せっかくのプール開きの日に

烏川 ハル

せっかくのプール開きの日に

   

 6月の半ば、プール開きの日の出来事です。


 泳ぐのが大好きなえいこちゃんは、朝起きた時点でもうワクワクしていました。

 ベッドから飛び起きて、窓へ駆け寄ります。

 カーテンレールには、昨日吊り下げたてるてる坊主。しかし窓の外は、灰色の空が広がっていました。分厚い雲に覆われて、今にも降り出しそうです。

 それでも彼女はめげません。

「大丈夫! 体育は2時間目だから、それくらいまでは持つはず!」

 自分自身に言い聞かせるみたいに元気よく叫びながら、急いで朝の着替えです。

 ちょっとせっかちなえいこちゃんは、シャツやスカートの下にいつもの下着でなく、早くも水着を着込むほどでした。


――――――――――――


「雨、降ってきちゃったね……」

 のりこちゃんが隣の席から声をかけてきたのは、1時間目が始まって10分くらいの時でした。

 えいこちゃんは国語の教科書を開いたまま、ちらりと窓の外に視線を向けてから、のりこちゃんに応えます。

「うん。でもポツポツって程度だから、まだ大丈夫かも……」

「いやあ、無理でしょう? だってほら、すごい黒雲だよ。雨、きっと強くなるよ」

 授業中なので、二人とも小声でひそひそ話です。

 えいこちゃんの表情が暗いので、のりこちゃんも釣られるように眉をひそめました。

「残念だね、えいこちゃん。この様子だと、今日のプールは中止だよ……」

 水泳の授業をえいこちゃんが楽しみにしていたのは、のりこちゃんもよく知っています。だから彼女としては、えいこちゃんを慰めるつもりでしたが……。


 実はえいこちゃんは今この瞬間、朝起きた時とは逆に「もっと雨よ降れ! そして今日のプール中止になれ!」と思っていました。

 ちょうどのりこちゃんが話しかけてくる直前、ハッと気づいたからです。下着を持ってくるのを忘れたことに。




(「せっかくのプール開きの日に」完)

   

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

せっかくのプール開きの日に 烏川 ハル @haru_karasugawa

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ