ビッグデータから始まる一方的な恋愛

ちびまるフォイ

気持ちの入っていない恋愛

近所の古いレコード屋がつぶれて、新しい店ができた。


「いらっしゃいませ。アカシックレコードへようこそ」


「あ、またレコード屋さんなんですね」


「まぎらわしくてすみません。うちはビッグデータ屋さんですよ」


「はい?」


店を見てもレコードは1枚もないが、

その代わりにバーコードと値札だけが大量に置かれている。


「うちの店では"情報"を売っているんです。

 どうですか? 買っていきませんか?」


「どんな人の情報も……?」


「もちろんです。お店の端末で名前を入力してください。

 芸能人から近所の人まで、きっとお探しの人の情報が見つかりますよ」


店の検索端末で片思いしている女の子の名前を入れる。

画面にはいくつもの情報のリストが出てきた。


「す、すごい……! 趣味今ハマってることまで売ってるんだ」


「情報と野菜は鮮度が一番ですから。買いますか?」


「こ、この情報をください!」


「ありがとうございます。またのご来店をお待ちしてます」


バーコードを渡され、スマホで読み込むと彼女の情報が手に入った。


「今はこのドラマにハマってるんだ……。僕も見てみようかな」


好きな子が今ハマっているドラマの情報を知るなんて、

近しい人でなければわからない。


まして、同じクラスというだけしか共通点のない陰キャな僕にはとても知り得ない情報。


それでも好きな人の一端を知れるのは嬉しかった。


翌日、学校では好きな子の周りにはいつもの女子で囲われていた。


「昨日の"好き恋"みた? 最高だったよね」

「そうそう! ラストのバックハグが~~ーー」


ちょうどドラマの話をしていた。

好きな子がハマっていると知り、僕も見た。


(今なら話に入るチャンスかもしれない!)


思わず立ち上がって声をかけようとした体だったが、

今度は自分の脳がそれをいさめてしまった。


(待て待て。僕みたいな人間が急に話しかけたらどうなる)


(ドラマの話よりも「え、誰?」ってなるに決まってる)


(いきなり話しかけたやばい奴と思われたら避けられる)


脳手動の急激なブレーキで話しかけられずに終わった。

そうこうしているうちに話題はドラマから今日の体育へとチェンジし、話すきっかけを失った。


僕は学校の帰りにまたあの店を訪れた。


「いらっしゃい。またデータを探してるんで?」


「はい。これと、これ。それとこれをください」


「今日はずいぶん買い込みますね」


「情報がどれだけ大事かって実感したんです。

 情報はチャンスをくれる。

 昨日もし情報を買ってなかったらチャンスにすら気づけなかった」


「よくわかりませんが……。で、そのチャンスは活かせたんですか?」


「い、いえ。チャンスを活かすには情報が足りなかったんです」


「まあいいです。お得意様にはお安くしますよ」


今度は最初よりもたくさんの情報を得た。


好きな子が今気にしてること、苦手な科目、好きな科目。

好きな食べ物に、ちょっとしたクセまで情報を得た。


その中で自分と共通点があるものは抽出してメモしておく。


「これがきっと彼女との距離を詰めるチャンスになるんだ……!」


翌日、学校に行くと1時間目から彼女の嫌いな科目が待っていた。

とくに興味のない古文というジャンル。


好きな子は机につっぷし、友達に愚痴っていた。


「はあ……一時間目から古文……だるいよぉ。

 なんで昔の人が書いたものを、今さら読まなくちゃいけないの?」


ここだ、と思った。

昨日メモを取りながら話かける練習もしていた。


言え。

言うんだ。


昨日練習したじゃないか。


"ほんとそうだよね。僕も古文が苦手"


スマートに声をかけるんだ。


言え。


ほら!



はやく!!




結局、僕は横目で好きな子を眺めながら黙ることしかできなかった。


はたしてシミュレーションした自分の第一声に間違いはないのか。

もし、彼女が好ましく思っていないスタンスのセリフだったら。


出会いは常に第一印象勝負。

ルックスが良くない僕が話しかけ方でミスったら致命的。


それにはもっと、彼女のことを知る必要がある。


データがいる。


僕はまた店を訪れる。



「いらっしゃ……また買うのかい?」


「この子のデータをすべてください!

 店にあるすべてのデータです!」


「それは嬉しいけど、これじゃ足りないよ」


「じゃあ、僕のビッグデータを買い取ってください!」


僕は店主にプライベートのことからトラウマまで全部の情報を明け渡した。

それにより彼女のデータのすべてを手に入れた。


それでもまだ足りない。

情報は常に新しいものが舞い込んでくる。


これからも彼女のデータを集め続けて、彼女を知らなければならない。

彼女を誰よりも深く知ってこそ距離を詰められるのだから。


「僕が誰よりも彼女の理解者なんだ!」


データを毎日目を通して彼女を知る日々が過ぎていった。

どれだけ詳しくなって、一方的に距離を詰めた気になっていても。


いまだに現実では一度も声をかわしたことがないのは皮肉だった。


そんなある日のこと。

学校でクラスの女子がきゃいきゃいと騒いでいる。


「今、呼び出されたよね?」

「え~~やっぱり告白かなぁ」

「見に行く? 見に行く?」


「え゛」


好きな子が別の男子に呼び出されたという。

居ても立っても居られなかった。


トイレにいくふりをして近くを通りかかると、

明らかに告白スタイルの二人が並んで立っていた。


「俺とつきあってください!!」


「は、はい……///」


やりとりを見てしまった僕はひざから崩れ落ちそうだった。


彼女が恋愛ドラマが好きで、

今年に彼氏を作りたい願望があったこと。


ビッグデータを集めている僕は前から知っていた。


だから今年がチャンスだと彼女を勉強していたのに。

こんなどこから来たかわからない人に横からかすめ取られるなんて。


でも……。


(彼女が望んで交際を決めたんだから、僕が言うことはない……)


自分を納得させて、その日1日を過ごした。

学校帰りにいつも店に寄ってしまうのはもう習性に近かった。


「いらっしゃい。今日はあの子の新作情報ないよ?」


「もういいんです。その代わり××君の情報ってありますか」


「もちろん」

「ありったけください」


彼女と付き合う事になった××君。

いったいどんな人なんだろうと僕は興味があった。


すっかりリアルでの距離感を詰める前に、

データを集めて自分の中で相手を知った気になる。


そんな流れが自分の中で出来上がってしまっていた。


家で××君のデータを見る。


「え……この人、こんな感じだったんだ」


告白の現場だけを見た僕からすれば

陽キャの筆頭みたいな絵に書いたイケメンに見えたが、

データを見れば前の学校までは僕と同じ陰キャ勢だったらしい。


漫画やゲームが好きで、ロボットには目がない。

そんな部分も僕とそっくりだった。


女子に声をかけることもできないほどで、

よく体育でペアを作るときには先生と組まされていたそう。


「まるで僕じゃないか……」


90%が僕と同じようなデータを持っているのに、

かたや好きな子をものにし、かたやデータを漁るしかできない。


この差を実感して落ち込んでしまった。


もし、最初のドラマの話をしているときに僕が入っていれば。


ほとんど構成要素が同じなんだから、

僕でもきっと彼女と近くにいられたのかもしれない。


「はあ……最後にものを言うのは勇気なのか……ん?」


××君の最新のデータを見始めたときだった。


前の学校でのつつましい生活から一点。

大幅なイメチェンで陽キャとなった彼の汚れた関係の数々がデータに残っていた。


「こんな……こんなゲスだったなんて……」


急にモテだしたことで天狗になった彼は、

僕の好きな子に限らず沢山の人と交際をしていた。


しかも散々お金を使わせた最後には捨てるという最悪なオチまでついている。


ビッグデータを読み解くと、彼にとって僕の好きな子は第3希望の人らしい。

いつでも替えがきく存在らしい。


僕は怒りよりも、彼女のほうが心配だった。


僕は誰よりも彼女のことを知っている。

恋に恋する乙女であることも。

友達のちょっとした言動でも傷ついてしまう繊細さも。


彼女がこの先で待つバッドエンドを迎えると、

まちがいなく心を壊してしまう。


それはビッグデータを集めている僕だけが知っている。


「ぼ、僕が助けるしかない……」


今までは勇気が出なくて、

情報が足りないとかなんだと言い訳して行動に起こさなかった。


でも今はちがう。

好きな子を助けるために僕は立ち上がるんだ。



翌日、彼女と××君は楽しげに並んで登校してきた。


僕はそのふたりの前に立ちふさがった。


「ま、〇〇さん! そ、その××君とは別れたほうがいい!」


「え……?」

「なんだよ急に。つーかお前誰だよ」


「誰だっていいだろう!? 僕は知ってるぞ、××君が10人と付き合ってるってことも!」


「んなっ……。な、なわけないだろう!?」


「証拠だってある! でも君がどんな恋愛をしても構わない。

 でも〇〇さん。あなたはこの人と離れるべきだ!」


僕は使命感と正義感を背に、きびきびとした言葉で告げた。


「僕は君が優しくて思いやりがあって繊細な子だってわかってる。

 だからこそ、この人とは別れることで、今後傷つかずに……」


「勝手なこといわないで!!」


「へ……?」


彼女からの反論は予想外だった。

僕のシミュレーションでは同意してくれる前提だった。


「いきなり来て何いってんの!?

 あなたに彼の何がわかるのよ!!」


「ぼ、僕は××君のデータをちゃんと読んだんだ!」


「そんなの今の彼じゃない! データなんて昔の情報よ!

 私は今の彼を好きになって付き合ってるの!」


「その今の状態のデータも見たうえで君に警告してるんだよ!」


「会って話したこともないくせに、分かった風なこと言わないで!」


「話してわかることなんて限られてるじゃないか!」


平行線をたどったところで、××君がぽんと僕の肩に手をおいた。


「まあ、わかるよ。君は彼女を取られて悔しかったんだろう?」


「え……?」


「俺を悪く言ってもそれは構わない。

 でもさ、彼女が決めたことを君が否定するのはちがくないか?」


「僕はそんなつもりじゃ……!」


「俺は彼女を好きだし、彼女も俺を好きでいてくれる。

 今はそれでいいじゃないか? な?」


「な、なんだよそれ……。まるで僕が悪役みたいじゃないか……」


「もう私達のことはほっといて!」


「ってことだ。それじゃな」


二人は僕という共通の敵をあしらったことで絆を深めてしまった。

いたたまれなくなり、その日は学校へ行かなかった。


あの店にも行かず部屋に閉じこもった。


きっと今データを買えば、彼氏との浮かれたデータばかり出てくるだろう。

その中には僕というキモオタが敵として登場するに決まってる。


そんな情報を集めて自分で見るなんて辛すぎた。


「僕はどこで間違えたんだろう……。どうすればよかったんだ……」


机には乱雑に置かれたバーコードの数々。


昔、宝物のように集めていた河原の石が

年をとってからそれがゴミにしか見えなくなる。


あんなにお金を出して集めた情報バーコードも

いまでは河原の石と同じように見えてしまった。


そしてふと思った。


そのひらめきはまるで新しい遊びを思いつくように軽い気持ちだった。


「このバーコードって、自分で作れないものかな」


僕は彼女のバーコードや××君のバーコードを分解し、

並び替えて情報がスマホで読み込めるかを何度もテストした。


僕には時間があった。

もう情報を必死に覚える必要がなくなったから。


そして、僕は理想の形にバーコードを構築し、それをスマホで読み取った。





翌日。


学校に登校すると、××君が息を切らせてやってきた。


「はぁ……はぁ……お、お前! ちょっと待て!」


「ん? なに?」


僕は足を止めた。

僕の隣に立つ彼女も「またぁ?」と呆れた顔だった。


「てめぇ、いったいなにしやがった!

 どうして俺の彼女の横に立ってるんだよ!!」


その言葉に反論したのは彼女だった。


「そっちこそ何言ってるのよ!

 私はあなたとなんて話したこともないじゃない!」


「俺の顔を忘れたのか!?」


「忘れるわけないでしょ!

 昨日、別れろって散々言ってきた迷惑な人じゃない!」


「ちがっ……それは俺じゃない!」


「はあ? 何言って……」


僕はスマートに彼女の頭にぽんと手をおいた。

彼女が頭ぽんぽんされるのに憧れているのをデータから知っている。

僕は誰よりも彼女の理想の彼氏を演じられる。


「まあまあ。きっと昨日の一件が納得できなかったんだよ」


「そんなわけないだろ! 話をそらすんじゃねぇ!」


「君の脳内では彼女と付き合ったつもりかもしれないけど、

 今、現実として彼女と付き合っているのは僕だ」


「それは……お前がなにかしたんだろう!」


僕は優しい顔をして、彼の肩にぽんと手をおいた。



「僕は彼女を好きだし、彼女も僕を好きでいてくれる。

 それ以外に何が必要なんだい?」



僕は彼女の手を握り「行こっか」と笑いかけた。

××君はその後も遠くからなんかごちゃごちゃ言ってたが耳に入らなかった。


「あの人、昨日から絡んできてなんなのよ」


「気にしなくていいよ。現実逃避のひとつさ。

 自分の理想が現実に反映されていないと文句を言うんだよ」


僕は幸せだった。


情報バーコードを改ざんすることで、

現実の情報すら逆に反映されることを知ったからだ。



「さあ、今日はなにをしようか」



僕は彼女に笑いかけた。

次はどんな既成情報を作ろうかで胸がいっぱいだ。

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