5 アイブロウ

 茉莉子にメイクをされることになった私は、早速口紅を塗っていた――のではなく。

 前髪を可愛らしいキャラクターのピンで止められ、パックをさせられていた。


「メイクの前には洗顔とスキンケアで肌コンディションを整える!それだけで全然違うんだよ。」


 得意げに説明した茉莉子はつけたばかりのパックを剥がしてしまう。


「もう剥がすの?」


 マッサージなのかぐりぐりと顔のあちこちを押さえてくる茉莉子に聞くと、「そーだよぉ。」と嬉しそうに返事をした。


「これは私お気に入りの朝パックで、1分で洗顔もスキンケアもできちゃうの!」


 すごいね、と私が返事するよりも早く茉莉子がいつの間にか取り出したスマホで私の顔を撮影した。


「ちょっと、撮らないで。」


「だってメイク前の写真撮ってた方が、ビフォーアフターできてわかりやすいでしょ?それより箱のティッシュある?」


 私はまだ納得したわけではないのだが、茉莉子は抗議の声を聞かずにティッシュを探しだす。

 「勉強机の横の棚。」と答えると茉莉子はすぐにティッシュを一枚取って戻ってくる。

 2枚組のティッシュを薄っぺらい一枚に分けてから私の顔に押し付けた。


「これで余計な油分をとってくれるんだよ。今日外出る予定ある?」


 顔にティッシュが張り付いていて喋れない。

 私が首を横に振ると茉莉子は「じゃあ日焼け止めはいっか。」と呟く。

 ティッシュを取ってくれた茉莉子は重たそうな鞄から色とりどりのポーチを取り出して、そのうちの若葉色の花柄ポーチを開いた。

 ぱんぱんに膨れたポーチの中を漁り、日焼け止めによくある形の小さなボトルを取り出した。


「日華梨がコスメ買う時のために、プチプラ縛りでいくよ!ではまずベースメイク、下地を塗っていきます。」


 茉莉子は動画でやるように、手のひらをコスメの後ろに当てて見せてくる。


「これは皮脂吸着してテカリも押さえてくれる優れ物!3色あるんだけど、日華梨には透明感を出してくれるライトブルーがおすすめ!」


 解説をしながら容器をよく振った茉莉子は蓋を開けて手の甲に出す。

 中から出てきたのはサラサラとした白みがかった水色の液体だ。

 茉莉子は慣れた手つきで下地を顔全体に塗っていく。

 あんな水色のものを顔中に塗った私は、ゾンビみたいになっていないか心配になる。


「次、コンシーラー!コンシーラーはニキビとか隈とかの肌悩みを隠してくれるんだよ。日華梨さん、見たところ少々ニキビがありますねぇ。」


 荒れまくりの肌をそう指摘されると中々恥ずかしい。

 私の気持ちを他所に茉莉子はチューブとパレットを取り出した。

 パレットは濃度が様々な橙色が3色乗っていて、確かに肌に塗ったらニキビが隠れそうだ。


「まずはこっちのコンシーラーでニキビの赤みをカバーします。100均だから気軽に買えていいよねー!」


 茉莉子が絞ったチューブからはミントグリーンのクリームが出てくる。

 本当にゾンビみたいな顔色になりそうな気がするのだが、茉莉子はためらいなく数箇所あるニキビの上に塗っていく。

 それが終わるとパレットの蓋を開けて、1番明るい色を私の目の下あたりに乗せた。


「これは3色を混ぜながら使える便利すぎるコンシーラー!おすすめ!」


 そのまま鼻横の縦のラインにも載せると、また違うポーチからふわふわの筆を取り出した。

 レモン色のチェック模様のポーチには大小様々な筆がこれまたぱんぱんに詰まっている。


「こんな感じに乗せてブラシでぼかしたら小顔に見えるんだー。後小鼻の赤みを隠してます。」


 ふわふわの筆(ブラシだった)が頬を撫でるとくすぐったいが、メイクの邪魔にならないように我慢する。

 茉莉子はブラシを置くと、今度は赤くて丸いコンパクトのようなものと、それより少し小さいけど同じ形の白いものを持ってくる。


「ファンデとフェイスパウダーも100均で見つけたの。クオリティめちゃいいんだよ。」


 ぱかっと蓋を開くと丸いクッションのようなパフでポンポンと私の顔を叩いていく。

 自分の顔が見えない分、どうなっているのか不安だがこの作業は“メイクしている”という気持ちになる。

 メイクといえばやっぱり口紅を塗っているところかパフを叩いているところを思い浮かべるんじゃないだろうか。私はそうだ。


 赤いコンパクトを閉じると白い方を開く。

 蓋を開けるとほんの少し粉が舞った。

 茉莉子は自分の手の甲にパフを何度か当ててから私の顔に当ててる。


「茉莉子はどうしてそんなにメイクが好きになったの?」


 ふと気になったことを聞いてみると、茉莉子はクスリと笑った。

 メイクをしている高校生は多いが、茉莉子ほど沢山のコスメを持ってる人はきっとそうそういない。

 それにメイクをしている茉莉子はとても楽しそうに目を輝かせていて、綺麗だと思った。

 メイクをこんなにも楽しんでいる人が、他にいるだろうか。


「私、自分のこと大嫌いだったの。でも従姉妹のお姉ちゃんがメイクしてくれた時、ちょっと可愛くなって、メイクってすごいなって思ったんだ。」


 茉莉子の話に私は驚いてしまった。

 茉莉子でも、まりりちゃんでも自分が嫌に思ったりするんだ……。

 まりりちゃんは私の憧れの人で自分に自信を持っているように見えたから、自分を心から愛しているのだと思っていた。


「その後からメイクの練習してたら私がなりたい顔に……まりりの顔になって、初めて私が好きだなって思えたの。なりたい自分になれるって素敵だなって思ったの。」


 懐かしむように目を細めて、茉莉子は愛おしいものを見るようにコスメポーチ達を見た。


「だから私は、私を変えてくれたーー私に自信をくれたコスメ達が大好きなの。」


 パフを当て終わったらしい茉莉子は、ケースの蓋を閉めて「よし!」と嬉しそうに笑った。


「これでベースメイクは完成!肌が綺麗になったでしょ!」


 茉莉子は得意そうに言うが、鏡がないから私には見えない。

 散らかっていたポーチを片付けると、パンっと音が出るほど強く手を合わせた。


「次はいよいよポイントメイクだ!私が可愛い日華梨をもっと可愛くさせちゃうよ!」


 自信満々に言った茉莉子は、キラキラとしたハート型の石やリボンで飾られた桜色のポーチを取り出した。

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