第4話 冷
「ほら、上がっていいぞ」
そう言って二階堂は片手で玄関のドアを開けた。デニムに白シャツを着ており、上に着ていたのだろう黒のジャケットはドアを抑える手で雑に持っている。ややアッシュの入った金髪をオールバックに流し、首元にはネックレスをかけている。
「お、おじゃましまぁす」
そう口にしながらも遠慮がちに背中を丸めて部屋に入ったのは奏美だ。手には四角く黒いギターケースと紙袋を持ち、白いスキニーパンツに黒のプリントシャツを着て、白のスニーカーを履いている。やや長く伸びた黒髪はローポニーにまとめられ、首筋は少し汗ばんでいる。差し込む強い日差しから逃げるように日陰に入り、後ろでガチャリと施錠された音を聞いた奏美は、早く上がってくれよという声でぎこちなく靴を脱いで靴下をはいた足をフローリングに下した。
玄関から左手の角にキッチンが見え、奥の部屋にはテレビとローテーブルが見えた。背中を押されて中に押し込まれた奏美は、キッチンの隣にあるベッドとテレビの前に敷かれたラグを見やり、おずおずとテレビの前にギターケースを下ろして座った。
「一人暮らしだったんだ」
玄関でサンダルを脱ぎ、ジャケットをハンガーにかける二階堂を見ながら、奏美は静かにつぶやいた。それに対して、片眉を下げながらあーと言った二階堂は、一瞬止まった動作を終えてから冷蔵庫のドアを開けた。
「公認会計士の叔父さんが近くに住んでて、定期的に見に来てもらうってことで許してもらえたんだ」
取り出したジュースを2つのコップにとっとっとと注ぎ、奏美の前に1つ置くと、自分の持っているコップに口をつけ、半分ほど一気に飲むとふぅっと息を吐きだした。
「どうした、麦茶がよかったか?」
ぼんやりと前に置かれて薄く汗をかいているグラスを見つめていた奏美は、かけられた声に慌てたように返事をしてグラスを手に取って口をつけた。そして、おずおずと部屋を見回した。片付いたキッチンにある研がれた包丁、ベッドの上にある畳まれた毛布、真新しいセミアコースティックギター、埃の落ちていない床を見た奏美は、ふふっと声を上げて笑みを浮かべた。どうしたと聞く二階堂に、いやと前置きをして口を開く。
「なんか意外でさ」
何がだと笑う二階堂に、奏美は一瞬眉を下げた後で、片付けができるのがと言い、二階堂が涼しげな目元を険しく、口元に笑みを浮かべてこの野郎とこぼすのに口元を緩めてへへっと笑う。
「しかし、どうしてくれるんだ」
立ち上がってギタースタンドのセミアコースティックを手に取った二階堂は、ベッドに座ってCm7を鳴らした。暖かく太い音が部屋に静かに鳴ったが、奏美は要らない音がなってると言って立ち上がり、二階堂の左隣に座った。この弦に指を当ててと言いながら実際に二階堂の手を取り、指を少し動かす。自分のではないヘアオイルの匂いと、かすかな汗の匂い、そして暖かく柔らかな指の感触に、二階堂は視線をピックアップに逃してこうか?と弾いてみせた。そうそうと笑みを浮かべる奏美に頬を緩めたが、すぐに眉を寄せて引き締めた。
「そうじゃなくて、なんでアタシと奏美が恋人だって言われてんだ」
えーと言いながら手を顎に当てて眉尻を下げて目を細める奏美は、知らないなぁと横にある肩に頭を載せた。
「まぁ、別にいいじゃん。どうでもさ」
切れ長の目を片方だけ大きく開け、そうかよと鼻を鳴らす二階堂の首筋にタバコの匂いがしなくなったことを感じた奏美は、その白く滑らかな首筋につっと指を這わせた。
ロックとジャズ 回復だんご @danngoyarou
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