4 チーク&ハイライト

 キラキラと期待で輝く目を向けられて、なぜだか言葉が詰まった。

「しないよ。」って言えばいいだけなのに言えない。言いたくない。

 なんでだろう。どうしてこんなに泣いてしまいそうな気持ちになるんだろう。


 興奮で紅潮した頬とキラキラと輝いて私を見ている瞳が茉莉子の期待を伝えてくる。

 期待に応えられない申し訳なさからか。

 はたまた近くに来たと思っていたまりりちゃんが、茉莉子が遠くに言ってしまった気がしたからか。

 胸がギュッと掴まれたように苦しくなって、喉に閊えた言葉を無理やり絞り出す。


「……しないよ。」


「どうして?楽しいのに。メイク、好きじゃないの?」


 無理やり吐き出すように声を出すと、茉莉子は不思議そうに首を傾げた。

 純粋な疑問を持った視線が、突き刺さるように痛い。

 茉莉子は私を責めているわけじゃないのに、勝手に心が追い詰められて、余裕をなくしていく。

 そりゃあ楽しいだろう。楽しいに決まってる。


「好きだよ。でも――メイクは、まりりちゃんみたいに可愛い子がするものでしょ?私みたいなブスに、そんなことする資格なんてないよ。」


 茉莉子の大きな目がより一層大きく見開かれる。


 さぞ楽しいだろう。自分が立派な魔法使いになれて、自分をより素敵なお姫様にすることができたら。

 魔法にかかって、まりりちゃんみたいに可愛くなることができたら。

 可愛くなっていく自分を見ながらメイクして、とびきり可愛くなった自分で街を歩けたら、楽しいに決まっている。


 大きな目でこっちを見てくる茉莉子にニコリと笑いかける。

 茉莉子が突然バンッと力強く机を叩いた。

 オレンジ色の水面がグラグラと揺れ、綺麗に並んでいた口紅の列が崩れる。

 前のめりになってぐいっと顔を近づけてきた茉莉子の顔は真剣そのものだ。


「――違うよ。」


 さっきまでの明るい茉莉子からは想像のできない程落ち着いて、それでいて優しくしっかりとした声。

 じっと私を見つめる茶色い瞳はキラキラとは輝いていない。

 小さくて強く輝く1番星が奥底に閉じ込めてあるような、芯のある光を宿した目だった。


「確かにメイクは、可愛い子をもっと可愛くするよ。でも、メイクが可愛くしてくれるのは可愛い子だけじゃない。私達みたいな自分に自信がない子も可愛くして、自信をくれるものなんだよ!」


 熱の籠った大きな声で茉莉子は言う。

 迫力に押されて、何となく後ろに下がってしまう。


「確かにまりりは可愛いよ。でも、メイクをしてまりりになる前の私は……茉莉子は、日華梨より何倍も可愛くない。だけどメイクは楽しいし、メイクは自分のためにあると思ってる。」


 茉莉子は机の上に散乱している口紅のうち1本を掴む。

 下半分は白色で、上半分のキャップの部分が半透明なコーラルピンクの可愛らしいそれを私に差し出してきた。


「お願い、私にメイクさせて!このリップ絶対似合うから。私が日華梨の事、日華梨が胸を張れるくらい可愛くしてみせる。メイクは日華梨のためにもあるって証明する!だから――」


 茉莉子は限界まで腕を伸ばして私の目の前まで口紅を近づけてくる。


「自分の事、ブスなんて言わないで。」


 お願い、ともう一度強く言う茉莉子の真剣な眼差しが、はっきりとしていて優しい声が、憧れの可愛い顔が、『絶対似合う』という強い言葉が、私の心に小さな期待の火を灯す。

 本当に可愛くなれるんじゃないかな。このリップは、私に似合うんじゃないかな。なんて少しだけ思ってしまう。


 ――――ある日突然、私の目の前に魔法使いが現れた。

 とっても可愛い魔法使いが、コスメというとっておきの魔道具を差し出してきた。

 本当に私でも可愛くなれるのだろうか。

 憧れのお姫様に、少しでも近づけるのだろうか。


 細い蝋燭のような小さな火が消えないうちに、キラキラと輝いて見えるコーラルピンクを受け取った。

 空いた両手で私の手を包んだ茉莉子は、大きな目を細めて柔らかく笑った。

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