おまえのさがしもの

北嶌千惺

第1話 おまえのさがしもの

〈おまえのさがしものはとうぶにある〉

 そう書かれた紙を頂いた。幼さの残る鉛筆書きのひらがなのみの紙。

 それは幼い時に亡くなった俺の親友の両親からだった。

「宗助君に。と言う箱が最近になって見つかってね」

 親友の母親がそういった。宗助は俺の名前だ。

 親友が亡くなったのは二十年も前なのに、何故そんなものが今頃出てくるのか。母親も分からないという。

 親友が書くにしては乱暴な言葉遣いですね、と母親に尋ねると、そうね、と言って彼女も不思議そうな顔を向けた。


                ******


 雪の降る寒い日、親友は俺と遊ぶ約束をした。しかし彼は俺との約束をすっぽかした。今までそんなことをするような奴ではなかったのに。むしろ、俺の方が遅刻が多かった。それでも親友は、『相変わらずのんびり屋さんだなぁ』と言って笑ってくれていた。そんな彼が、その日だけ来なかった。

 その時俺たちは小二。携帯電話なんて持たせてもらえてなくて、俺は近くの公衆電話から親友の家へ電話をかけた。親友はまだ家ですか?って。

 そう聞くと、『え、あの子なら三十分も前に家を出たよ?まだ着いてないの?』とむしろ聞き返された。怖くなった俺は、早く来てください!って言って、親友の母親が来るまで公衆電話ボックスの中で膝を抱えていた。

 十分もすると、親友の両親と俺の両親が駆けつけて来た。

 それから三十分あたりを探して見つけられなくて、親友の父親が警察へ連絡をした。

 日が暮れるまでずっと探していた。それでも親友は見つからなかった。

 三年生になって初めての子供の日。俺は家で家族と一緒に過ごしていた。

 家に電話がかかって来た。親友の父親からだ。

 内容は、親友は隣町の雑木林で見つかった、と言うものだった。

 近くで遊んでいた子供たちが見つけたらしい。それも土の中で。

 それを聞いただけでも俺は背筋を凍らせたが、それ以上に恐ろしい事実が耳に入って来た。

『首なし死体で埋められていた』

 母親は俺に聞こえないように話していたようだが、俺は話声をしっかりと聞いてしまった。

 俺は半信半疑でその場から立ち去った。トイレに閉じこもって、便座の蓋の上で体育座りをしていた。

 親友の葬式の日、棺桶が開けられることはなかった。


                 ******


 親友の家から帰って来た。

 今は彼女と隣町で暮らしている。

 ただいま、と言えば、おかえり、と優しい声で返事を返してくれる。

 7時頃、テレビのニュースを聞き流しながら夕食を食べていた。

 いつもの美味しい手料理を食べていると、まずくなるニュースが聞こえて来た。

『○○町の雑木林で子供の遺体が発見されました。遺体は6歳前後の子供とみられ、頭部がない状態で発見されました。死後二日ほど経っており――』

 俺の食事の手が止まった。

 ○○町は俺たちの住むこの町だ。そこで子供が殺された。それも重要だが、さらに重要なことが紛れていた。

「子供の、頭……」

 突然頭の中にあの時のことがフラッシュバックされた。直接親友を見たわけではないが、途端に気分が悪くなる。

 俺は無言で席を立った。彼女が心配そうに声をかけてきたが、そんなもの風のように耳をすり抜けていった。

 親友の話は誰にも話していない。他人に話すようなものではないし、今頃そんな話をしたって、誰も信じてはくれないだろう。



 翌日。足取り重く、家を出た。

 昨夜は寝付けず、今朝は寝坊してしまった。走らないと間に合わないのに、どうしても足が言うこときかなかった。

 いつもの駅を降りて、会社に着くころには出社の二十分も時間が過ぎていた。

 よほど俺の顔色が悪かったのか、部長は叱責するよりも早く心配する言葉を述べた。

 俺は、大丈夫です、すみません、とだけ言って、いつもの席についてパソコンを立ち上げた。



 昼休み。同期の男が声をかけて来た。大柄な彼は俺の二回りも大きく見えた。

「どうしたんだ。朝から元気がないぞ」

 体に負けず劣らずな声で尋ねてくる。

「宗助は相変わらずのんびり屋さんだなぁ、って思ってたら、沈んだ顔で出社してきたから、何かあったんじゃないかって……」

 話を聞きつつもどうしても顔を上げられない。床をじっと見つめながら、弁当箱の風呂敷をずっといじっている。

「……昨日ニュースでよ、子供の死体が見つかったって」

 俺はドキッとして風呂敷をいじる手を止めた。

「それ見ただろ?」

「……どうして」

 知っているんだ。という言葉までは出てこなかった。

「もう何年も付き合いがあるんだ。それくらいわかるさ」

 たった四年でそれだけわかられると少し気持ち悪いなあ、と思いながら彼の話に耳を傾けていた。

「お前の出身地の町で似たようなことあっただろ?それでそうかもなって。当事者なんだから無理すんなよ」

 そう言って背中を優しく撫でられた。野郎に撫でられてもうれしくないが、今まで貯めていた気持ちが少し軽くなった気がした。

 いつまでもくよくよしていられないと、彼女の作ってくれた弁当を開けた。

 半分程食べて、ふと思い出したことを同期の男に告げた。

「そういえばさ。お前の子供はどうなったんだ?提供者見つかったのか?」

 そう尋ねれば、彼は嬉しそうな笑顔を浮かべた。

「三日前に適合者が見つかったんだよ!」

 そう言いながら、彼はベットに横たわり柔らかい笑顔を向ける娘の写真を見せて来た。

「俺もそうなんだけどな、脳に異常があったんだ。でも子どもの脳の移植なんてなかなかできるものじゃないって言われて絶望してたんだけど。良かったよ見つかって。きっと家系なんだろうな。数人に一人必ず出てくるらしい」

 ああ、そう言えば、彼も二十年くらい前に娘と同じ症状で適合者見つからずに大変だった、って言ってたっけ。

 脳、頭。その二つの言葉が脳裏をよぎった。

 チラッと同期の男の頭を見上げる。

 男はどうかしたかと、不思議そうな顔で俺を見て来た。

 俺は、何でもない、とだけ言って食事に戻った。

「……とうぶ、か」

 俺はぽつりとつぶやいた。

 来週は親友の命日。

 また地元に戻って墓参りと親友の捜索。

 あのひらがなの紙を警察や捜索の助っ人の人に話してみようか。相手にされなくても何かあるのならそれでいい。

 あそこには東部公園が近くにあったはずだ。今年で見つかればいいのだが。

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