第11話 滞在③


 僕とハナが馬に乗れるようになって魔法にも慣れたらいよいよ出発の日が近づいてきた。

 これから先はしばらくこうした村がなく、森の中をひたすら進むことになるらしい。だから必要なものは全てここで整えていかなければいけない。

 とは言え、旅中に必要なものと言えば食料と服くらいだ。食料については宿のサービスで旅人用のセットが売っていた。


「数日から数ヶ月まで、期間を言ってくれれば中身を詰めとくよ。まあ長期間保つものはあんまり美味しくないけどね」


 おかみさんが笑いながら言い、大体の中身を説明してくれた。やっぱり旅中は新鮮な果物や野菜を食べられなくなるので少し名残惜しくも思う。おかみさんにそう話すと、乾燥させた果物を多めに入れてくれるとウィンクが返ってきた。

 旅を始めてしばらく経つと、僕にも服の良し悪しが分かってくる。重い荷物を持って常に移動し続けるのだから、着替えなんてたくさん持つ必要がないのだ。風通しが良くて丈夫な生地のものを店で見つけて試しに着てみれば、それは生まれ育った村に来ていた旅人たちと同じ格好だった。白の上衣にポケットのたくさんついた茶色のズボン、腰をベルトでぎゅっと締めて、肩から大きなカバンをかけて。皆同じことに気がついて同じような服を着ているのだと考えると、何かそわそわと嬉しい心地がした。

 靴は服よりも大切だ。ここまで履いてきた靴は底がひどく擦り切れてしまっていた。次の行き先は森の中だそうだから、思い切って底が分厚くて頑丈な重い靴を履いてみるとますます見た目が旅人らしくなった。

 

 出発する日の朝、葛籠いっぱいに詰まった食料を持ってきてくれたのはこの宿の娘、赤毛のナタリーだ。あれから何度も一緒に食事をしていたから僕はもうすっかり彼女と仲良くなったつもりでいたのだが、なぜか今朝は不機嫌だった。それなのにおかみさんはニコニコとしていて、ウィラを連れて先に厩舎の方へ行ってしまった。


「あの、ナタリー。色々とありがとう」

「…………」

「ええと、短い間だったけど楽しかったよ」

「………………」

「その……もらってもいい、かな?」


 黙り込んだ彼女が渡そうとしない葛籠に手を伸ばすと、ナタリーはこちらを睨む。彼女の切れ長の瞳で睨まれるのは結構な迫力があった。


「ねえ」

「は、はい」

「どうして私には何も言わないの」

「……? えっと、あ、また来た時には一緒にご飯食べ」

「違う!」


 ナタリーの怒った声に僕は戸惑うことしかできなかった。不機嫌な女の子と会話したのはこれが初めてで、どうやら間違った答えを出してしまったということしか分からない。


「どうして私を旅に誘わなかったのかって聞いてるの! あの子は誘ったのに!」

「誘う……ハナのこと? で怒ってるの??」

「そうよ! ルキは友達だと思ってたのに。あの子と毎日一緒にいるし、旅に着いてくって言うし!」

「だって、ナタリーは宿の手伝いが、」

「そんなの関係ない! 先に仲の良い友達を誘うのが普通なの!」

「そうなの?」

「そうなの!」


 すごい剣幕の彼女に気圧され、僕は首を傾げながらも言う通りにする。もう一人増えてもウィラは怒らないと思うし、ナタリーにも事情を話せば良いだけだ。きっと分かってくれる。


「ええと、じゃあ、ナタリーも一緒に行く?」

「……ルキは私と行きたいの?」

「え? うん。もっと話していたいし、離れるのは寂しいよ」

「そう」


 ナタリーの顔がどんどん緩み、声が弾んでいくのが分かる。そんなに一緒に旅がしたかったのか、と思ったのに、彼女はあっさり断った。


「でも私はここの仕事があるから一緒にいけない。ごめんね」

「え? ……うん、?」

「代わりにずっと待ってるから。またここに泊まりにきてね」


 そう言ってナタリーは籠を僕に押し付けると、少し赤くなった顔で微笑む。

 よく分からないが、彼女の機嫌が治ったなら無事に出発はできそうだ。僕も笑って、そして彼女に別れを告げた。


「うん。また来るよ」

「絶対ね」


 次に彼女に会うのは、この世界が元に戻った時だろうか。ナタリーが夜の静けさを知る日が待ち遠しい。きっと星の綺麗な空を見て喜んでくれるはずだ。

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