第154話 階層ボス
「凛、次の戦闘場所が最後か?」
「うん。この奥の戦闘が最後の部隊だと思う。」
さっきまでと同じように、ギリギリまでマウンテンバイクで移動して、ある程度近付いたら、結界の中に入って徒歩で移動を始めた。結界の中と言っても、別に視界を遮るわけではないから、前方で戦っている領軍の様子がみんなに見えてきた。
「今までと同じだな。」
「そうだね。取り囲んでいる魚人の数は多いみたいだけど、特別上位種がいるわけではないみたいだし…。どうして、あんなに領軍の兵士たちは疲弊しているように見えるんだろう。あっ、そうか。あの兵士たちも、精神操作を受けているんだ!」
「ほぼ間違いなく、そうであろうな。そして、この戦いを終わらせた時に、その精神操作の魔術をかけている魔物が現れるのであろうな。」
「では、魚人を倒した後が、苦しい戦いになるということでしょうか?」
「それは、どうだかわからぬが、魚人を倒した後にも、もうひと踏ん張りせねばならぬことを覚悟しておいた方が良いと思うぞ。」
「分かりましたわ。ロジャー様がおっしゃったように、魚人討伐後にもう一戦あることを肝に銘じておきますわ。ですから、早い所、目の前の魚人たちを一掃したいですわ。そうしないと、今にも、領軍の兵士に死人が出そうですわ。」
「じゃあ、フォーメーションの確認をするわよ。今回は、魚人討伐後、ボス戦があることを想定して、前衛後衛に分かれて、前衛の攻撃の後方から後衛が攻撃するようする。前衛は、リニ、リンジー、フロル、ロジャー様、後衛は、リニの後ろに凛。リンジーの後ろが私、フロルの後ろがサラよ。今回は、一斉に攻撃して短時間で殲滅しましょう。良いわね。」
「前衛が、先に出る。5秒後、後衛を消して、攻撃を開始してくれ。精神操作による恐怖を感じたら、直ぐに結界を発動して、パニックが去るのを待つのだぞ。」
ロジャーからの注意に全員が頷いて応えた。
『分かりました。』
「各組、魚人殲滅の為、広がりつつ攻撃を行う。前衛が20カウント、後衛は25カウント後に攻撃開始だ。良いな。」
『はい。』
「カウント開始。1、2、3、………、19、20!」
結界に入ったまま、魚人たちを後方から大きく取り囲んでいった。20カウントで、前衛組が結界を飛び出して、攻撃を開始した。
「ロックバレット!ロックバレット!ロックバレット!…、…、…」
「ロックバレット!ロックバレット!ロックバレット!…、…、…」
「フムッ!」
ロジャーは、投げ斧で近場も遠方もお構いなし、魚人を屠っている。
「ホッ!エイッ!ソレッ!…。」
フロルは、近距離と中距離の魚人をクナイで仕留めている。
「…、22、23、24、25!」
近場の敵が打ち取られたころ、後衛の僕たちが結界から飛び出し、遠方の魚鱗たちを仕留めて行った。その、後ろには、領軍の兵士たちが居るから、兵士たちにけがを負わせないように細心の注意を払いながらの攻撃だ。
「兵士の皆さん、一旦後方に退避してください!」
兵士たちが我先にと後方へ逃げした。魚人たちは、僕たちの攻撃をかわすことに精一杯で後を追うことができない上に、僕たちの方へは、連携できる前線を作ることができず、次々に屠られていった。
前回と同様、10分もかからず、全魚人を殲滅することができた。
「領主様は、いらっしゃるか?」
ロジャーが大きな声で、尋ねた。
「私が、領主のティモテース・シェルト・クラウスだ。私に何ようだ。」
「生きておられましたか。ギルドマスターの依頼により、救助に参りました。冒険者のロジャーと申します。そして、ここにいるのは、同じく冒険者パーティーのシルバーダウンスターの面々です。」
「何?儂らを救助に…?お主らだけでここまで来たと申すのか?」
「はい。あの、詳しい経過をお話しする前に、私共の近くまでいらしてくださいませぬか?このままでは、精神操作の魔法に飲み込まれてしまう危険性があるのですが…。」
「何?精神操作の魔法だと…。うぬ…。まて、直ぐにそちらに参る。」
数人の騎士を共に付けて、領主様が、僕たちの方に駆けてきた。やはり、恐怖に支配されているようだ。
「領主様方は、精神操作の魔法に操られていらっしゃるようです。そうでなければ、私たちの方に走っていらっしゃるなどということはなさらぬはず。」
「そ、そうなのか。しかし、今の所、誰一人として、命を落とすことなく戦えておったぞ。まあ、お主たちが来てくれなければ、あとどれくらい持っていたか、分からぬがな。」
「領主様、領主様方が、てこずっていた魔物は、おそらくCランク以下、おそらくDランクと思われます。ですから、死者ができることなく、今まで戦い続けることができたのです。」
「領軍の兵士たちがDランクの魔物にてこずっていたというのか…。そして、それは、精神操作の魔法の所為だと?」
「その通りでございます。そして、その魔法を使う魔物は、かなり高ランクの魔物ではないかと存じます。」
「しかし、ここは、まだ4階層なのだぞ。そんなところに高ランクの魔物なぞ現れるのか…?」
「領主様、そのことについては、この後、ご説明いたそうと思います。その前に、兵士たちを、結界の中に避難させていただけぬか?間もなく、階層ボスが現れると思われるのじゃ。」
「その、精神操作の魔法を使う高ランクの魔物がか?」
「左様です。今から、このパーティーが持っている結界付きのコテージを組み立てさせます。でき次第、領軍の兵士を非難させてくだされ。少し狭いですが、中に入るだけで良いと存じます。とにかくお急ぎくだされ。」
「凛とリニで大急ぎで、コテージを組み上げるのだ。できは、気にせずとも良い。結界さえ張れば、何とかなる。いいな。急ぐのだぞ。」
ロジャーに指示されて、大急ぎで、コテージの枠を取り出して、リニに地下室部分の穴を作ってもらい、その穴にセットした。多分、1分もかからなかったんじゃないかな。やればできるもんだ…。
「ロジャー!組み立てたよ。」
「では、領主様、急がせて下され。」
「うむ。エルベルト!至急、兵士をコテージの中に避難させるのだ。」
「はっ!」
領主様の御付きの騎士さんが、移動指示を出すため、ロジャーの結界から出て行った。
領軍の皆さんが、コテージに移動して、結界を張ったのが、およそ5分後だった。リニとリンジーがコテージに入って結界を起動させると、コテージが見えなくなった。
「リンジーとリニは、怪我人にポーションを渡して治療した後、そこに待機してくれ。」
見えなくなったコテージの方に向かって、ロジャーの指示が飛んだ。
「領主様、では、階層ボス退治にかかります。しっかりとご覧になって下さい。」
そう言うと、ロジャーは、投げ斧をストレージから取り出した。
「お前たちは、儂が良いと言うまで、この結界から出るのではないぞ。一番怖いのは、強力な精神操作の魔法による同士討ちだからな。結界の中に居れば、暫くは、大丈夫であろう。良いな。」
「ロジャーは、大丈夫なの?」
「おそらく、大丈夫であろう。今までも、妙な気配は感じていたが、恐怖などはさほど感じなかったからな。」
「でも、気を付けてよ。様子が変だったら、結界魔術の魔道具を持って助けに行くからね。」
「うむ。その時は、頼む。外の音に関しては、聞こえるように結界を調整してあるからな。ただ、音が聞こえることで、恐怖を感じるようなら、こちらの結界の魔道具も起動させるのだぞ。何度も言うが、精神操作の魔法の一番怖い所は、同士討ちだからな。」
「了解しました。ロジャー様、お気を付けて。」
テラが、ロジャーの前に立って、深々と頭を下げながら、言った。
その声にこたえるかのように、外で、咆哮が聞こえた。階層ボスが現れたようだ。
ロジャーが、ドアを開けて、外に出て行った。窓から見える場所に階層ボスが姿を現した。ロジャーがその場所に誘導したのだろう。
「ここにいた我の手下と獲物をどこにやったのだ。」
魔物が、しゃべった。
「さて、そのような者が居たかのう?」
見るからに恐ろしい見た目の魔物だ、一つ目のように見えるが、大きな一つ目の周りにたくさんの目玉が付いている。額から頬にかけて小さな目が無数についている…、無数というほどではないか…。左右で40個程だ。口は大きく裂け、大きな鋭い歯が見える。あんな口でしゃべるのは、何か凄いな…。頭からは、針金のような太い髪の毛?が広がっていた。
「お主、我を見て、気おされぬとは、肝が据わっておるのう。お主の肝を食らえば、さぞ美味であろうな。楽しみだわい。」
「お主に食わせるほど、儂の肝は、余っておらぬでな。おとなしく、本来の場所に戻ってくれぬか?お主、この階層の本来のボスではなかろう?」
「ほほう。良く分かったな。その通り、若く勢いがある男女であるからな、4階層にしては、濃い魔素が溜まってくれたのでな。我も早く人の恐怖を食らいたくて、このような浅い階層まで登って来てしまったのだ。そのかいあってか、たっぷりと恐怖を味合わせてもらったよ。しかし、もう少し味わって、肉を食らうつもりだったのだがな…。お主か?邪魔立てしたのは。」
「であれば、どうする。お主も、このような浅い階層では、本来の力が出せぬであろうに。さあ、早くお主の階層に帰るのだ。今回は、見逃してやる。」
「人間ごときが、何を言っておる。我が、恐れをなして逃げるなど…。お主を食らえば、後は、雑魚のようだな。じっくりと恐怖を搾り取って、心行くまで味わってやるわ。おとなしく、我の贄となるのだ。」
「お主の階層に帰らぬのか…。では、仕方ないな。本来のお主の階層であれば、儂も少しは苦戦したのかもしれぬがな。」
ロジャーは、そう言うと、魔物の方に、数m程近づいたと思うと、縮地を使って空中に移動したのか僕たちの視界から消えてしまった。
『ゴトリ』
5m程の高さから、魔物の首が落ちてきたと思うと、ロジャーが首と僕たちの間に飛び降りて来た。魔物の身体は、ダンジョンに吸収されていって、後に魔石とドロップアイテムが残った。
「終わったぞ。結界を解除して出てきても大丈夫だ。」
ロジャーの声で結界を解除してコテージから出て行った。重苦しいどことなく感じていた恐怖の波動は、すっかりなくなっていた。
「これで、ようやくこの階層から出ることができそうだ。誠に、助かった。感謝する。それにしても、ドロップしたその魔石の大きさは…、見たこともない大きさであるな。」
領主様の言葉で、改めて魔石を見てみた。本当に大きい。シロッコの魔石の何倍くらいあるんだろう。
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欠けた月が見える異世界で病気を治した僕は、錬金魔術師として生きることにした 伊都海月 @itosky08
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