いまさら謝っても。

 フラウ――というより、貴族の生き方は、アウルにとって奇妙に思えた。

 少し調べれば分かりそうな事実より、当主代行の名分が優先されるのである。

 誰がどう見ても殺されたグスタフは突然の病死となり、忠臣から内通者に貶められたオーグは後追い自殺になった。誘拐事件など起きず、勇者アウルはただのアウルとお供のエルロとしてフラウに雇われた。


 貴族、あるいは商人、王族――名義はなんでも構わない。権力とはこういうものか、とアウルはウィチカンの煙を見つめながら思う。無論それらはすべて、いずれ市中に流れる噂であって、メーン市の議会へ伝わる話はフラウの書いた物語となる。当人は勝負の結果とやらにご執心で、命に代えてでもアウルに忠誠を尽くすと誓った。


 いい迷惑だった。

 ただ、自由にのんびりと暮らせる金が欲しかっただけだ。

 金は得られた。得られたが、失うものも大きくなった。


 現当主グスタフの死を兄弟に伝えるのにかかる時間。聞いて戻ってくるまでの時間。遺言の類はない。貴族の伝統に則れば家督を継ぐ本命は長男だが次男も黙ってはいないだろう。フラウはフラウで勇者に仕える身ならばと鼻息を荒くし、お家騒動が目に見えていた。


 ――面倒くさい。


 それが嘘偽りのないアウルの本心である。当主代行のお守りを任されたエルロもその点は同意しているとみえ、二人になると言外にどうする気かと尋ねてきた。


「……分かってるよ」


 そうとしか答えられない。アウルはウォーゲームの盤面を見つめて投了した。


「……ちょっとギルドに顔だしてくるわ」

「ん。わかっ――た」


 言いつつ、エルロは手ずからアウルの駒をも動かし、数手をかけて王まで詰めた。

 アウルは活路を求めて逃げ場をなくした。

 好き勝手に生きるなら金が要り、金を得るには権力の後ろ盾が要り、後ろ盾があるからには嫌な仕事も引き受けなくてはならない。


 結局は同じだ。

 ジーと同じだ。

 だったら、あいつと嫌な仕事を分担したほうがいい――。


 今回の一件で、アウル自身もわかったことがある。

 悪党も、悪党を見て見ぬふりして過ごす奴も、ついでに悪党を悪党と糾弾することで利用しようとする自分のような人間も、どいつもこいつも、おんなじだ。


 ――俺とジーは、おんなじだった。


「おい、フラウ。とりあえずあの土地の借用料と当座の活動費を払ってくれよ」


 それで充分だった。フラウは言い値どおりに金貨の詰まった革袋を出した。フォルジェリ家の資産は莫大だ。パーティからくすねた金など彼女の小遣いでしかない。まったくうんざりする話だが、時間はかかってしまったが、出資者と権力、人脈を得たと思えば悪くない。ジーのパーティに復帰しよう。

 そう思い、アウルは冒険者ギルドの受付に片肘をついた。


「やぁ久しぶり――でもないかな? えーと、とりあえずジーの――」

「――もちろんです。お待ちください」


 みなまで言う必要はなかった。受付嬢が意味ありげに片目を閉じて奥に引っ込む。いくら仲間に戻してもらいたくても、まずやらかしたことの精算をしなくては。


 土地は役人に返して礼金を受け取り、フラウの報酬を乗せて送金する。くわえてギルドの連絡システムを利用し、復帰の手紙をジーに届ける――。

 カウンターに戻ってきた受付嬢はウキウキした様子で厚い台帳を開いた。


「今回は報告が入ってましたよ」


 アウルは金貨の入った革袋から手を離し、受付嬢の声に耳を澄ました。


「メンバー募集は締め切られました。銀鉱山の攻略再開が報告されていますね。魔物による制圧以前の地図を参考に、現状でおよそ八割の攻略に成功したそうです」

「……マジかよ」


 アウルは思わず呟いた。募集が締め切られたからには仲間が見つかったのだろう。そして攻略が再開し急激に進展している。しかも現時点で報告されている分と、オランからメーン市までにかかる連絡遅延を加味すると、すでに攻略は終わっている可能性すらある。

 不思議と渇きを覚えたような気がし、アウルは喉を鳴らした。


「……他には何か?」


 尋ねると、受付嬢はわざとらしく周囲を警戒し、アウルの耳元に口元を寄せた。


「アウル様に宛ててお手紙がついています」


 俺宛に? とアウルは思わず受付嬢の顔を見て、また耳を向けた。

 秘匿任務を受けているから内密に――受付嬢にはそう伝えておいたからだろう。彼女の躰の芯に籠もる興奮が熱として囁きに乗っていた。


「健闘を祈る――だそうです……!」


 瞬間、アウルは目眩を覚えた。世界が歪み、回る。家を出る前に吸っていたウィチカンの葉巻や、しこたま飲んだ高級ワインや、ウォーゲームでエルロに完封されたせいではない。


 絶望――もしくは後悔。

 後の祭りの高揚感。実はあれが人生で最高の宴だったと知って、今になって興奮し、また終わってしまっていたことに奇妙な爽快感がある。心臓を激しく脈打たせ、我知らず呼吸を浅くして、アウルは半笑いで受付嬢に向き直る。


「捨てたつもりが、捨てられたわ」

「……はい?」


 と首を傾げる受付嬢。ハッハと笑って、アウルはカウンターに金貨の入った革袋を置き、ジーと別れてから初めて手紙を頼んだ。


『祈られてやる』


 それがやせ我慢なのか、嫌がらせなのか、アウルにもわからない。

 しかし、考えてみれば当たり前の話だ。勇者の使命に忠実だったジーが数ヶ月も待っただけでも誇らしい。俺にそんな価値があったとは――。


 屋敷に戻るアウルは頬を緩めていた。しょうもない狩人の倅が盗賊に堕ち、勇者に拾われ旅をして、また別れ、今日まで勇者が待っていたとは。


 だがしかし、一つだけ――。

 一つだけ、アウル自身も驚いていた。

 自ら望んで捨てられてやったはずなのに、要らないと評されるのは釈然としない。


「俺は使えないって?」


 アウルはジーにも繋がる鉛色の空に尋ねた。答えはない。

 尋ねるならば、やるべきことは一つだ。

 フォルジェリ家の力で好き勝手にやろう。悪行の限りを尽くそう。そのときお前は、友として戻ってこいと言うのか、勇者として殺しに来るのか――。


「いまさら謝っても、か」


 アウルは一切を闇に堕とす目をして、フォルジェリ邸に戻った。

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たんたんと悪行ほのぼのとグロテスク λμ @ramdomyu

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