登場人物が探偵しかいない推理小説

ちびまるフォイ

火のないところに探偵は集まらない

ここは絶海の孤島にある旅館。

私はそこで館長となった。


「いらっしゃいませ。ご宿泊ですか」


「いかにも」


「お名前とご職業を」

小名川こながわエダン。探偵さ」


夏休みシーズンもあいまって旅館は大人気。


「お名前とご職業を」

「金田はじめ。探偵です」


「お名前とご職業を」

新畑三郎にいはたさぶろう。探偵です」


「お名前とご職業……」

「超能力探偵! コロンブス・DA!」


次から次へと客足が絶えない。

それなのに。


「なんで探偵ばっかりなんだよぉぉ!!」


ついに私のツッコミ袋の緒が切れた。


「館長、そりゃこんな場所に旅館あるからでしょう」


「立地が関係あるの? 用務員くん」


「ありやすよ。都心からのアクセス最悪。

 電波も通じないこんな場所にやってくるといえば

 事件と探偵だけです」


「それじゃ今日の宿泊客は……」


「みんな事件を求めて集まってきたんでしょうな」


「ここイベント会場じゃないんだけど……」


チラとロビーの様子を見てみた。


マンモス校のようにひしめき合う探偵たちは、

おのおのの道具を広げてなにやら推理をしはじめている。

まだ事件すら起きてないのに。


「むむ。この絵画怪しい……! 館長と似ていないぞ!」


「なぜこの旅館はリノベーションしたのか。これは事件の香り!」


「聞けば最近タッチパネルでのフロント会計に変わったらしい。なにか謎があるぞ……!」


ロビーから引き返し、スタッフ控室に戻った。


「や、やばいやばい」


「どうしたんですか館長」


「なんかすっごい事件を待たれてる気がする」


「まあ探偵ですからね。事件ないときの探偵なんて、

 玄関に置かれるシーサーよりも価値ないっすよ」


「彼ら、普通に宿泊してくれるだろうか」


「どうっすかね。ただ、はるばるこんな辺境の旅館に来たのに

 事件なんかありませんでした、だと帰っちゃうかもですね」


「ええ!? それは困る!」


そこで館長は一芝居うつことにした。


その日の夜のこと。

探偵たちはロビーに横たわる館長の死体を見て目を輝かせた。


「こ、これは!!」


「見ろ! ここに犯人の手紙がある!」


「やはり絶海の孤島にある旅館。事件が起きてしまうのか……」


すっかり日帰りムードだった探偵たちも、

死体と犯人のポエムを読んで一気に探偵細胞が活性化。


宿泊にプランを切り替えての推理合戦がはじまった。


「死の曲芸師・ファントム……。必ず捕まえてみせる!」


探偵たちがロビーから去ったのを確認してから起き上がる。


「館長、大成功でしたね」


「ああよかった。これで客足をつなぎとめられた」


「幸いだったのは探偵だれひとりとして、

 死んでるかどうか確認しなかったことですね」


「事件が起きたことが何よりうれしかったんだろ」


その後、探偵たちは水を得た魚ごとく推理をはじめた。


「みなさんに集まってもらったのは他でもありません。

 ファントムはこの中にいる!!」


探偵は声たかだかに犯人がいる宣言をした。

探偵界隈での「いただきます」と同じ意味らしい。


「犯人がわかっただって!?」

「きかせてもらおうか。その推理を」


まず犯人を教えろよ、と言いたくなるのは普通職だからか。

探偵たちは持ち寄った推理を嬉しそうに話していた。


それはまるで母親に今日の学校のできごとを話す子供のようにいきいきと。


「……そう。以上の状況証拠から、

 腕立て伏せをしながらワイヤーで氷を刻み、

 ひとばんで橋を完成させて、館長を殺害したあとで

 船を沖まで運んでから泳いで岸壁を戻り、

 何食わぬ顔でロビーに戻れたのはただひとり……。

 

 あなただ!! 用務員さん!!!」


用務員の顔がアップで映される。

事前にどんなに無理がある推理でも受け止めてほしいとは言ってあった。


「フッ。面白い推理だ。でも、俺には動機がないじゃないか」


用務員さんもノリノリである。


「動機ならある。これだ!」


「そ、それは労働条件通知書!!」


「最低賃金ギリギリの金額。ワンオペでの仕事の日々。

 あなたはそのイライラを館長にぶつけた! そうでしょう!」


「たしかに……」


たしかにじゃないよ!

そんなこと思ってたの!?


「あなたが館長を恨む気持ちは確かにわかります。

 ですが、だからといって殺人が正当化されるわけじゃない!」


「私は手段を間違えてしまったんですね……」


「これにて一件落着!!」


「あチェックアウトこちらでうけたまわります」


推理アミューズメントを存分に楽しんだ探偵たちは、

お土産を館内で買ってから島を離れていった。


全員が見えなくなったのを確認し、地下室から体を出す。


「館長、お客様はお帰りになりましたよ」


「そのようだね。君もお疲れ様。犯人役なんてすまないね」


「まあ他に登場人物いないっすから。

 館長が死んだら、消去法で自分が犯人になるしかないっすよ」


「バイト代も今回ははずませてもらうよ」


「……最低賃金のくだり聞いてたんすか?」


用務員さんがタイムカードを切って帰ったのを確認する。

館内にある自分の部屋へと戻った。


「やれやれ。今日は本当に大変だった」


椅子に座ると疲れが一気に押し寄せてきた。


「でも、一芝居うってよかった。

 もしあのまま館内をうろつかれたらバレそうだったなぁ」


椅子にもたれかかって浅い眠りについた。



夢の中では、かつてこの館で手にかけた

前の館長の死体が地下から探偵によってバレる夢を見た。



現実に起きなくて本当によかった……。

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