第12話 帳①


 ナタリーと二人で厩舎に行けば、もう馬たちには鞍と荷物が乗せられていた。ウィラが僕の荷物を受け取って、仔馬の背につける。ハナはもう馬に乗っていた。僕はもう見慣れてしまったが、ハナの顔半分を覆う赤色のペイントにナタリーは息を飲んだ。そして僕の服の袖を引く。


「……あの子、何であんな変なことしてるの?」

「顔を赤く塗ってると落ち着くんだって」

「へえ……ねえルキ、あんたもやられそうになったらすぐ逃げるのよ」

「そんなことされないよ、大丈夫」

「そうかな……なんか、怖い」


 ナタリーはしがみつくと言っても良いほどに強く僕の腕を掴んでいた。異様な見た目の同年齢の子供に対する怯えとはどこか種類が違っているような気がした。

 そういえば同じ村の女の子同士であるというのに、二人はやけによそよそしい。これだけ一緒に過ごしてそれぞれと話しているのにも関わらず、ハナの口からナタリーの名前を聞いたことも、その逆もなかった。『危ないから子供は外に出てはいけない』というナタリーの話ともきっと関係があるのだろう。一緒に遊ばなかったから、互いのことを知らないのだ。


「ルキ、行くぞ」


 ウィラが呼ぶ。僕は申し訳なく思いながらも、ナタリーの手を取った。


「もう行かないと。ごめんね」

「あ、ううん! 見送りに来たのに私こそごめん」


 彼女はそのまま僕の手をぎゅっと握り、「またね、ルキ」と目を細める。


「うん、また」


 いつになるかは分からないけれど破りたくない約束をして、僕は馬上の人となる。まあ、上に乗るときにウィラに助けてもらう必要はあるのだけれど。

 足の力だけで馬の体を挟み、上半身を安定させる方法にもなかなか慣れてきたのではないか。散々練習した並歩でゆっくりと村の出口へ向かう。

 宿のおかみさんが他の客のために建物の中へ戻っても、ナタリーは最後まで僕らを見送ってくれていた。



「なかなかやるじゃないか」


 振り返ったウィラは誰にでも分かるからかいの声音で僕に話しかけた。


「この調子で、行く先々の女の子を口説けば伝説になるぞ」

「何の話してるの……」

「お前は人と仲良くなるのが上手いって話だ」

「本当?」

「その言い方だと良い特徴のように聞こえるけど、最初の印象ではルキのことを弄っているように聞こえた。でもどちらも褒めているみたいだし、素直に受け取っておいたら、ルキ。人に好かれるのは良いことよ」

「それは良いことなんだけどさ」


 ハナの援護射撃に僕は首を傾げる。

 そうして話をしながらゆっくり進んでも、馬での移動は足で歩くよりよほど早かった。向かう先はゴブリンの子供がいる洞窟だ。

 洞窟の入り口には黒いカーテンが引かれていた。なぜか岩肌にぴったりとくっついてヒラヒラとはためいている。ウィラの帳だ。

 ウィラはそれを少し上げ、中を覗き込む。


「よし、眠っているな。帳を下ろすぞ」


 ハナと一緒に馬から滑り降り、カーテンを下からめくって中を見る。僕たちの目では中に何があるのかは分からなかった。

 ハナに帳の話はしていたが、実際に目にするのはこれが初めてだ。


「これから村中がこの真っ暗闇になるんだ」と話せば

「どうやって歩くの?」「太陽はどこへ行くの?」「黒いのと暗闇って違うの?」と矢継ぎ早の質問責めに遭った。


 質問に答えながら馬を木にくくり、そして手を繋いでウィラのそれを待つ。

 彼女は無造作に岩壁のカーテンを引くと、そこから黒い布を一息に引き出した。

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夜のとばりがかり 流礼 @nagareryu

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