監視人の始末

 人はいつか死ぬが、死に方は選べない。それがこの社会における数少ない公平性なのに、自ら死ぬ権利を得ようとする連中がいる。あり得ない。恥を知れ。その命が長い歳月の末に生まれた、奇跡の賜物だと思わないのか。生きろ。生きろ!苦難から目を背けるな!


 国がどんなに訴えかけても、社会がどんなに否定しても、自死をしたいと願う奴らは居なくならない。死とは何か。その前提が間違っているから、『監視人』に捕まり牢屋に入れられる。死は自由ではなく義務だ。だがそう言うと決まって、死ぬことは義務だと喚いて、自殺や安楽死の肯定に繋げようとする。連中の望む死は人為的なもの。対して社会の言う死は、自然発生的なもの。そもそもが違う。


 大体、そこまで死の欲望に憑りつかれているのなら、なぜ不健康な生活を送らない?自殺連想言動罪は、自殺や安楽死を連想させる言動を禁止しているだけで、死期を早める行動は一切干渉していない。それでもそんな事は実行せず、ひたすらに無意味な主張を頭の中で延々と垂れ流す。


 異常なのは明らかに、社会の法を犯す連中だ。何でも許される訳ではない。自由とは法に違反しないという前提があって、初めて成り立つ。だが法を法と思っていない奴らは、自由を自分勝手に捉えて解釈する。


 何が悪い?現に、守るべき法律に違反しているから。それで充分だろう。他に理由があっても、社会との約束事を破った違反者に教える義理はない。


 つまり『監視人』は、逸脱の抑止や防止の為にある。はっきり言い換えるなら、更生だの、指導だのという名前で、逸脱者を死ぬまで教育するのは、時間的に無駄だと、多くの『監視人』が上層に意見しているはずだ。


 なのになぜ!いつまでも変わらず、非合理的な制度を維持し続ける!?


「人を辞めた悪の結末など、最初から知れているだろうに」


 事実、自殺連想言動罪で牢屋送りになった奴は皆、例外なく次第に、その精神をおかしくしていく。自暴自棄。発狂。鬱。だが、同情の余地はない。生きる喜びを噛みしめれば良いものを、死を現実にしようとして招いた自業自得の結果。責めるなら国や社会ではなく、自分自身にしろ。


 そう思うが、奴らは自責など決してしない。悪いのは、国や社会だという恨みがましい他責思考を増幅させながら、いざ寿命になるとあっさり死ぬ。


 苦しいから?辛いから?そんなのは単なる良い訳だ。世の中、誰もが問題を抱えている。だが皆、自死なんて考えていない。それは助け合いが人々の精神に根付き、生きるための福祉や、教育が整っているからだろう。


 それでも、人生を途中で終わらせるという、あってはならない結論に至ることの方がどうかしている。


「生を謳歌し、死を嫌え。理想郷たる社会に自死など不要」


 だからこそ『監視人』という存在は、どんなツールの使用も厭わない。録音レコーダー、監視カメラ、位置情報……。あらゆるツールから得られた、多彩な人々の情報が、リアルタイムに『監視人』へと伝達され、共有もされていく。


 世のため、人のため、社会のため。そして、この国の未来のため。当然、『監視人』も常に、他の『監視人』によって監視されている。例外など有りはしない。なのに無駄なことを企む奴が『監視人』の中にも居るらしい。犯罪者に手を貸そうとする、過激な狂信者。そう呼ぶのは馬鹿げている。奴らは身も心も腐っているだから、悪魔と呼称するのがふさわしい。


 いや、生まれた時から人の皮を被った悪魔だったか。どちらでもいい。人だろうと悪魔だろうと、捕まりさえすれば皆同じ。非常識な存在に変わりはない。


 だが、結局のところ事件事故は未遂で終わる。自殺も、安楽死も、その他諸々もろもろの犯罪も。そこには分岐点など最初からなく、あるのは決まりきった最悪の結末だけ。逮捕。懲役。獄中死。感情に任せた行動で、人はどん底へと突き落とされる。当然と言えば、当然の結果。


 しかし多くの人々は、犯罪せず平和に生きている。当たり前だ。法を学ばせ、福祉を説く。その重要性を誰もが、教育という観点で認識しているのだから。それを理解できない、理解するつもりもない奴が犯罪者に成り下がる。その時点で更生や指導が名目の教育は、始めから無意味だと分かるだろ。


「フン……」


 イヤーツールからは何の声も聞こえず、特殊デバイスからは何の振動も伝わらない。カメラ、異常なし。レコーダー、異常なし。位置情報、異常なし。ネット履歴、異常なし。周辺環境、平常通り異常なし。


「いつも通り、平和だな」


 平和すぎてやることが無い。事実、ほぼ全ての『監視人』は、犯罪者と1度も遭遇しないまま、その仕事を引退する。ただ、『監視人』は想像以上に難しい。聴覚、触覚、視覚。これら全てに神経を集中させながら、異変がないどうかを常に意識してなければならない。毎日ずっと、『監視人』を辞めるまで。


 俺はあと何年、『監視人』を続けるのか。5年か、10年か。それとも。いや、今は分からなくていい。答えを急かさなくても、いずれ知る時が来る。


 にしても、俺が『監視人』になったのは、その理由は。もう覚えていない。何か鮮明な出来事があった記憶はするが。監視の仕事をしていく中で、いつの間にか忘れてしまったか。それなら仕方ない。きっと俺からしてみれば、覚える価値すらない内容だったのだろう。


 しかし覚える価値のないものは、他にもある。例えば、誰が今、どんな情報を見ているか、あるいは書き込んでいるか知ったところで、それが法律違反でなければ、本人がどうしていようと俺には関係ない。無関心の表れ。そう言われることも何度かありはしたが、それがなんだ?自分と接点の無い特定の誰かに、強い興味を抱いている『監視人』の方が危険じゃないのか?


 それこそ異常な執着だろ。本質的に考えて、自殺連想言動罪で捕まる奴らと何も変わってない。危険分子と、犯罪者予備軍という僅かな違い。そのレベル。


 だから、行き過ぎた自己中と言われて非難される。だが、そういう奴に限って、自覚はないし、配慮もないし、理性なんて言う概念も持っていない。世界は自分中心。他人は二の次。そんな考えの下、自らの目的を達成するために犯罪を起こす。それが許されるなんてこと自体、この社会ではあってはならない。


「最優先に考えるべきは他人。それくらい、誰だって学習する」


 良いか?産んだ親の気持ちになれ。想像しろ。自分の子どもに悪いことなんかさせるために育てた命だと思うか?俺は思わない。どんな理由であれ、立派に成長して欲しいという心が、普通の親ならあるだろ。


 家族の期待。友人の期待。その他、大勢の期待。それが分かるか?自他ともに関係なく、平和な日常を過ごし、人生を全うすることだ。ならば、取るべき行動は決まっていつも1つ。邪心を持たず、平穏に過ごす。それしかあり得ない。


 当然、この国にいる限りは法の抜け道などない。犯罪を犯せば捕まる。それだけの事だからだ。だから、隙を見て実行しよう等と企むな。


 死ぬ手段はたくさんあった方が良い。そして選べた方が良い。そんな主張を本気でやればいつかは通る。馬鹿げた夢物語だ。死の多様性。自死終活。流行の言葉に乗っかったものを作ったところで罪は罪。それに加え、多様性自体を歪曲している。多様性とはつまり生き方そのもの。自死行為など何も指し示していない。


 他に選択肢がないからだと?嘘つけ。解決策になり得る方法を、全部調べ尽くしたか?答えはノーだ。死にたいという自分を肯定するため、ごく限られた手段だけ実行し、結果として失敗しているに過ぎない。


 いわば、ただの偽善者。現に、奴らは自分の声しか聴いていない。お前の身体は?魂は?当然、生きたいと願い、死に抗っている。言い換えるなら、死にたいと思ってるのは、そいつの心と人格だけ。安楽死が良いことだという考えも同じ。


 死ぬことでしか救われない。安楽死という選択肢があるだけで希望になる。耳障りな言葉だ。まるでメチャクチャな事を教える宗教だな。自死すれば楽になれるっていう見方そのものが間違いなんだよ。死後は苦しまなくて済む。そんな保障が一体どこにある?無い。無いだろ?


 結局、自殺も安楽死も排除して、生きる選択をするのが一番良い。無駄なことは考えるな。病気で死ぬまで生き続ける。只それだけを考えろ。


「捕まってから後悔したって遅いからな」


 高い頻度で行う監視。その項目ごとに異常の有無を確かめる。イヤーツール、異常あり。特殊デバイス、異常あり。カメラ、異常あり。レコーダー、異常あり。位置情報、異常なし。ネット履歴、異常なし。周辺環境、異常なし。総じて、一部項目に異常あり。


 詳細データの自動検出開始。罪状、自殺連想言動罪。内容、自殺ほう助の提案。罪人、コルムド・カーリ。方角、南南東。距離にして約40m。その他、重要情報として、コルムド・カーリ本人の個人情報をアシスト共有。


「チッ……!」


 こんな近くに悪魔がいたのか、クソめ。『監視人』、コルムド・カーリ。なぜ、国や社会を敵にしてまで、生きるべき人に死を唆す?絶対に許さない。


 今、肩に手を掛けたからな。逃げるなよ?ここで、拘束させてもらう。


「コルムド・カーリ容疑者、自殺連想言動罪で逮捕する!」

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