6 アイシャドウ
今までのはペンポーチのような形だったが、これは高さが5センチ程しかなく、底面も正方形に近い形をしていた。
「まずはシェーディングだね!シェーディングも色々あるけど、パウダータイプが失敗しづらい気がするんだぁ。」
灰色一色だけのパレットを取り出した茉莉子は、箒ような形をしたブラシでグレーの粉を取る。
これも自分の手の甲に何度か叩くと、私の輪郭と鼻周りをなぞった。
「えらあたりにしたら小顔になるし、鼻周りにつけたら鼻が高く見えるんだよ。」
シェーディングを片付けた茉莉子は、今度は色違いのように似た形をした、ピンクのものを取り出した。
「チークはリップに合わせてオレンジピンクにしよ。ラメ入りでめちゃくちゃ可愛いんだよ!このチークはブラシがふわふわで塗り心地がいいんだよね。」
付属のブラシでささっと頬と鼻の頭を撫でると、ポーチから細いクレヨンのようなものと、小さな黒い長方形を取り出した。
「ハイライトはちょっと難しいから飛ばして、アイブロウペンシルとパウダー。眉を整えるよ!特にこのパウダー、100均なのにめちゃめちゃいいの!」
クレヨンのようなアイブロウペンシルで眉をなぞるように何か書いた茉莉子は楽しそうに語りながら黒い長方形をぱかっと開ける。
入っていた小さな筆で、濃さの違う3色の茶色をそっと眉に塗っていく。
役目を終えた2つをポーチの中にしまうと、代わりにピンク色を基調とした、可愛らしい手のひらサイズのパレットを取り出した。
「アイシャドウはこれがオススメ!約1000円で8色も入ってて捨て色なしとかお得すぎるよね!それに模様が可愛いでしょ。」
「本当だ。可愛いね。」
嬉しそうに蓋を開けた茉莉子が中身を見せてきた。
1色1色がハートや花、セーターの模様にみたいなチェック柄に盛り上がっていて可愛らしい。
ピンクがかった優しい茶色も相舞って、女の子って感じだ。
「でしょぉ。付属のチップだけでもメイクはできるけど、指とかブラシと使い分けると完成度爆上がりだよ!涙袋の影も今日はこれで入れちゃおっと。」
ブラシで薄いピンクベージュをとって、指で少し濃いオレンジみのピンクをとって……と、今までの工程で1番丁寧に、細かく私の顔が塗られていく。
「目ぇ閉じて。」と言われるたびに閉じ、「開けて。」と言われる度に開けているが、どれだけ塗り重ねたのかわからない。
「アイラインが慣れなくてガタガタしちゃいそうだったら、濃いめのシャドウでやっちゃうといいよ!睫毛の生え際埋める感じで塗ったら目大きく見えて、二重線をちょっと延長してあげるだけで目大きく見えるから!」
棒のように細い筆で目の淵をなぞった茉莉子は、満足そうにパレットを閉じた。
「もうすぐ完成だよ。」と言った茉莉子はパウダールームで使っていたビューラーを取り出して私の睫毛を挟む。
くいっと上に上げられると痛いかと思っていたが、意外と痛くなかった。
「マスカラはキープ力高いのがいいよ。ダマになりやすいから、ティッシュで余分な液とってからやってね!」
マスカラの蓋を開けた茉莉子はマスカラをティッシュで擦り付けてから慎重に睫毛を撫でる。
瞬きをしたら崩れそうだから必死に我慢すると、すごく目が乾いた。
「最後はお待ちかねのリップ。リップにも口紅って呼ばれるようなスティックタイプのものとかグロスとか色々あるんだけど、これはスティックタイプのリップバームだよ!」
茉莉子は口紅ーーリップバームの蓋を開け、私の顎に左手で触れる。
優しい目でゆっくり、丁寧に私の唇を色付けていく。
「日華梨がとっても可愛い子だって、気づいてくれますように。」
無意識なのかわざとなのか、そう小さな声で呟いていた。
塗り終えたリップの蓋を閉めると、前髪のピンを外し、櫛でとかして整えてくれた。
茉莉子は私の手を掴んで立たせてくる。
「でーきたっ!ほら、大きな鏡見に行こうよ!」
ワクワクが隠しきれない様子の茉莉子と洗面台まで戻ってくる。
大きな鏡を前にすると急に怖くなってしまって、顔を上げられない。
可愛くない。可愛くないのはわかっているから、いつも見てきた顔なんだから。
そう自分に言い聞かせても、やっぱり怖い。
可愛くないとわかっていた癖に、少しでも綺麗なれることを期待してしまったからだ。
これで可愛くなかったら、私は一生ブスのままだと言われている気がするからだ。
怖気付いてしまった私に、茉莉子が後ろから抱きついてきた。
茉莉子の体温で背中がホッとするように暖かくなる。
「怖がらないで。日華梨は可愛いよ。私が、まりりが保証するから、ね?」
耳元で囁かれる声にほんの少しだけ勇気をもらって、私は恐る恐る顔を上げた。
「……っ!」
鏡に映った自分の顔を見た途端、目から涙が溢れてきた。
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