四つ辻
大隅 スミヲ
四つ辻
そこは東京都の端、埼玉県の境にある交差点だった。
どこにでもある十字路。一見しただけでは、そう思われるような場所である。
その交差点には信号機はなく、地元の人達は四つ辻などと昔ながらの名前で呼んでいたりしていた。その四つ辻は、周りに大きな建物などもなく見通しの良い交差点だった。道の端には地蔵堂があり、地元の人達がお供えなどをしており、いつでもきれいな花が飾られていた。
そんな四つ辻で交通事故が発生したのは、昼下がりのことだった。
軽乗用車同士の衝突事故。
特にけが人などもなく、現場には車がぶつかった時の衝撃で壊れてしまったヘッドライトの破片などが散らばっている程度だった。
事故を起こした運転手からの通報で駆けつけたのは、少し離れた場所にある交番に勤務する女性巡査の南井リノと、その先輩である東谷巡査長だった。南井リノ巡査は今年の四月に警察学校を卒業して配属されたばかりの新人巡査であり、東谷巡査長はベテランの警察官であった。
リノは東谷からの指示で、交通事故を起こした運転手ふたりから聴取をして、事故の発生状況などを書き留めていく。
事故現場には近所の住民と思われる人々が集まってきており、東谷はそちらの整理などに当たっていた。
「あの噂、本当みたいね」
野次馬から聞こえてきた言葉だった。
何の話だろうか。疑問を覚えたリノは振り返って、声が聞こえてきた方へと顔を向けたが、野次馬の中の誰が発した言葉だったのかはわからなかった。
噂とは、何だろうか。
リノは、妙にその言葉が気になってしまっていた。
聴取を終えて、現場を後からやってきた交通課員に引き渡したふたりは交番へと戻った。
噂。そればかりが、リノの頭の中には残っていた。
「東谷さん、あの交差点って以前なにかありましたか?」
「え? 前? うーん、前も同じような事故があったかもしれないけれど、死亡事故とかは起きたことは無いはずだけど」
「そうですか……」
どこか浮かない顔をしてリノは、出動記録をつけ終える。
「まあ、信号機のない交差点だから事故は起きやすいかもしれないな」
「見通しはいい場所ですよね」
「みんなスピードを出すんじゃないのか」
東谷はあまり興味はないといった感じで答える。
「なにか、あの交差点に関する噂とかは?」
「え、何それ。何か噂とかあるの?」
「いや……」
質問したのはわたしの方なんだけれど。リノはそう思いながら、曖昧に笑って見せた。
その日の勤務終了後、リノは警察寮の部屋に戻ってスマートフォンで四つ辻と呼ばれている交差点のことを調べてみた。
検索でヒットしたのは、地域密着型の掲示板だった。
SNSが流行る前は、こういった掲示板が多数あったそうだが、SNSが主流となったいまではこういった掲示板はほとんど残されてはいない。この掲示板も、過去にあったものを誰かが保存して取っておいているといった状態だった。
掲示板に四つ辻の名前が出てきたのは、いまから3年前の書き込みだった。
『四つ辻の事故多発の原因は、あの事件だろ』
『なんだよ、あの事件って』
『知らないのか、ラジオだよ』
『ラジオ?』
『コミュニティ・ラジオ』
『ああ、あれね』
掲示板の書き込みはこれで終わっていた。
リノには、それが何のことであるかは全然わからなかった。
試しに、四つ辻のある地域名とコミュニティ・ラジオとワードを入れて検索を掛けてみたところ、ひとつのサイトがヒットした。四つ辻周辺の地域をカバーするコミュニティ・ラジオのサイトだった。コミュニティ・ラジオは別名『地域FM』とも呼ばれるものであり、ごく限られた範囲にだけ届く電波を使って放送される地域密着型のラジオ放送のことだった。
「これかっ!」
リノは思わず声を上げて、そのサイトのリンクをタップした。
しかし、待っていた現実は予想とは違っていた。
すでにこのコミュニティ・ラジオは終了していたのだ。終了したのは3年前。いまは放送されていないとのことだった。
あの四つ辻の交差点とコミュニティ・ラジオの関係とは一体何なんだろうか。
そして、あの事件というのは、どの事件なのだろうか。
今度は、コミュニティ・ラジオ局の名前と事件というワードを入れて検索をしてみる。
しかし、今度は何もヒットしない。
どうしたら真相に辿りつけるのだろうか。
リノは色々とサイトからサイトを渡り歩いて、事件についての情報を集めようとした。
すると、奇妙なサイトに辿りつくことが出来た。
そのサイトは、なんだか古い作りのものであり、個人が趣味で作ったという感じが満載のサイトだった。
サイトには『東京と埼玉の県境にある某所について』というタイトルが付けられており、そのリンクをタップすると、文字だらけのページへと移動した。
『東京と埼玉の県境にある某所。通称、四つ辻。その交差点は、見通しもよく、交通量も多いわけでもないのに、事故が多発している。その事故に関しては、奇妙な噂があるのをご存知だろうか』
そんな書き出しではじまる文章。
特に上手い文章でも無ければ、人を引き付けるような文章でもない。
しかし、リノはその文章を読みふけってしまっていた。
『この地域にはかつて、コミュニティFMが存在していた。そのコミュニティFMで起きた事件が、この事故と深いつながりがあるのだ』
『すでに放送は終了してしまっているコミュニティFM。しかし、四つ辻の辺りで周波数を合わせると、されていないはずの放送が聞こえる時があるというのだ』
『事故を起こした人間のほとんどが、口にする言葉がある。それが「コミュニティFMの放送が聞こえた」というものだった』
この話は本当だろうか。物好きな誰かが怪談話程度に書いただけではないだろうか。
サイトを見ながらリノは様々なことを考えたが、自分の目と耳で確かめるべきだと思い、車に乗って四つ辻へと出かけた。
いま考えると、どうしてこんな行動に出てしまったのだろうかと思う。
時刻は深夜2時をまわった頃である。
まったく人気のない四つ辻の交差点には、走る車の影も無かった。
リノはカーステレオをONにして、周波数を手動操作でかつてコミュニティFMが使用していたものに近づけていく。聞こえてくるのは雑音ばかりで、時おり聞こえるのは近い周波数のラジオ放送の声だった。もしかしたら、電波の乱れで声が聞こえただけなのかもしれない。こんなオカルト的なことを現実に考えるなんてありえないことだ。
自分の行動がバカバカしくなったリノは、自宅へ戻ろうとハンドルを切った。
その時だった。眩しい光がリノの目に飛び込んできた。
慌ててハンドルを切ったリノのすぐわきを大型のダンプカーが通過していく。
もう少しで接触事故を起こすところだった。
「危なかった」
リノは安堵のため息をついた。
その時、カーステレオから短いノイズ音が聞こえた。
その音はどこか舌打ちに似ており、リノは寒気を覚えた。
自宅に戻り、スマートフォンであのサイトを再び見る。
すると前に見ていた時には気づくことがなかったリンクを見つけた。
『コミュニティFM局で起きた事件』
『パーソナリティとリスナーの恋』
『とあるリスナーが出したメールがきっかけで、パーソナリティはそのリスナーの相談に乗った。ラジオ番組ではよくあることだ』
『コミュニティFMというのは、地域密着型というだけあって、リスナーはパーソナリティにすぐに会いに行くことが出来た』
『とある女性リスナーは、パーソナリティに失恋の話をしているうちに、ふたりは恋に落ちた』
『男女の仲となった二人。しかし、幸せな時間は長く続かなかった』
『男性パーソナリティには妻子がいた。そう不倫だったのだ』
『リスナーだった女性はパーソナリティの子を身ごもっていた』
『パーソナリティは結婚していることを隠しており、リスナーの女性の子は認知しないと明言した』
『リスナーの女性は精神的にショックを受け、自ら命を絶った』
『それから、コミュニティFMのスタジオでは奇妙な現象が多発するようになった。いつしか、パーソナリティの様子がおかしくなり、パーソナリティはそのまま失踪してしまった』
『コミュニティFMは、その後閉鎖された』
サイトはそこで終了している。
最終更新日は三年前の今日だった。
好奇心のせいで、気味の悪いものを見てしまった。
リノはため息をつきながら、スマートフォンの画面を閉じた。
数日後、非番でリノはコミュニティFMのスタジオがあった場所を訪れていた。
その場所には今もラジオスタジオのブースがそのまま残されている。
リノは近くの花屋で買ってきた一輪挿しをその場に置くと、手を合わせた。
人の気配を感じた。
振り返ると、そこには小さな子どもを連れた女性が立っていた。
「昔、ここで男性が刺された事件があったそうですね」
女性はそれだけ言うと、子どもの手を引いて去っていった。
男性に裏切られて自ら命を絶ったのは、女性の方ではなかったのか。
リノはそんなことを思いながら、去っていく女性の背中を見つめていた。
所轄署の資料室に行き、過去にコミュニティFMの場所で事件が無かったかをリノは調べてみたが、何の事件の報告も所轄署には存在していなかった。
四つ辻 大隅 スミヲ @smee
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
同じコレクションの次の小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます