【対決!】めっさつちゃん 対 呪いのビデオ

 動画はいつも通り唐突に始まる。

 どこかの廃墟らしき場所には、会議机とパイプ椅子が置かれていた。

 やがて、画面の端から黒いセーラー服におかっぱ頭の少女が歩いてくる。顔には『滅殺』と描かれたパンクなマスクをしていた。

 特に挨拶もなく椅子に座る。


「めっさつちゃん、挨拶、挨拶」

「ああ」


 カメラの背後にいる誰かに言われ、めっさつちゃんは挨拶を思い出した。


「えーと、怪異抹殺系Youtuberのめっさつです。めっさつちゃんねるへようこそ」


 何の感情もなくそう言い、カメラに向かって会釈する。


「あと、今日はさっちゃんも居ます」

「わ、私のことはいいから!」

「えー?」

「い・い・か・ら!」

「ちぇー」


 めっさつちゃんは不服そうに言った。


「今日は、なんだか特別な回みたいです。対決―――企画?」


 カメラの横にカンペがあるのか、読み上げながら首を傾げるめっさつちゃん。


「対決?」

「そうです!」

「誰と? さっちゃんと?」

「私じゃない私じゃない!」

「じゃあ、誰だろ?」


 反対方向に首を傾げるめっさつちゃんに、画面の端から手が伸びて、めっさつちゃんに封筒を渡す。


「これ? これ開けるの?」


 めっさつちゃんは、ポテトチップスの袋を開けるように、分厚い封筒をバリッと開いて中身を取り出した。

 中から現れたのは、長方形の薄く黒い箱だった。

 この不思議な箱には何かに2つ窪みがあり、何かにはめ込むような構造であることがわかる。


「これは?」

「ビデオテープです」

「びでお、てーぷ?」

「大昔のSDカード!」

「へぇー」


 めっさつちゃんは、しげしげとビデオテープを眺め、視聴者によく見えるようにカメラに向かってビデオを向けた。

 ビデオの表面には色褪せたラベルが貼られており。何やら書き殴ったような文字が書かれていたが、解読はできなかった。


「これと、対決する…?」

「正確には、この中身と戦います」

「中身?」


 めっさつちゃんはやはり企画の趣旨が分かっていない様子で、眉を潜める。


「今回の企画は内緒だって言ってたけど……ビデオテープの中に怪異がいるの?」

「その箱の中にはいなくって、ビデオの中の映像に怪異が住んでるの!」

「ええ?」


 ビデオテープを開いて中身を確認しようとするめっさつちゃんを、カメラ役のさっちゃんが慌てて止める。


「そのビデオテープの中の映像を観ると呪われて、呪いを解かないと、映像の中から怪異が出てきて、観た人を呪い殺すそうです」

「へぇー」

「めっさつちゃんには、その怪異と戦ってもらいます!」

「なるほど」


 全てを理解しためっさつちゃん。

 早速と言わんばかりに足元から刀を拾い上げる。


「では、ビデオデッキとテレビを用意しますので、少々お待ちを―――」

「えい」


 めっさつちゃんは一切の容赦なく、呪いのビデオに白刀を突き立てた。


「わぁー!? 何してるのぉー!?」


 カメラがガタンと倒れ、少女たちの足元が映る。

 そして、机を貫通している刃の切先から、どす黒い液体が滴りはじめた。


「うわーッ!? この呪いのビデオ、高かったのに!」

「これ、売ってるの?」

「あ、え、こ、これは、その、誰かが本物をダビングしたっていう、非合法のやつ、なんだけど…」

「ふうん」

「そ、そんなことより! めっさつちゃん! どうするの!? 対決企画は!?」

「対決はもう終わった」

「えぇ!? まだ怪異出てきてないよ!?」

「もういる」


 剣の切っ先が引き抜かれる。

 どぷっと、黒い液体が机の穴から湧く。

 そこに、再び刀が突き刺さる。

 黒い液体が、びちゃっと勢いよく吹き出した。


「機械の中に怪異がいるんじゃなくて、機械の形をした怪異なの。少し前に斬った車椅子の怪異と同じ」


 ぐりっと、突き立てられた刀が拗られる。

 黒い粘液は濃さを増して滴る。


「よくある伝染性の怪異。どうせ呪いを解く方法って、このビデオをコピーして他のやつにも見せるとか、そういうのでしょ?」

「せ、正解…」

「伝染性―――ううん、”怪談”の性質を持つ怪異はだいたいそう。テクノロジーを取り込んでよくやった、と言ったところだけれど、もうおしまい」


 もう、黒い粘液は止まった。

 刀が引き抜かれる。

 こつこつと、ローファーの硬い靴底が廃墟の床を叩き、音が近づいてくる。

 カメラが反転した。

 死神の顔が映る。


「もし、この呪いのビデオを観てしまって、困っている人がこの動画を視ていたら、解呪の方法は簡単。この動画を最後まで視てから、ビデオテープを壊せばいい」 


 めっさつちゃんは、カメラに貫いたビデオを見せた。

 ビデオに開いた穴からは、黒い塵のようなものが立ち上っている。


「できれば、完全に」


 めっさつちゃんはビデオを握り潰した。

 瞬間、絶叫のような音が走り、画面が不可思議に歪み、明滅する。

 機材の不調だったのか、それとも、何らかの効果なのか。

 画面の異常はすぐに戻った。

 ビデオテープは、砕け散り、その破片が地面に落ちた。中に収められていた磁気テープが、ダランとめっさつちゃんの白い指に絡みついている。


「これでよし」


 めっさつちゃんが、カメラを元の位置に戻した。


「あ、それと」


 思い出したように、彼女は呟いた。


「怪異に気づきながらも、”このビデオテープを増やして売ってる”そこのお前」


 めっさつちゃんはカメラに向かって言う。


「お前はもう共犯ておくれだ。今すぐ、斬りに行く」


 そうして、めっさつちゃんは刀を手に、歩き去る。


「え!? 収録は!? めっさつちゃん!?」

「ごめんね、さっちゃん。私、出掛ける。あ、このビデオテープを買ったのどこ?」

「商店街の中古ビデオ屋さんだけど―――…」

「そこから脚切に売ったやつの匂いを追わせればいいか」

「え!? 本当に行くの!? 今から!? 電車あるかな…?」


 次第に、二人の声と足音が遠くなっていく。

 カメラはそのまま回り続けるが、やがて、パタパタと足音が戻ってきて、映像が止まった。




 数日後、海賊版のビデオを製作し売りさばいていた男が逮捕された。

 男は自宅に大量の海賊版ビデオを所有しており、その一部をダビングして中古ビデオ店に入手経路を偽って卸していたのだが、突如自宅に火を付け、半裸となって叫び走り回っていたところを、通りがかりの高校生が通報。やってきた警官が身柄を拘束した。

 焼け残った後から回収された海賊ビデオの中には、アングラで取引される非合法品もあり、警察は余罪を追求しているという。



 所変わって、めっさつちゃんねるに投稿された今回の動画は、現在でも消されること無く残っており、過去最高の視聴回数および「いいね」の獲得数を叩き出したという。

 しかし、この動画の『後編』として連続投稿された動画は、投稿されるやいなや即刻削除されたようで、視聴できたものは皆無であった。

 

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