1-13 自由人一家
ロゼッタ伯爵と言えば厳格な騎士団長として名が通っている。騎士団に所属しているニコラスからしてみればそんな彼の印象しか無かったのだろう。
おいおいと涙を見せる彼の姿にポカンと口を開けていた。
「……」
「……」
「……?」
「仰りたい事は分かりますが堪えてちょうだいな」
奥のソファでは顔色を青くさせた母と、今にもニコラスに飛び掛かりそうな兄の姿が控えている。
「お茶を出して下さる?」
「承知致しました」
「さあニコラス。座って」
「あ、ああ……」
家族達の騒ぎを無視して使用人に茶を頼むと、ジークリンデは未だに驚きを隠せずにいるニコラスをソファに促した。
「……ロゼッタ伯爵。この度は突然の訪問、誠に申し訳ございません」
一先ず彼はそう言ってジークリンデの家族達に頭を下げた。
「久しいなニコラス」
「お…………お久しぶりで御座います」
先程まで娘の前でべそべそと泣いていた男は何処に消えたのか。ニコラスの挨拶にエルマーの表情が伯爵家当主の顔に変わる。その変化についていけてないニコラスから「どういう事なのだ」と言う疑念のプレッシャーが向けられているような気がしないでも無い。
「お父様、お母様。それからお兄様。先の舞踏会での一件は既にお耳に入っている事と思います」
使用人に出された紅茶をひと口飲んでから、ジークリンデは落ち着いた声音でそう切り出した。
「その事について改めて私の口から説明を。エドワード・エヴァン王太子から、直々に婚約を破棄されました。理由は先日王子と顔を合わせた際に私が魔物を助けたから……と言うのはあくまできっかけに過ぎません」
ああ、だからエドワード様に早く謝りに行かなくては。
そう顔を青くさせ口を挟もうとした母サリヴァンは、最後のひと言で口を噤んだ。
「恐らくあの方には既に意中の相手がいらしたのでしょう。そこで邪魔になった私との婚約を破棄したい。そう言った申し出でございました」
まあ、直接それを言われた訳では無い為、殆ど状況証拠しか無いのだが、両親達に一方的に話を聞かせたエドワードの手前これくらいならば許されるだろう。
「あのクソガキ……王族とは言え容赦せんぞ!」
突然立ち上がりながら怒号を飛ばすサディアスの声に驚いたのか、隣のニコラスの肩がビクリと震えた。
「お兄様、落ち着いて下さい。正直申して私自身、彼に対して深い感情は抱いておりませんでした。婚約破棄がお望みならば『はいどうぞ』と譲ってしまってなんの問題もございません」
「そういう問題か! ウチの妹をコケにした罪を命をもって償わせるべきだ!」
「そんな事で王子を断罪してどうするんですか。それに、その時彼に助けて貰ったので。私自身言いたい事も言えましたし、彼に関してはもう放っておいて構いません」
妹からの説得に、サディアスは渋々腰を下ろす。
最もジークリンデの一声で剣を収めただけであり、エドワードへの怒りは収まらないらしい。ブツブツと「アイツ次修練所であった時にはどうしてやろうか」と物騒な言葉が聞こえてきた気もするが、ジークリンデはそれらに気が付かないフリをした。
「ですが子の婚約は王家との契約に近しい意味を持ちます。お父様達にはその事でご迷惑をお掛けしてしまうやもしれません」
「気にしなくて良いんだよジークちゃん。現国王とはアイツが王太子だった時代にすったもんだした仲だ。ぶっちゃけジークちゃんとエドワード王子の結婚も酒の席で決まった事だから」
「え、そんな仲の良い親同士が『将来ウチの子達が結婚とかになったらどうしよう〜』みたいなノリで決まってたんですか私の結婚」
衝撃的なエルマーの言葉に流石のジークリンデも言葉を失った。
エルマー曰くロゼッタ家はそもそも騎士団の重鎮であり、魔法士としての腕も高い者が多い。その為わざわざ王家の人間と子を結婚させコネクションを結ぶ必要等無い程の家のとしての力と地位を築いている。
だからこそジークリンデがあんな惨めったらしいやり方で婚約を破棄されようとも、それ自体は誰も問題視していなかった。
エドワードに頭を下げるよう言っていたサリヴァンも、あくまで娘がエドワードに対して少なからず好意を抱いているのではと考えていたから。要するにあの言葉は全て『喧嘩したなら早く謝りなさい』と同義だったのだ。
「……ちなみに国王との間にあったすったもんだとは何なのかお聞きしても?」
「そりゃあ勿論、サリヴァンとどっちが結婚するのか揉めに揉めて」
「……」
『情熱的に二人の男に求められるなんてなかなか無い経験だったわ』と、頬を赤らめるサリヴァン。
(お母様、一歩間違ってたら国母になられてたのね……まあ、今でもお若く美しいですしね……)
ヒューっと心の中の荒野に風が吹き、枯葉が一枚カサカサと音を立てながら飛んでいくような気がした。
ジークリンデの淑やかな微笑みが崩れる事は無い。無いのだが。
「ニコラス、帰りましょうか」
「いや、待て。まだ一番大切な話をしてないだろう」
「だってもう、ねぇ……」
付き合ってられるか。
ニッコリと聖母のような笑みを浮かべて呆れ返るジークリンデ。その頬には『アホらしい』の五文字が描かれているように見えてならなかった。
だがそんな何とかニコラスがその場に押し留める。ここへは結婚の許しを貰う為に来ているのだ。本題に触れずに帰る訳にはいくまい。
「だから今日は気が乗らなかったのよね……」
「君は家族との仲は悪いのか?」
溜息を零すジークリンデ。すると疲労の色を見せた彼女に気を使ってか、三人に聞こえぬようこっそりとニコラスから耳打ちをされる。
「いえ、そんな事はないわ。ご覧のように悪くは無いのですし私自身家族の事は愛しております。ただ……親バカ過保護シスコンの三拍子が揃っていると会話が進まなくて面倒くさいだけよ」
「そ、そうか……。私はその、少々イメージしていたロゼッタ家の御家族とは異なり驚いている」
「うちは割と徹底して実力主義なので、やる事やっていればあとは基本、何をしていても許されると言うか。そう言う家訓があるんです。だからこそ全員が好き勝手生きていて……外から見るとお堅い貴族としての印象を持たれる事が多いみたいだけれど蓋を開けるとこんなものよ」
やる事をやっていればとジークリンデは語るけれど、ロゼッタ家で求められる及第点の高さは如何程の事だろうか。
それをこなした上で自由な振る舞いをする事が出来るロゼッタの家人達の優秀さに、ニコラスは言葉を失った。
ジークリンデが名門貴族の令嬢でありながら、魔物に傾倒しながらもこの歳まで生きてこられたのもこの家の、ある意味で自由な家風のせいなのだろう。そしてそれをこなせるだけの才能がきっとこの家族全員に備わっているのだ。
わたくしの性癖【人外フェチ】に何か問題ありまして? 日家野二季 @nikeno
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