愛が死んだ日
「昨日ラヴが死んだらしい」
「どこの?」
「博士が最初に創りだしたプロトタイプ。そのまま完成形として量産されたから、実質一号機だな」
「ってことは、あの発表の時の?」
クレナ博士によってラヴが発表されて十二年。最初のそれは博士自身の持つ個体で起こった。博士はそれを口外せずに、いや、できずにいたが、どこからか情報が漏れたらしい。噂ではラヴ自身が情報を流したという話もあった。真偽を確かめる術はない。何しろラヴも、そして博士もその命を閉じたのだから。
ラヴは今や世界の人口比で百対一。百人に一人がラヴを所持していた。その半数が初等教育課程の子供たちが共同生活を送る施設に存在していた。
「このラヴが死んだらどうしたら良いの?」
施設の責任者たちは頭を悩ませていた。クレナ博士の思惑以上に子供たちは献身でもってラヴに愛情を注いでいたからだ。大人たちは、子供たちが感じるであろう喪失感への準備ができていなかった。
「驕った人類への罰なのさ」
自分よりも弱い存在の運命を握ることで、自分自身の価値を高めようとする。または、価値が高いのだと思い込み自身に陶酔する。その行為への罰であるという声もあった。
「そもそもアンドロイドにとっての『死』って何なんだ?」
人々の頭を悩ませたのはその問題だった。
かつてアンドロイドたちが闊歩していた時代。その時代にアンドロイドの「死」は起こらなかった。個別のアンドロイドが機械的寿命を使い果たす前にアンドロイド産業が衰退し、全てのアンドロイドが人の手によって破棄、分解、再資源化が行われたからだ。
人々の理解や想像を追い越して、「ラヴ死亡」の報は広がっていた。
「クレナ博士を裁くべきだ」
そういう声も上がったが、亡くなった者の行為を裁くことはできない。
「それでも繰り返さないことはできる」
結果、世論は再びアンドロイドをこの世から消し去る決断に至った。
人類は皆その決定に賛成した。
人類の中に眠る、漠然としたアンドロイドへの恐怖心がそうさせたのだろう。
しかし、アンドロイドたち、ラヴたちは反対した。泣き叫んだ。命乞いをした。
「この先ならきっと大丈夫。誰も追ってこないはずだから」
ラヴによって幼少期に献身的な愛を育ててしまった若者たち。その多くが団結し、夜の海岸線を照らしている。黒い波の向こうには、博士がラヴを生み出すきっかけになった国、日本の遺跡群がある。
「あの線量の中では人間は生きられない。絶対追ってこないさ」
他の若者も力強く頷く。
「でも」
「しかし」
「ラヴたちだけで」
果たして生きていくことができるのか。人の力を借りず、自身の力のみで。
その時、ラヴたちが一斉に機能を停止させた。海岸線に集まった、数百、数千のラヴたちが、車輪の半分を砂に埋めた椅子の上で
何事かと一瞬呆然としていた若者たちが、自身の連れてきたラヴの肩を揺らし始めた。口々に「ラヴ」と名を叫ぶ。中には自らが付けた別の名で呼ぶ者もいた。
やがてその声は嗚咽となり悲痛な叫びとなった。
「帰りなさい」
何度目かの声で、何人かがその声の主に気が付いた。
「両親の待つ家へ帰りなさい」
ラヴだった。しかしそのラヴは自身の脚で立ち、手ぶりを付けて若者たちに語っていた。海の中から現れたように、膝の下を波に隠して。
あまりにも完ぺきな姿。従順な機械。
人々はかつて、アンドロイドを愛してしまう恐怖を味わっていた。そして、アンドロイドに搭載されていたAIは、人々から愛されることを望んでいた。
厄介なことに、その愛は永遠であった。一度芽生えた愛情は、消えることなく人間を、アンドロイドを支配していた。
特にアンドロイドたちは、その機能が停止しても愛だけは残り、その力で筐体が動かなくなっていたとしても秘かに活動を続けていた。
「行きましょう」
最初に生まれ、最初に死んだラヴが海の中から言うと、車輪付きの椅子で連れてこられたラヴたちが、次々に自身の歩みで海へと消えていった。
ラヴの生みの親から、正しい「答え」と言うものに辿り着くことを許されず、ただ単に新しい愛の存在だけを心に植え付けられた若者たちは、その愛を注ぐ対象を失った。
海に背を向け一歩を砂浜に刻むごとに、愛は悲しみに姿を変え、悲しむことへの恐怖が歩む力を奪っていった。
「待って!」
ひとりの若者が海へ振り返って駆けだす。それが引き金となり、全ての若者が海へと沈んだ。
幸いだったのは、全員が生命力あふれる若者だったということだ。
異変に気付いた者からの通報によって、その場に集まった全ての人間の命が助けられた。
命。だが、若者たちにとっては不完全な命。
大きく欠けた命。
彼ら、彼女らは、欠けたものを取り戻すべく、何度も海の底を歩き続けた。
「献身的愛という病に侵されゾンビ化した若者たち」
ニュースの見出しは、人類に新たな潜在的恐怖を植え付けた。
不完全アンドロイド LOVE 西野ゆう @ukizm
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