世界にムーブメントを起こすAI音楽家「MOON」。「彼女」は新曲を発表した直後、謎の失踪を遂げる。主人公の探偵はその捜索を請け負う――。
読了後まず思ったのは、なんて今日的な題材なんだろうということでした。AIを巡る話題や論議が世間を騒がす昨今。その只中で生きる私たちにはこの物語の冒頭は、すぐそこにある未来だと感じ取れるでしょう。そのリアリティにやられます。
そしてちょっと懐かしいハードボイルド風味のストーリーを追っていけば、これはAIのものがたりであると同時に、人間のものがたりであると気付かされます。人間は、なにを持って人間たり得るのか。そのひとつの答えをきちんと示しているところも目から鱗でした。そして、それは、では逆になにをAIに持ち込めば人間たり得るのか、という誰もが感じている問いへも大きく踏み込んでいくところも素晴らしい。
この文字数で、これだけ現代社会を俯瞰し、ついで空想の世界に思いを馳せられる技量に唸りました。そして私たちがAIを問う日常は、自らを、つまり「人間」を問うているのだと強く感じることが出来るのです。
SFハードボイルドシリーズ<8823>シリーズ第2弾!全4話完結済みの短編です。
バーチャルクライム専門の探偵8823(ハヤブサ)の今回の仕事は、人気の絶頂で失踪したAI音楽家「MOON」の捜索です。
人に酷使され、AI同士ですら傷つけ合う。そんな人工知能たちの苦しみや葛藤を歌うMOONは、実在するエピソードまつわるメッセージ色の強い楽曲を発表して人気を博し、AIにも情動があると証明したと評判を呼びますが、ある日を境に失踪し、その謎を追うが8823というのがこの物語のイントロ。
数多のSF作品において語られてきた「人工知能に心はあるのか」「心と思っているそれは単なるプログラムではないのか」「ならばヒトが持つ心とはなんであるのか」SFファンならずとも馴染みの深いスタンダードなこのテーマ群は、最近巷を賑わせるAIの進歩によって、再び考えるに値する問題になっています。
そこに作者独特の発想で挑み、ユニークな語り口とハードな世界設定が物語を盛り上げるこの短編は、まさにいま、読むべき書として公開されたのです。
そして今作でまずオススメしたいのは、何と言ってもこの事件の真相です。個人的にあれこれと予想しながら読み進めましたが、まさかという結末には「そうきたか!」と唸らされました。本当によくこういう話を思いつくものだと思います。
難しいことは何もありません。小難しい哲学用語も無ければ、難解なSF用語がズラリと並ぶような、敷居の高い小説ではありません。普通に読めば普通に分かる、それがこの作品の素晴らしい部分のひとつです。
そして、読んでいてついニヤリとさせられる言葉選びの愉しさも特筆すべきポイントです。ネタバレにならない程度に引用すると……
「わざとらしい鳴き声をあげるカモメ以外、情報提供者は見当たらない。あいにく私は鳥言語を解さない。あいにく。」
「何重にも聞き覚えのある、流行のメロディーだ。コンバット・レーションのような味わいがした」
「妖精を探すのは子供の特権だ。探偵じゃない」
……などなど、読んでいて「かっけぇー」となったり「何それ」と思わせられる、ユニーク表現や比喩、言い回しやジョークがそこかしこに散りばめられています。
全4話12000文字、読むのに時間は掛かりません。その短い小説の中に楽しめる要素がいっぱいです。
是非、ご一読下さい。