【初コラボ】あの有名幽霊退治系Youtuberさんと【滅殺】
「どもども、どーもー! 令和のゴーストバスター、幽霊退治系Youtuber スギマスでぇーす!」
突然始まった動画では、小太りの男がごちゃごちゃとした狭い部屋の中で喋っていた。モジャモジャ頭に眼鏡をかけた男は、よく回る口を駆使して、動画冒頭の挨拶を述べているようだった。
「ふひー! えー、さて! 今回の動画は! ついに完成した幽霊撃退キャノンのお披露目になりますぞぉ! わぁー!」
パチパチと、一人で手を叩く男はとても良い笑顔だった。
「では、さっそくご紹介いたしましょうぞ! こちらですぅ!」
カメラが切り替わり、男の背後にある作業台を映す。
作業台の上には、金属パイプやエアポンプなど、雑多な工業製品を組み合わせ、溶接して作り上げた、重火器にも似たガラクタが鎮座していた。
「デンッ! はい! こちらッ! スギマスキャノンMk-3です!」
動画にスギマスキャノンの詳細仕様がテロップで表示される。
全長約800mm、重量6.2kg、バッテリー駆動により30分の連続使用が可能、等。
「前回のMk-2の問題点を改良し、重量を半分以下に削減いたしました! これで今度こそ、幽霊共の巣窟に持ち込んで、奴らを根絶やしにできると思います!」
さらに電源周りのエネルギー効率を再計算し、Mk-2では最大10分の駆動時間しかなかった点を、3倍の30分にまで増加させている、らしい。
加えて、別電源と入れ替えることで再チャージが可能で、いわゆるリロードも可能になったとのこと。
「では、早速試射してみましょう!」
男はスギマスキャノンを担ぎ上げ―――…勢いよく担ぎ上げられず、1回机の上に置き直した。
「おもっ! やっぱ重いわ! これ! やっぱ3kgくらいまで落とさないとキツイな! あ、ベルト付けよう! ベルト!」
男はドタドタと重々しい足音を立ててカメラを横切り、モデルガン用のガンスリングを持ってきた。
「これを、ここにつけて…―――良し! これでどうだ!」
男はガンスリングを肩にかけ、スギマスキャノンを担いだ!
「どう?
鏡を見てポーズを取る。
「それじゃ! さっそく試射にいってみましょうぞ!」
男はキャノンを担いだまま、部屋を出ていく。
しばらくして、動画の場面が切り替わった。
「近所の公園に来ましたぞー。近くに民家が無いんでね、ここならたっぷり試射できます!」
そういうと、男はキャノンの電源を入れる。ヴィーン…と、低く野太い危険な駆動音が響き渡り、キャノンの銃口に紫炎が灯った。
「では、ファイアー!」
バシュンッ! と、音がなり、暗闇に紫色の光が放たれる。
光は一瞬だったが、まっすぐに深い暗闇を切り裂いていった。
「よし、出た出た! 今度は連続で行きます! ファイアー!」
男が再びトリガーを引いた。
今度は、銃口からまっすぐに紫の光が放たれる。
それはいわゆる、レーザービームだった。
「うほー! やべぇー!!」
紫の光の帯が、暗闇を切り裂いていく。
しかし、光に照らされている遊具や木々は、レーザーの熱で焼かれることなく、紫の光を照り返した。
「成功です!」
男は興奮気味にカメラに話す。
「エクトプラズマと位相波長のオメガプラトン光線をご覧いただけたかと思います! これは、拙者が発見したオメガプラトリエルを触媒として発生させた光子線で、極低エネルギーの光子放射でありながら、対象のエクトプラズマ配列を崩壊させるという―――」
白く細い指がスクロールバーをなぞり、長ったらしい説明を飛ばした。
「―――つまり理論上、この可視光線で幽霊を殺せるわけです!」
どうやら幽霊を殺せる光線らしい。
「次回はついに実地テストを行います!」
男は顔中に汗の珠を作りながら、熱弁する。
「幽霊共の巣窟に赴き、こいつで連中を薙ぎ払ってやりましょうぞ! 以上! 令和のゴーストバスター・スギマスでした! この動画が面白いと思った方は、グッドボタンとチャンネル登録を是非お願いします! では、次回の戦場でお会いしましょー!」
※ ※ ※
そこで、動画が終わる。
少女はスマートフォンの画面から目を離し、少し離れたところにいる”本物”の令和のゴーストバスター・スギマスを見た。
スギマスは鼻歌を歌いながら、車の後部ドアを開け、そこに置かれたスギマスキャノンMk-3の最終整備を行っている。彼はまだ、彼女らには気づいていないようだ。
「なるほど」
おかっぱ頭に『滅殺』と描かれたマスクをした制服姿の少女―――めっさつちゃんは呟いた。
「つまり、アレを囮にすればいいと―――」
「ちがうよ!? コラボ! コラボ案件だってば! これ初コラボだよ!? ゲストの方をそんな雑にしちゃダメだって!」
「さっちゃん、同業者が減ると視聴率伸びるかも…」
「ダメだよ!?」
めっさつちゃんの隣には、夜なのにサングラスをかけた長髪の少女―――さっちゃんも居た。彼女は何故か、クマのヌイグルミのようなリュックを背負っている。
「せっかくメールで案件を頂いたんだから! ほら、ちゃんとして! このコラボが上手くいったら、きっとこっちの登録者数も伸びるから!」
「そーかなー?」
めっさつちゃんは首を傾げた。
あまり乗り気ではないめっさつちゃんの手を引き、さっちゃんは駐車場を進み、作業をしている小太りの男――スギマスに話しかける。
「こ、こんばんは! 今夜はよろしくお願いしますっ!」
「わっ!? え、あ! も、もしかして、めっさつさんですかな!?」
「はい! めっさつちゃんねるのめっさつです!」
「おぉ! 初めまして! スギマスです~! いやー、動画をいつも興味深く拝見させていただいております!」
「ホントですか!?」
「はぁい! 何度か削除される前の動画を拝見したんですが、いや、ほんとすごいですね! ほんとに怪異退治をされてるんですね! しかも、ほんとに女子高生なんですね!」
「え、えへへ! まぁ、それほどでも―――…って、私はやっつけてないです! 私はめっさつじゃなくて、マネージャー兼カメラ係のさっちゃんと申します!」
「あぁ~! あなたがさっちゃんさんですかぁ~! 時々めっさつさんがお名前を出しておりますね! あ、今日はさっちゃんさんも動画に?」
「私はマネージャー兼カメラ係で来ているだけなので、動画には絶対出ません。もし映ったらモザイク処理をお願いします」
「りょ、了解です…」
「めっさつはこっちの―――…あれ? めっさつちゃん!?」
「うん? 先程からお一人でしたぞ?」
「えぇ!? 手を繋いでたのに! おーい! めっさつー!!!」
大声を上げるさっちゃん。
すると、暗闇に包まれた駐車場の奥で「こっちだよ~」と声がした。
「もう…ホント、猫みたいな奴なんだから…」
「ははは、めっさつさんもお仕事熱心でいらっしゃいますなぁ!」
スギマスはぶるんぶるんとお腹を揺らして言う。
「では、こちらも最終調整が終わりましたので、行きますぞ!」
スギマスは首から提げたアクションカムと、スギマスキャノンの下部に取り付けたアクションカムの電源を入れ、キャノンを構えた。
「オープニングは後ほど一緒に撮影しましょう! 拙者も、このキャノンの実力を見たくてウズウズしておりましてぇ!」
「え、あ、そ、そうですね…! って、私も行くんですか!?」
「おや、さっちゃんさんはカメラ係では…?」
「うぅ…そうだった…」
めっさつちゃんがアクションカムを装備して先に進んだかわからないため、さっちゃんはカメラをリュックから取り出して構えた。
「では、参りましょう!」
「は、はい!」
そうして、二人は公園の駐車場を歩き出す。
ここは、立華市山間部にある馬暗峠の展望公園だった。
市内から4時間走り、蛇のように蛇行する道を上った先にある展望台を兼ねた公園で、古くから心霊スポットとして名を馳せていた。
曰く、カップルで訪れると、必ず心霊現象に巻き込まれるのだとか。
スマホが誤動作し、カメラには異様が映り、訪れた者が体調を崩し、帰りに事故に遭うのだといい、行方不明者も出ているらしい。
暗がりに不審な人影を見たという者もいれば、異形に出くわしたという者も居た。
しかし、男女のカップルで訪れなければ心霊現象が起きないため、スギマスは自身と同じ怪異抹殺を謳っている女性Youtuberに案件を持ちかけたのだった。
「こっちだよ~」
少女の声が暗がりの向こうから聞こえてくる。
「めっさつちゃーん! ロケにならないよー!」
「ふうむ…」
スギマスは腕に装着したゲームボーイのような装置を操作しながらつぶやく。
「どうしたんですか?」
「いや、この辺りのエクトプラズマ異数が伸びておりましてぇ…」
「えーと、つまり…?」
「奴らが出てきそうですぞぉ!」
「えぇー!?」
スギマスはキャノンを構える。
「さぁ! いつでも来ぉい!」
「わ、私は徒手空拳なんですけど!?」
さっちゃんも、何となく拳を握って構えを取る。
しかし、特に現れない。
「こっちだよ~」
めっさつちゃんの声だけがする。
「………来ませんな」
「―――…」
さっちゃんは、眉をしかめた。
「スギマスさん、一度戻りましょう」
「おや?」
「これは良くない展開です。めっさつちゃんの声はしますが、あれは多分違います」
「違う、とは…?」
「きっと、あれが怪異です」
「なんとぉ!?」
おそらく―――…と、さっちゃんは思索を巡らせる。
スギマスに近づいた時に、怪異の定めた条件を満たした。”男女のカップルで公園を訪れる”という条件を満たし、怪異が現れたのだ。
だから『めっさつちゃんだけが外に弾かれた』のだ。
「これは、異界系の怪異です!」
「では、キャノン発射ですな!」
「違いますよぉー!? この人も話を聞かないなぁ!」
「ファイアー!」
紫の光が、不自然に満ちる公園の暗闇を切り裂く。
「こっちだよ~」
斬り裂かれた暗闇の奥、破れた結界の先に、何かが見えた。
白く枯れた身体の女。かろうじて黒いワンピースを着ているその女は、光を浴びて、鬱陶しそうに虚ろな目を細めた。
「こっちだよォォォ~!」
女は四つん這いになって獣のように走ると、別の暗がりへ消えた。
「ほわー!? 何かいたー!!?」
「だから言ったじゃないですか!」
「あ、アレが幽霊ですかァ!? 初めてみました!」
「初めてなんですか!?」
「はいぃ! せ、拙者ぁ…技術職なのでぇ…実戦は初めてでしてぇ…」
「あー! もう!」
怪異の姿に戦意を削がれたスギマスを、さっちゃんが引っ張る。
「もう異界に取り込まれちゃったから逃げ切れません! とにかく、戦いやすいところまで退きます!」
「ひえぇ!? そうなんですかぁ!?」
「スギマスさんは、キャノンを撃ちまくって時間を稼いで下さい!」
「わわわわかりましたぁ! でも、その後は…?」
「きっと、めっさつちゃんが来てくれます!」
二人は駆け出した。
その怪異は、最初はこの場所で死んだ女性の怨霊に過ぎなかった。
些細な口論からカッとなった彼氏に殴られ、その拍子に崖から落ちて死んだ不幸な女だった。そこまでだったら被害者だった。
しかし、彼女が悪かったのは、そこから全ての男女を恨み、次々と自分と同じ目に遭わせていったこと。
カップルのどちらか一人を、あるいは両方を、知り合いの声を真似て「こっちだ」と崖際へ誘い込み、その背中を押す。
成功率は高くなく、犠牲者は1年に一人か二人。
だが、それが積み重なっていけば―――…決して無視できない怪異となる。
「あそこにいます! 撃って下さい!」
「ふぁ、ファイアー!」
暗闇を紫光が裂く。
光は白枯れの女を撃ち抜き、四つん這いで暗闇に潜んでいた女は痛みに悶えて、地面にのたうち回りながら、枯れ木のような手足をバタバタを振り回した。
「ファイアー!」
そこに、スギマスキャノンの追撃が加わる。
彼女は「ぎゃああああ」と叫びながら、光の中に溶けていった。
「や、やりましたぞ!」
「まだ来ます!」
「へぁ!?」
途切れ途切れの暗い霧の中を、白骨のような屍が無数に這い回っている。
「なっ、い、一匹じゃないですとぉ…!?」
スギマスは絶望に叫びながらキャノンを乱射した。
暗闇の中を這い回る怪異の群体は、キャノンの威力を警戒してか、再び暗闇の中に潜んでいった。
「さっちゃんさん! ど、どどどどうします!?」
スギマスは振り返った。
だが、そこには誰もいない。
先程まで確かにさっちゃんが居たはずなのに。
「ひっ―――!」
白骨女にどこかへ連れ去られてしまったのか。
それとも既に怪異に殺されてしまったのか。
迫る恐怖に耐える心の拠り所を失い、スギマスは―――…
「い、否ッ!」
逆に、覚悟を決めた。
「こうなれば、最後まで戦いますぞぉッ! スギマス、行きます! オラァーッ!」
キャノンを乱射しながら、逆に暗闇へと切り込んでいく。
「オラァーッ! 死ねぇィッ! もういっぺん死ねぇぇぇぇぃ! 現世にへばりつくカビ共がぁー!」
キャノンから光が迸る度、暗闇の中に白骨女の影が浮かび上がる。
一つ、二つ、いや、十、二十。
その数は増していくばかりだ。
「生きてる連中の邪魔をすんじゃねぇぇ! ただでさえこっちは生活苦しいのによぉ! 終わった死人如きが、足引っ張んじゃねぇー! こちとら毎日必死に生きてんでんだよぉ! 邪魔すんなぁー! 大人しく逝けやぁーッ!」
だがそれは、怪異の焦りでもあった。
彼女にとっても、こんな事は初めてだった。
まさか歯向かってくる奴がいるだなんて思いもしなかった。
だから、彼女は叩き潰してやろうと姿を現した。
この姿を見れば、恐れ慄き、失禁してへたり込み、命乞いをしながら震えて動かなくなるだろうと思った。
暗闇の最奥より、無数の屍を取り込んで肥大化した女が立ち上がる。
その背丈も重量も、スギマスの3倍はあろう巨体だった。
何十年にも渡り犠牲者を食い続け、肥え果てた怪異は、初めてその姿を暗闇と異界の中から現し、そして―――
「まったく、その通りだ」
―――両断された。
目を覆うほどに強い光が、漆黒の中で刀の形を成している。
振るわれた刃は、光の嵐となって、暗闇に潜む全ての白骨女を等しく撫でた。
幾百の死霊が、
「怪異如きが、生きてる人間の邪魔をするな」
その異界ごと、めっさつちゃんの光刀が怪異の全てを斬り裂いた。
※ ※ ※
いつの間にか、スギマスは公園の駐車場にいた。
目の前に自分の軽バンがあった。
「へ…あ………あれ…?」
思わず、キャノンを取り落としてしまう。
だが、その武器がアスファルトに叩きつけられて壊されてしまう前に、細い手がキャノンのガンスリングを握った。
「落とすな」
スギマスは、声の主にゆっくりと振り返る。
おかっぱ頭に、滅殺と描かれたマスクに、黒い制服に、大太刀を手にした少女が立っている。
「大事な武器でしょう?」
「あ、貴女は―――…」
「私も、
少女はマスクをずらして、その小さな唇を曲げて笑う。
微笑むめっさつちゃんの背後から、さっちゃんが駆けてくるのも見えた。
「囮役、ご苦労様」
肩にポンと手を置かれ、スギマスは思わず飛び上がった。
後日、幽霊退治系Youtuber スギマスのチャンネルにて、動画がアップされた。
あの怪異抹殺系Youtuber めっさつさんとのコラボ動画! と銘打ってアップされた肝入りの動画だったが、投稿から約1時間で権利者からの申立により削除された。
「ふうむ」
スギマスは動画編集用のパソコンの前で腕を組む。
「これはどう考えても、圧力を受けて消されておりますな…」
そして、彼はキーボードを叩き始めた。
どこまでがセーフなのか、それを確かめる為に。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます