7 アイライン
鏡に映った自分の顔を見た途端、自然に涙が溢れてきた。
肌荒れのひとつもない綺麗な肌、綺麗に整った眉。
すっと通った鼻、ほんのり色付いた頬。
いつもより大きな目とそれを縁取る長い睫毛、ラメの輝くぷっくりとした涙袋。
――そして、コーラルピンクに色付いたぷるぷるの唇。
可愛い。鏡の向こうに、とってもかわいい女の子が立っている。
「これ、メイクする前の写真だよ。」
茉莉子が私の顔の横にスマホを近づける。
メイク前の私の顔が映っている画面と、鏡に映った私を見比べる。
私じゃないみたいに可愛いのに、確かに私だ。
メイク前の面影はあるのに、私だと思えないくらい可愛い。
「日華梨、世界1可愛いよ。」
茉莉子の言葉が嬉しくて、溢れた涙が頬を伝うと、茉莉子はギョッとして声をあげる。
「なんで!?やっぱりメイクしたくなかった?」
「違うの。メイクって本当に、魔法みたいだなって思って。」
せっかく綺麗にメイクしてくれたのに、小さい子供のように手でゴシゴシと涙を拭ってしまう。
『メイクの魔法は、お姫様にしかかからない。』
それは嘘だった。
だって私はずっと前、メイクの魔法にかかったことがあったから。
小学生の時に一度、ママの口紅をこっそり借りたことがあった。
私は小さい頃から自分がブスだという自覚があって、メイクをすればブスじゃなくなると思っていたからだ。
黒いキャップを開けると出てきた鮮やかで品のある濃い紅色を、慎重に唇につけた。
これで私も可愛くなれたはず。
そう思って鏡を覗いても、映っているのはいつも通りの可愛くない私だった。
確かに唇は真っ赤になったが、お世辞にも素敵だとは言えなくて、それがただただ悲しくて泣いてしまったのを覚えている。
ああ、私はメイクをしても、こんなに綺麗な紅をさしても、可愛くないままなんだと思った。
メイクの魔法は可愛いお姫様にしかかからなくて、私のようなブスのことは助けてくれないんだと思った。
思えばあの時私は、ちゃんとメイクの魔法にかかっていたのだ。
メイクが嫌になるような暗い、暗い負の魔法に。
呪いと言っても差し支えがないほど、悲しい魔法にかかっていた。
だけど今、茉莉子が新しい魔法をかけてくれた。
キラキラと輝いて眩しくて、素敵な魔法をかけてくれた。
長い間私を縛り続けていた魔法を塗り替えてくれた。
「……確かに、魔法みたいだね。誰でも簡単に、とっても可愛くなれちゃんだもん。」
茉莉子は言いながらハンカチを顔に当ててくれる。
「ほら、可愛い顔が台無しだよ。」
やっぱりメイクは魔法だ。
私みたいな子でもとっても可愛く変身させてくれて、気分を明るくしてくれる。
自分に自信を持たせてくれる。
とっても素敵な魔法だ。
「ねえ、茉莉子。私にメイクを教えてくれない?」
ようやく泣き止んだ私が聞くと、茉莉子はぱあっと顔を輝かせて、大きく頷いた。
「もちろん!嬉しい!!」
鏡に映る私の顔は、涙でメイクが崩れてドロドロだけれど、もうブスだとは思わなかった。
茉莉子はずっと握っていたコーラルピンクのリップを私の手に乗せた。
「じゃあ、明日にでも一緒にコスメ買いに行こ?コスメ買って、その後今日みたいにメイク教えてあげるよ。何回でも、どんな種類のメイクでも教えてあげる。一緒にメイクしよう!」
楽しみを数えるように順番に私の指を折って、リップを握らせてきた。
手の中にあるリップの冷たさが、手の外を包む茉莉子の手の温かさが心地いい。
「このリップはあげるね。日華梨の初めてのコスメ!あ、新品だったから安心して。」
「……ありがとう。」
貰うのは申し訳ないと思ったけど、口をつけてしまったし茉莉子が嬉しそうなので素直に受け取ることにした。
いつか私が自分でコスメを選べるようになった時、お返しに素敵なコスメをプレゼントしよう。
私はそう思って、さっきよりも強くコーラルピンクに輝くリップを握りしめた。
手の中にあるリップは、一層暖かく輝いているように見えた。
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