ひとりだちの日

壱単位

ひとりだちの日


 最後の一隻が、去ってゆく。


 敵の巨大戦艦。その全長は、月の直径と等しい。


 白銀の未知の素材で構成されたその船は、地上から目視できるまばゆい光を放った直後、次元超越駆動に移行した。もはやどんな高性能のレーダーでも探知することができない。あるいはすでに、この太陽系、場合によっては銀河を離脱しているのかもしれない。


 彼らの科学力は人類のそれをはるかに凌駕していた。


 いや、凌駕していたという言い方も烏滸がましい。人類は、その技術のほんの末端、ごく一部ですら、ほとんど理解することができなかったのだ。


 彼らがはじめて地球を訪れたのは、三年前。その来訪は、唐突であった。


 ある国では早朝に空を覆う無数の白銀の物体を見上げることとなり、ある国では、深夜にまばゆく明滅する巨大戦艦群のひかりが月を隠したのである。


 そうして、攻撃がはじまった。が、それは、散発的なものだった。


 おそらく一撃でこの惑星を粉砕する兵器すら搭載していると予想され、すべての人類が怯えたが、使用されることはなかった。もちろん各国の主要都市が攻撃され、無数の犠牲者がでたが、人類の存亡にかかるような、あるいは生態系なり文化を破壊するような被害はでなかったのである。


 そして同時に、メッセージが与えられた。


 大気を震わす音声で、すべての通信系を乗っ取る形で、あるいは光をもちいて、空に描かれた。


 むろん未知の文字であり表象だったが、解読に成功した。


 でてゆけ。


 このほしから、でてゆけ。


 人類はその脅しに、恐怖した。


 すべての国のすべての政府、軍隊、技術者、企業、あらゆるものが動員された。


 オカルトと思われた、一部の人類の特殊な能力が公式に認められたのもこのときであり、それを契機に、空を飛翔したり、あるいは念じることにより離れた敵を攻撃するといった能力をもつものたちが育成されるようになった。


 各国が秘匿していた技術もすべて開示された。なかには、巨大な戦艦を宙に浮かせるような反重力の研究も含まれており、あるいは高出力のレーザー砲の成果もあった。これらにより、人類は、大気圏内外で運用可能な巨大空中戦艦を得た。


 絶対に及ぶことがないと思われた反撃が、徐々に、わずかに、相手に届くようになった。


 むろん、決して決定打ではない。数えることが難しいほどの敵の戦艦群の、ほんの一部の攻撃能力を削ぐ程度のものである。


 それでも人類は、その反撃に、命運をかけた。


 反撃が成立するたびに、人類ぜんいんが、沸き立った。だれも、あきらめなかった。苦しいたたかいだったが、諦念という単語が、すべての言語から消え失せてしまったように。


 そうして、三年。


 ふいに、敵戦艦たちが、去っていった。


 一隻、また一隻と太陽系から姿を消し、いま最後の一隻が去ったのである。


 人類は、凱歌をあげた。


 勝利したのだ。


 とうとう、地球は、ほんとうの意味での自立を成し遂げた。


 もう国家間の争いなど、二度と起こるはずもない。人種のあいだの差異が問題になることなど、ありえない。


 人類は、ひとつになったのだ。


 ◇


 なあ、あにきぃ。


 あんだよ、うっせえな。


 よかったんですかい、これで。おれたち立ち退き屋ですよ。これじゃ依頼料、かえさなきゃならないじゃないですかあ。


 しょうがねえだろがよ、本気で怪我させちゃだめだってクライアントのご指示なんだ。ひどく抵抗されたらあきらめて帰ってこいって言われてるんだからよ。


 だけどよお、あいつら、キャンペーン期間おわったのにぜんぜん支払いしねえらしいじゃないすか。


 ああ、クライアントもさすがにご立腹だったぜ。四十億年ちょっとくらいは待ってたらしいけど、もう堪忍袋の尾が切れたとよ。


 あっ、じゃあ……。


 ああ、契約解除だ。太陽だって無料じゃねえんだ、パチンって止められるだろ。酸素も窒素もぜんぶひきあげだ。


 ですよねえ。居住可能な惑星のフランチャイズ料、けっこう高いんですから。

 


<完>

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