第138話 「男はやっぱり若い娘がいいのか!?」新九郎は冷たい視線を浴びた
「くく……くくくく…………」
顔を伏せた皇女から響く、含み笑いの声。
ミュンスター女官長が訝し気な顔付になった。
「姫様? どうなさったのです?
「くくくく……。何を言うとるのじゃ? 妾は諦めた。諦めて船で帰ってやるのじゃ。帰ってやるとも!」
「諦めた方の態度とも思えませんが?」
「そんなことはないのじゃがのう? 諦めのあまり、逆に笑いが漏れてしまったのじゃ!」
「得心できぬお話です」
「世の中思いもせぬことが起こるものじゃ! そういうもんじゃと思えばよい! おいっ! サイトーよ! えらい世話になったのじゃ! 妾は帝都へ帰る!」
「左様で……。いつ頃出立なされまするか?」
「そうじゃのう……。うむ! 良いことを思い付いた!」
嬉々として笑顔を浮かべる皇女。
良いことなわけがあるまいが、黙って聞いておく。
「ほれ! 先日、『ウワナリウチ』とやらでミドリと揉めておった時に言うとったではないか? 近いうちに冒険者と試合するのであろう? 三日後じゃったか? 四日後じゃったか?」
「四日後にござりますな」
「せっかくじゃからそれを見物してから帰るとするのじゃ! 四日もあれば船の準備も整うであろう!」
皇女が辺境伯領に居続ければ、
これくらいのこと、織り込み済みよ。
慌てることも、騒ぐこともない。
だがしかし、どうにも皇女の態度が引っ掛かって仕方がない。
あれほど帰らぬと言い張っておったのに、何故今になって変心したのか?
死合に口出しするつもりであろうかと思うたが、左様な真似をする気配は感じられぬ。
他に思い当たることと申せば…………もしやミュンスター女官長、か?
船を借り上げるために皇女の銭を使ったという話であったが、何らかの意趣返しでも思い付いたのであろうか?
そして己の思い付きを名案と思うあまりに、笑いが止まらぬのか?
う――――む……分からん!
深読みし過ぎであろうか?
さすがの皇女も臣下に意趣返しなど――――。
「試合が終われば妾は帰る! ヘレンは置いていくんでのう? よろしく頼むのじゃ!」
「――――はあ?」
「――――はい?」
俺とミュンスター女官長が思わずおかしな声を出してしまったのは、ほとんど同時であった。
皇女は広げた扇で口元を隠しつつ、「おほほほ!」と笑い声を上げる。
「何を驚く? 妾はヘレンをサイトーの妻に推したのじゃぞ? ヘレンがこの地に残るのは道理ではないか?」
ミナが「えっ……!」と驚きの声を上げるが、御側付きらの悲鳴のような「ええええええええええええ――――!」という叫び声にあっさりとかき消されてしまった。
「姫様何考えてるんですか!? ヘレンさんがいなくなったら誰が姫様をお止めするんです!?」
「皇女宮の差配をする人がいなくなりますよ!? それでもいいんですか!?」
「ドロテア、ハイディ、ちょっと待って。もしかして、それが姫様の狙いなんじゃない?」
「え……? ど、どういことですか!?」
「だから、女官長がいなくなったら姫様の暴走は止まらないのよ? 海路で帝都へ帰るっていう話だって……!」
「……あっ! そうか!」
「やられた! 陸路で帰るつもりだわ!」
「女官長! 絶対に受けたらダメですよ!?」
「イルメラさんの言う通りです! これを断わったら再婚の機会は永遠に来ないかもしれませんけど――――」
「――――ヘスラッハ卿? 永遠に来ない、とはどういう意味です? 再婚が難しいことなのはわたくしも分かっていますが、永遠とはどういう意味ですか?」
「えっ……!? いや……その……。言葉の綾と申しますか何と申しますか――――」
ミュンスター女官長の目がより一層冷たさを増す。
皇女は皆の様子をじっくりと眺めながら「おほほほ!」と楽し気に笑っておる。
「あ――…………皇女殿下、よろしゅうござりますか?」
「んん? 何じゃ?」
「我が母が、手前の妻がどうこうと申したようにござりますが、すべては子を思うあまりに出てしもうた、言うならば
「こりゃこりゃ! 悲しいことを言うでない! コブ付きバツイチの年増女を喜んでもろうてくれる貴族なぞ奇特中の奇特! 願ってもない好機としか言えんのじゃ!」
「ミュンスター女官長は年増などと申す御歳では――――」
その時、背中に恐ろしげな冷気が吹き付けた。
『年増』という言葉が出る度に、ミュンスター女官長から冷たい殺気が立ち上がっておるのだ!
斯様な恐怖を味わうのは、母上が槍を片手に襲い掛かって参った時以来!
ミュンスター女官長、どうかご容赦いただきたい!
俺は皇女をたしなめるつもりで口に出したに過ぎんのだ!
謝罪の意を目線で送るが、ミュンスター女官長は気付いておるであろうに氷の如き視線を解こうとはせぬ。
解かぬどころか、冷たさは一層増していく。
だが、皇女は気付いた様子もなく話を続けておる。
「サイトー家は歴史あるアルテンブルグ辺境伯家に仕え、広大な領地もある。あのように水も森も豊かで、特産物が豊富な土地もなかなかない。おまけに強兵を誇ると言うではないか? 文化や慣習が違っても、そこは慣れれば問題ないのじゃ。ヘレンは見識深き才媛。異世界の生活にもたちまち適応してしまうじゃろう。これにて結婚後の生活は安泰で左団扇! 願ってもない再婚先と言えよう!」
「いえ、生活の心配をしているのではなく――――」
「ん? もしや主……」
「……何でござりましょうか?」
「若い娘の方が好みか?」
「……何ですと?」
「ならば他にも妻を迎えれば良い。ミドリの話を聞く限り、主らの世界は一夫一妻ではないのであろう? それはこちらも同じじゃ。側室なり、
皇女の言葉に、ミナとクリスがえらく白けた目をしていた。
さらには御側付きらが蔑みを含んだ視線を俺に向けている。
ミュンスター女官長の氷の視線まで、俺一人に注がれてしまっておる!
皆の目が、「そうかそうか。男はやっぱり若い方が良いのか」と語っておるのだ!
「待て……。其方らちょっと待てい! ひどい誤解だ……! これは汚名に他ならんぞ!?」
「ほっほっほ! 若様、見苦しゅうござりますぞ?」
丹波!?
こ奴は一番ややこしい時に狙いすましたようにしゃしゃり出てきおって!
「若い娘を好くのは男子の性にござりまするが、年増女には娘が出せぬ味と申すものがありましてな? こちらもなかなか捨てがたい。食わず嫌いは厳に慎むべきと存じまする」
「おおっ! さすがに年寄りは違うのう! タンバはよう分かっておるのじゃ!」
「ほっほっほ。お褒めにあずかり恐悦至極に存じまする」
皇女と丹波が朗らかに笑い合う。
ここに、厄介さでは他の追随を許さぬ最低最悪の組み合わせが誕生してしまった……。
「――――さりながら、此度の一件は性急な話にございます。皇女殿下、如何でござりましょう? ここは結論を急がずどっしり構えられては?」
「ふむ? と言うと?」
「ミュンスター殿には期限を決めてアルテンブルクに御滞在いただきまする。縁組を前提とはせず、あくまで客人と遇するのでござります。その結果、互いに気が合えば縁組。気が合わねば縁組はなかったことに。これならば互いの名を傷付けることもありませぬ」
「ほほう! それは名案じゃ!」
二人で盛り上がる皇女と丹波。
何故であろうか?
ミュンスター女官長は空恐ろしい気配こそ発してはいたが、丹波の案に反対はしなかった。
異世界国盗り物語 ~戦国日本のサムライ達が剣と魔法の世界で無双する~ 和田真尚 @ShiUed
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