不完全アンドロイド LOVE

西野ゆう

愛が生まれた日

「アンドロイド?」

「そう、アンドロイド」

「人間の形をしたロボット、だよな。なんで今更そんなものを」

 アンドロイド産業が衰退して久しい時代。突如AI分野の第一人者であるクレナ博士が新型アンドロイドの発表を行うと大々的に報じられた。

 街を行く人々は、口々に「なぜ今更アンドロイドを」とこぼしている。

 そもそもアンドロイド産業が栄えたのは二十一世紀後半の僅か数十年。先進国を中心に労働者階級の不足によって発展した産業だった。

 元々人間が操作、オペレーティングしていた機械、或いは作業。それを人間に代わって行うのがアンドロイドだった。

 当時から人間の代わりとして単純な作業をこなすのに充分なAIの性能は確立されていた。人間型のロボットも同じだ。

 ロボットとAIの組み合わせは当時、特に危険な作業に利用されていた。主に放射線レベルの高い場所での作業や深海域、宇宙空間での作業はアンドロイドの独壇場だった。そのまま発展の一途を辿ると考えられていたアンドロイド産業であったが、更なる人口減少とAIの進歩は人型である必要性をなくした。

 新しく生み出される産業機械は、初めから人によるオペレーティングを想定していなかった。組み込まれたAIによる自動操縦。企業の操業全てがAIという企業さえ出てきた。

「クレナ博士って、一歩間違えれば変人だろ。何年か前だって、ほら、あれ」

「ああ、あれか。何て名前だったっけ」

 若者二人が歩きながら目前に浮かんでいるインターフェースを視線で操作している。

「あった、これ。『紙の本』だって言ってさ、スティーブン・キングの古典を現実世界に造ったろ?」

「あんなデカいのさ、何の役に立つんだって散々だったよな。『紙なので燃やすこともできます』って聞いたときは、なるほどと思わなくもなかったけどね」

 クレナ博士のアナウンスを冷笑する人々。だが、娯楽の極端に少ないこの時代、人々はその発表がどういうものなのか待っていた。

 生命と、種の保存に終始するだけとなった人類の中に当初、クレナ博士の発表はごく小さな波紋を創り出しただけだった。


 二二二一年。クレナ博士は丁度二百年前の映像の前に立っていた。

「これは、当時極東の島にあった東京という都市で行われたパラリンピックというものです」

 背後の映像では、数秒間で目まぐるしく競技の映像が切り替わっている。

「この当時は先天的に不完全な状態で産まれた子供はそのままに育て、後の事故などで四肢を失った者も、現代のような生体義肢ではなくまるで玩具のような義肢や、車輪付きの椅子を使っていました」

 映像が車いすラグビーと呼ばれていた競技に切り替わると、聴衆からは悲鳴のようなどよめきが起こった。

「なぜこのような蛮行が公然と娯楽として成り立っていたのか、今となっては理解する術はありません。ですが、私は独自に興味深い文献を手に入れました」

 そう言って博士はテーブルの上にあったものを持ち上げた。

「本だ」

「紙の本だ」

「旧時代のものか?」

 ざわつく聴衆たちをそのままに、博士は手にした紙の本を開いた。

「この本には『献身』というものが描かれている。聞いたことのない言葉でしょう。私はこれを愛の一種だと理解しました」

 博士が "A kind of love." という言葉を発して舞台の上手に視線を送ると、そこに現れたのは車輪付きの椅子に座り、自らの僅かに動く顎でその椅子を操作するアンドロイドだった。

「紹介しましょう。アンドロイド、ラヴです」

 かつて栄えたアンドロイド産業。衰退したのは人間型である必要がなくなっただけではない。あまりに完全な人間としての姿に、人々は恐怖を覚えたのだ。

 生命無き人間の姿をしたAIを搭載したロボット。例外なく美しい姿で作られたそれらは死してなお彷徨う亡霊、あるいはゾンビのようでもあった。

 この日クレナ博士によって発表された不完全なアンドロイド、ラヴもまた、その容姿は美しかった。手足の動かぬ美しいラヴ。それ、いや、彼女の誕生は、人々が忘れ去っていた恐怖を思い出させるのだった。

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