終戦直後の日本を巡る珍道中

 衛生兵のくせに医者のふりをしている図太い帰還兵と、看護婦の資格を持って戦前から来日していた修道女がともに、終戦直後の日本を旅する物語。
 偽医者の名は湯田。
 修道女の名はマルグリット。
 著者の「三人の仔」の主要人物と、この名が被るのだ。
 何か関連があるのかと想い、何度か両作品を往復したのだが、それぞれが独立した作品だと想って読んだほうが適当なようだ。

 外科手術まで見様見真似でやってしまう湯田と、この人は本当は医者ではないのではないか? と訝りつつも、戦地帰りの湯田よりも想い切りのいいところのあるマルグリット。修道女の方が湯田よりも少し年上だ。
 彼らは、福島で出逢い、そこから西へと汽車に乗り、その日その日を場当たり的にしのぎながら下ってゆく。

 焼野原は焼けたまま、傷ついた人は傷ついたままの姿で、彼らの前を通り過ぎる。
 湯田という奇妙な男は、医者のふりをして好待遇を受けていた村から美人と共に姿をくらましながらも、ある面では人助けの為に骨身を惜しまず奔走する。敗戦国の中で生きる彼には、彼なりの日本男児の筋の通し方と、占領国に対する意地があったとみえる。

 彼の名は残らない。
 マルグリットの名も残らない。
 しかし日本中がどん底にあった当時も今も、何処かには湯田やマルグリットが存在しており、人知れず、人々のために尽くしていることをわたしは疑わない。その奉仕は、何のために人間は生きているのかと彼らが彼ら自身に問いかけるためのよすがだからだ。
「酒の相手が欲しい」
 湯田にそう云われて、しぶしぶマルグリットが相伴した福島での一夜。それから長い付き合いとなる二人の間にはその夜のことが、いつまでも懐かしいものとして記憶されていたことだろう。

 他国に屈した国は忘れ去られるが、屈しなかった国は尊厳をもって記憶される。
 そんな記述が、印象的だ。