られてから一度も訪れた事がなく、初めて目にした屋敷と庭を見て人前にもかかわらず目を見開き、口をあんぐりと開けてしまった。シャトウィルドが慌てて無言でたしなめる。

 約三百年前に建てられた屋敷は煉瓦造りで壁の一部を植物が覆っている。窓は大きく木の枠がはめ込まれ、いくつかの窓には色とりどりのガラスで模様が描かれている。ガラスはこの頃開発されたもので、建てられた当時ガラスを使って家を飾るのが流行だったらしい。屋敷には管理人が常駐しており、庭の一部は一般の人や観光客に開放されている。

 最初、ソレル達は観光客と思われ、管理人とひと悶着あったが、ソレルが屋敷の鍵と割符を見せると信じてもらえた。割符で本物の家主だと確認出来ると管理人は手の平を反してすり寄るような言動になった。広大な屋敷の所有者が若い娘だと誰も思えないし、初めて会ったものだから仕方がないかもしれない。


 別邸に落ち着いてそれぞれ行動を開始する。シャトウィルドは通信装置を使ってガリアの主要人物との連絡を試みる。手あたり次第通信を送ってみるつもりだが、相手側が通信装置を持ち出していれば連絡がつくが、持っていなければ無理な話。

 いち早く連絡がついたのはシャトウィルドの一族の人間で彼が渋々認めている人物。渋々なのには訳があるのだが、それは別の話。


 彼はひとこと、パテロ-ガリアは崩壊した、と告げた。


 最悪の状況だと誰もが思う中でソレルは表情を変えず、淡々と報告を聞いて次の指示を出していく。崩壊理由を解明するのは後回しに、今は国民の動向を把握して今後の事を早く決めなければならないと自分にも皆にも言い聞かせていた。

 しばらくして、ガリア王国の中でも国王に近い人物と連絡がついた。向こうもソレル達と連絡を取ろうとしていたところだった。彼は国民はほぼ無事で避難していると、報告してきた。ほぼ、というのは完全に確認が取れていないからだと説明した。

 お互いの無事を確認し合うと直接会って話がしたいと言って来て、パテロ-ネロにいる事を伝えると何とかして向かうと返事がきた。

 そして彼を待つ事になったのだが、ソレルは一つの伝手を頼ろうと考えていた。

 「私、お祖父様に会いに行って来る」

 ソレルは反対はさせないと言いたげに口を真一文字に結んでシャトウィルドに向き合う。

 「パルナの爺さんか。会ってどうするんだ? あのおっさんを待たないのか」

 「ここへ来る前に往復出来ると思う。お祖父様に援助を頼むつもり。伯父様や従兄弟達にも知恵を貸してもらおうと思ってる」

 「もう話はいってるんじゃないか? あの人にとって義理の父親で仕事も関りあるし」

 それはソレルの頭にも過っていた。しかし、それでも何かしないといけないと内側からふつふつと湧いて来て体中を駆け巡っているのだ。ほかに言葉が出ない様子のソレルを見て珍しく優しい笑みを向けたシャトウィルドは

 「行って来いよ」

 と賛成した。但しリグ-メディーテの護衛を連れて行く事を条件にした。最初ソレルは護衛はいらないと言い張ったが、これだけは譲れないと険しい表情で迫られて結局折れた。

 シャトウィルドがリグ-メディーテの護衛隊長に話をつけ、護衛が選抜された。中堅二名をはじめとした五名が従う事になった。ついでに庭見物の人が出入りしているのでそちらの警備も頼んだ。今までは無人だった為問題なかったが、貴人が住まう所に氏素性の分からない者が多く出入りしているのは好ましくないから。

 ソレルはアキアに見送られて出発した。目的地は祖父のいる第二パルナ-パテロ。

 パルナ家は母親の実家でアンダステでも指折りの豪商だ。廻船からピィロによる運搬事業を拡大していき、今では一部のトヴォーモース(列車トーヴォを運行する為の専用路)の権利まで所有している。財を成しパルナ家は自らのパテロを持つまでになった。この場合の呼び方は始めが家の名前、次にパテロと続く。だらかパルナ-パテロが正しい言い方になる。

 第一パテロが本宅。第二パテロはソレルの祖父の隠居館で第三パテロは社屋。事業を拡大していった彼はパルナ老と呼ばれる伝説的な人物である。




 パテロ-ネロの港にロリイが現れた。

 ダルーナのさとを出発し、東中央駅へ向かった彼は自分のセイドを取り戻そうと焦っていた。東中央駅へ着いてすぐ<ルーシ>を使ってセイドの場所を探した。が、どこにも存在が感じられない。おかしいと思い、何度も探したがやはり見つからない。追跡装置を見てみたら、何と移動しているではないか。焦るあまり確認を怠った。なんとも恥ずかしい。

 落ち着いてもう一度見てみると、アンダステ南内域方面へ動いていた。

 ロリイは南内域方面へ行く列車トーヴォの乗り場へ急いだ。

 こうしてロリイは最終的にパテロ-ネロへ辿り着いた。今度はちゃんと追跡装置を取り出して、しばらく光点が動いていない事を確認する。きっと持って行った人が目的地に着いているのだろう。このまま動かないでくれと祈るように心の中で叫ぶ。

 アサンの光を浴びながら<ルーシ>をイゾから引き出し、自分のセイドを呼ぶ。するとすぐ呼応してきた。ここにいる、と。

 嬉しさのあまり思いっきり笑顔になって飛び上がり、走り出した。遠くない所にある。その事がロリイの走る速度を上げる。

 <ルーシ>の補助を付けて一気に走り切り、着いた所は観光名所の一つ。大きな門を潜ると水を配した庭が広がっている。観光客も沢山いて、小川に架かる橋を渡っている人、何本もの水を噴き上げて虹を作る噴水に見とれている人、さまざまな人が庭を楽しんでいる。ロリイは庭の大きさと華麗さに圧倒され、場違いな所に来たと戸惑ったが、庭の向こうに屋敷が見えるとそちらへ向かって歩き出した。目的の物はきっとそこだ。

 屋敷へ続く小道を歩く足取りは軽く、セイドがもうすぐ戻って来ると思ったらまたも注意が散漫になっていたロリイは警備をしていたリグ-メディーテに止まるように指示された。

 「ここから先へは入れない、戻りなさい」

と、言われて戻る訳にはいかないロリイは自分の服装をさりげなく示して大事な用件があり、ここの主人あるじへ取り次ぎを頼んだ。しかし、面会を申し込んでから出直せと返される。ここの主人あるじが誰なのか分からないロリイは帰る訳にはいかず、粘る。

 そこへ気晴らしに外へ出た来たシャトウィルドが揉め事かと気になって近づいて来た。 今は些細な事でも把握しておいた方がいい。ガリアの状態もまだ分からないし、何よりここはソレルの滞在先だ。

 「どうした?」

 声をかけ、よく見るとダルーナではないか。もうガリアの状況が知られて何かしらの協力の為の来訪かと思った。が、違うと知ると希望もしぼんだが取り敢えず彼の要求を聞いてみる事にした。シャトウィルドは館と庭を隔てる扉の内側へ彼を通し、歩きながら話を聞いた。

 「つまり、この屋敷の誰かの荷物にあなたの物が紛れてしまったと?」

 「そうです。最近、こちらにいる方でダルーナのさとへ行った方はいませんか」

 「全員寄ったな」

 ぽつりと答えた。

 ガリアの用件ではないのが残念な事だが、ダルーナを無下には出来ない。用件は早く済ませた方が良さそうだと感じたシャトウィルドは、ロリイを屋敷へ案内する。

 「探し物はどうやって探すのですか?」

 「近くにあれば呼び寄せられます」

 シャトウィルドは呼び寄せ方法を知らないので確認の為に詳しく聞いてみた。すると<ルーシ>による呼び寄せは真っすぐ宙を飛んで来る。という事だった。場合によっては壁などに穴があいてしまうのか・・・? それは困る。

 仕方なくシャトウィルドが付き添って屋敷中を歩き回る事にした。そうすれば誰の部屋で<ルーシ>が反応するか自分も分かり、その部屋の者に言えばそれで事は済む。無事ロリイはセイドを手にする。

 あっちの方です、と言いながらロリイはシャトウィルドを導く。ロリイの言う方向はどんどん奥へ向かっているようで、不安が沸き起こる。奥、つまりソレルの部屋なのか?

 ここです、と言った所はやはりソレルの部屋。最悪だ、と思いながら間違いないのかと確かめる。ロリイは目を輝かせて強く頷く。

 シャトウィルドは控えめに扉を叩き、ゆっくりと扉を開ける。開けた先は居間でアキアが片付けをしていた。

 シャトウィルドが見知らぬ男を連れて来た事に驚いたアキアはじっと男を観察する。留守中に主人の許可なく部屋へ人を入れるなんてシャトウィルドらしくない。そう思って彼にも不快な顔を向ける。

 ロリイはそんな様子に気付く事なく隣の内部屋へ通じる扉を指差す。あの向こうはソレルの私物がある寝室。シャトウィルドは長いため息をついて、そっとアキアを盗み見る。彼女は益々表情を強張らせている。

 だめだ。彼の要求は飲めない、今は。

 「間違いないんだな?」

 確認する。

 「間違いないです。あの扉の向こうにあります」

 それを聞いて再びため息をついたシャトウィルドはロリイをまず部屋から連れ出した。アキアは二人が外へ出るとさっと扉を閉め、鍵をかけた。

 「すまん。今は無理だ。この部屋の主人あるじは外出中であの向こうへ勝手に入る事も中の物を持ち出す事も出来ない。分かってくれ」

 そう言ってシャトウィルドはロリイに頭を下げた。申し訳なさそうにして。

 ロリイは頭を下げるシャトウィルドに対してこれ以上無理は通せないと感じた。本音を言えば今すぐ取り戻したいのだが。目の前に、手が届く所にあるのに・・・

 「そうですか。ではご主人の戻りはいつですか?」

 「一日か二日で戻るはずです」

 折れてくれたと思い、ほっとしてシャトウィルドは答える。だけどロリイの顔を見ると無理をしているようだ。すぐ欲しいすぐ必要と顔に現れている。でも無理だ。彼にはソレルの帰りを待ってもらうしかない。

 ロリイは了承してくれて二日後にまた来ると言った。そしてやっとここがどこなのかを聞いてきた。

 「ガリア王国別邸、クリーニやかただ。俺はシャトウィルド・ワインダー。今度は俺に用があると言って通用門へ来てくれ」

 「ありがとうございます。僕はロリイ・アリアンストークです。明後日また来ます。その時は宜しくお願いします」

 ぺこりと頭を下げてから踵を返した。ロリイは来た順で戻ろうとしたようだが、勝手に館内を歩かれては困るので、ちょうど通りかかった若い護衛に通用門へ送るように指示した。

 二人が門へ向かおうと歩き出した時、シャトウィルドは急にある事を思い出し、尋ねた。

 「そうだ、あなたのダルーナめいを教えてもらえませんか」

 ロリイの着ている長い外套は黒茶こくちゃ、中のチュニックも同じ色。だがチュニックの裾に深緋こきひの線が一本と白線が三本入っている。恐らくただのダルーナではないだろう。ダルーナめいが分かれば調べるのも楽だ。

 ロリイは振り向き、少し照れるような顔で答えた。

 「ダルーナめいはグリン・ダルンです」

 

 シャトウィルドはその場に立ち尽くした。参った。本当に。まさかのダルーナだった。

 シャトウィルドは一年間ダルーナの修行を受けている。ソレルも一緒に。

 能力と素質を認められて、じっくり腰を落ち着けて修行しないかと何度も口説かれたものだ。正式なダルーナとなるべく。しかし彼にはもっと重要な役割がある。ワインダー家の当主としての。

 そんな彼でも知っている。ダルーナめいにダルンが付く者が何者なのか。ロリイは四大ダルーナだ。かつて存在した四人の優れたダルーナの名前を継ぐ優秀なダルーナだ。

 とんでもない者が来たものだ。

 それにしても何を探しに・・・・

 シャトウィルドの脳裏にあれこれ浮かんでは打ち消して、明後日まで待とうと結論を出すしかなかった。







  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る