#Shorts 駅でのこと

「ねぇ、君も、そう思うっしょ?」


 暗闇の中で甘えるような声がした。

 スマートフォンで撮影したであろう極々短いその動画は、その声を皮切りに始まった。

 スマホは慌てた様子でどこかから取り出され、夕暮れの駅ホームを映し出した。


「だからさ―――もう死んじゃおうよ」


 女子高生らしい少女に絡んでいるのは、派手なスーツの男だった。

 ゴテゴテとした指輪を嵌めた指で少女の腕を掴んで、頬を彼女の頭に擦り寄せながら、彼は優しい声音で言う。

 制服姿の少女は背中を丸め、虚ろで、亡羊な様子だった。


「成績は上がらないし、彼氏にだって捨てられて、なんて可愛そう、なんて哀れなんだろうな。君、生きていたって意味ないって。あれだけ頑張っても誰にも見向きもされないじゃん。だったらさ、さっさと次のチャンスを掴んだほうが良いと思うわけよ」


 スマートフォンでその様子を撮影している人物は、ホームのベンチに腰掛けて、列車を待つ少女と、派手スーツの男を背後から撮っている。


「人が死ぬと、どうなるか知ってる?」


 透き通った男の声は、まるで何かの魔法のようだった。

 動画越しであろうと、その声に不思議な魅力を感じる。抗いがたい気持ちが生まれるのが分かる。それが話術なのか、それとも他の要因なのかは、分からない。


「人はね、死ぬと皆、神様になるんだ。身体を捨てて、想いだけになる。あらゆる束縛から解かれ、自由になる。苦しみなんて全部忘れて、好きなように生きられるようになる」


 動画を撮る者は、二人の様子をカメラに収めながら立ち上がった。


「実は、俺もそうなの。毎日とっても楽しいぜ。だから、さぁ」


 一歩、近づく。

 シャラン――と、涼やかな音が聞こえた。


「俺と一緒に、かね?」


 一歩、近づく。

 暗闇を裂いて、列車がやってくる。


 一歩、近づく。

 男の手が、少女の背中に回った。

 最後のひと押しをするために。


「さぁ、踏み出して―――」


 男がその手に力を込めんとした時、誰もが想像する結末よりもやや早く、ドンッと、酷く鈍い音がした。


「はぁ?」


 男が振り返る。

 画面一杯に、振り返った男の顔が映る。

 何か大きなものに轢き潰されて、目も鼻も歯も何も残っていない、ぐちゃぐちゃの肉塊と化した顔だった。


「アンタ、何?」

「ゆーちゅーばー」


 動画を撮る人物は澄んだ声で言う。

 カメラが下を向く。

 顔無し男の背中に、短刀が突き立っている。

 手にしているのは、動画を撮る人物だ。白い指と、黒い制服の少女のようだった。


「はぁ?」


 顔無し男が怪訝な声を返すと、応じるように動画を撮る少女は、握った刃をぐりっとねじ込んだ。

 男の胸を、短刀が貫通する。

 唇のない男の口―――ただ穴の開いているだけの場所から、ドプッとどす黒い血のようなものが吹き出した。


「はぁ…?」


 最後まで、彼は何がなんだかわからない様子だった。

 短刀を引き抜いた少女は、男の尻を蹴り、ホームの下に突き飛ばす。

 そこに、丁度、電車がやって来た。

 顔無し男の身体は電車とぶつかり、黒い灰のようなものになって飛び散って消えた。

 やがて、電車が停まる。

 亡羊としていた少女は、電車が止まったことで我に返ったようだ。


「あれ、私、今―――…」


 少女の呟きは、プシューと空気を吐いて開いた電車の自動扉の音に紛れて消えた。

 彼女を追い越して、動画を撮る少女は電車に乗り込んだ。

 動画の背後で、自動扉が閉まる。

 

「ナンパなんて、顔の良い奴がやるものだ」


 そう呟く声がして、動画は切れた。




 この動画は後日ショート動画として公開されたが、やはりと言うべきか、直ぐに削除されてしまった。

 権利者からの申立のせいなのか、それとも、あまりにもグロテスクなショッキング動画だったからなのかは、分からなかったが―――…


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怪異抹殺✜滅殺ちゃん✜黙字録 ささがせ @sasagase

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