8 マスカラ

 あの日から早2ヶ月。私と茉莉子はとても仲のいい友人になった。

 学校では一緒に過ごしていて、放課後はほぼ毎日のようにドラッグストアにコスメを買いに行ったり、私の家でメイクをしたりして遊んでいる。

 まりりちゃんと仲が良いと思うとドキドキしてしまうが、もう私にとってはまりりちゃんの存在よりも、茉莉子の存在の方が大切になっている。


 茉莉子ほど沢山ではないが、私も中々の数のコスメを持っている。

 初めは茉莉子に選んでもらった『予算5千円以内の初心者コスメ』しか持っていなかったが、それからも茉莉子のおすすめを買ったりしていると、いつの間にか少し大きめのポーチはいっぱいになっていた。


 今日は日曜日。久しぶりに家族全員が休みだったので、少し遠出してこの辺り1番の大型ショッピングモールに来た。

 家族3人でお出かけ、と言ってもそれぞれみたい店が違うため、基本的に別行動になる。

 日用品と食品は沢山買うため3人で見るが、それまでは各々が好きなところを見て回る。


 父は趣味のランニングのための靴や、メンズ服の店。

 母は色んな服屋を回っている。

 いつもの私なら文房具屋を見て、時間があれば本屋や雑貨屋を回っていたが……。

 今日は気になるお店を見つけてしまった。

 ドラッグストアでもコスメの多い雑貨屋でもなく、コスメショップ。それもかなり広い。


 今まであることすら知らなかったのは、興味がなかったからだろう。

 でも今は違う。一目見た瞬間から吸い寄せられるように近づいてしまう。


『だから私は、私を変えてくれたーー私に自信をくれたコスメ達が大好きなの。』


 茉莉子が言っていたことがすごくよくわかる。

 私ももうすっかりコスメが大好きだ。

 コスメが変えてくれた、可愛い私の顔が大好きだ。


 白い内装に色とりどりのコスメが映える。

 明るい照明を浴びてアイシャドウのラメがキラキラと輝いている。

 ワクワクする。私の目もラメと同じくらい輝いているんではないだろうか。


 綺麗に陳列されたコスメ達を眺めていると、テスターの小さな鏡に映った自分と目が合う。

 まだ茉莉子ほど上手にはできないが、私もかなりメイクができるようになってきた。


 鏡に映る私は自画自賛だが中々に可愛らしい。

 少し左右のバランスが歪な気がするが、睫毛が上がってほんのり赤みのある目は大きく見えるし、涙袋もある。

 鼻だって高く見え、肌も荒れひとつなくて綺麗だ。

 肌が綺麗なのはもちろんメイクのおかげもあるのだが、茉莉子に教えてもらった化粧水や乳液で保湿すると素肌まで綺麗になった。

 2ヶ月前とは別人のように、私の自己肯定感は上がりまくっている。

 学校でもメイクをしていくとなんだか足が軽くて、勉強にだって集中できる気がした。


 今日の私には1つ目標がある。茉莉子にお礼のプレゼントを選ぶことだ。

 茉莉子がメイクを教えてくれたことも、綺麗なリップをくれたことも、日頃よくしてくれることもとても感謝している。

 そんな日頃の感謝を込めて、茉莉子に素敵なコスメをプレゼントしたい。


 気合いを込めて商品を見ていると、早速これだ!と思えるものが見つかる。

 手頃なサイズ感の5色入りアイシャドウパレットで、赤い蓋についた窓から見えるアイシャドウには大きなハート型の模様がついている。

 色んな色展開があり、暗いピンク色が中心になっているものなんて茉莉子によく似合いそうだ。


 自分が持っているコスメの大半を持ち歩いている茉莉子だが、このアイシャドウを持っているのは見たことがないし、ちょうど良いのではないだろうか。

 暗いピンク色が中心になっているものと、その隣にある明るいオレンジ色が中心になっているものを手に取って眺める。


 どちらもキラキラしていて、赤いパッケージとハート型が可愛い。

 これをお揃いで持ったら、とっても友達っぽくないだろうか。

 使いやすそうな色ばかりだし、茉莉子も喜んでいるのではないだろうか。

 お揃いのパレットでメイクをしたら楽しそうだ。

 ワクワクしていた気持ちがさらに高まっていく。

 こうなったら他のどれを見てもこれ以上によくは見えなくて、これを持ってレジへ行く。


「ありがとうございましたー。」


 にこにこ笑顔の定員さんが、丁寧に袋に入れて渡してくれる。

 私は多分負けないくらいのにこにこ笑顔で受け取って、店を出た。

 こんなに嬉しくなる買い物をしたのは初めてだ。

 1ついいものを見つけただけでこんなに気持ちが高まるなんて、私ももうすっかりコスメに魅せられている。

 家族との集合時間までは多分まだ少しある。次はどこに行こうかな。


 時間を見ようとスマホを取り出すと、茉莉子からメッセージが来ていた。

 まりりちゃんのSNS投稿通知も来ている。

 先に茉莉子からのメッセージを開くと、『昨日の写真あげたよー!』という一文と共にまりりちゃんのSNSのリンクが送られてきていた。


 SNSを開くとまりりちゃんが写真を投稿していた。

 昨日私と一緒にケーキを食べに行った時に撮った写真だ。

 可愛らしくウインクしたまりりちゃんと、白熊の顔形の可愛いケーキと、なんとそれを持っている私が写っている。


 茉莉子がSNSに投稿する写真に私も写ってほしがった時はびっくりしたし、恥ずかしいから遠慮しようと思っていた。

 でも写真の中の私の嬉しそうな笑顔を見ると満更でもなかったんだろうな。と今更自覚する。

 茉莉子は写真を撮るのが上手だから、メイクで可愛くなった私が更に可愛く見える。

 それでもまりりちゃんは私の何倍も可愛くて、さすが私の憧れの人だ。


 まりりちゃんの投稿にいいねして、茉莉子には『すごく可愛く撮れてる!ありがとう!』と返信する。

 茉莉子にプレゼントするコスメを買ったことは言わなかった。

 明日サプライズで渡そうと思ったからだ。


 私はもう一度まりりちゃんの投稿を見る。

『親友と一緒に話題のケーキ食べてきたっ!』という文から始まる店やケーキの紹介コメントと可愛くて楽しさが伝わってくる写真を見ると、勝手に口元が緩む。


 この時の私は浮かれていて、この写真のせいで大変なことになるなんて思ってもみなかった。

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