最終回 水無月るおんの大団円。


 駐車場。


 お店は二階の高さにあり、一階は車を駐めるスペースになっていた。時刻も夕方、照明も少なく、薄暗い。車はほとんど駐まっていない。

 その奥で、あたしたち三人と、男たち二人が向き合っている。


 店内がざわつきはじめたから、あたしはるおんと先輩に、出よう、と言ったのだ。男たちは、自分たちを指さして固まっているるおんを見てにやにやしていたが、おとなしく後ろについて出てきた。


 「……なあ、おい、ねえちゃん。決闘ってなに、俺らと遊んでくれんの?」


 茶髪の男が水無月みなづきるおんの方を見て、いやらしく顔を歪めた。

 胡桃崎くるみざき先輩がるおんを庇うように立っている。あたしはその横だ。


 「お名前は? なにちゃん? なにちてあちょびまちゅかあ?」


 顎を突き出して、にへへと笑う。横にいる長髪の男も調子をあわせた。


 「……そ、そなたら……」


 るおんは両手を握りしめ、ぐっと下に突き出し、足を踏ん張り、潤んだ目を相手に向けている。


 「……せ、拙者はよい……だが……あ、主君あるじを、あざけること、断じて、断じて……」


 先輩の前にぐっと出た。


 「許さぬ!」


 あっはっはあ、と、男たちは大声で嘲笑した。


 「なんだよ、今度は時代劇ごっこかよ。彼氏が魔王で、彼女がさむらいかぁ? くっそ気持ちわりい……」


 男の言葉は途中でとまった。先輩が踏み出したからだ。


 「……容赦はせぬ。五体この地上に残すことあたわぬと覚悟せよ」

 「先輩」


 あたしは潮時とおもって止めに入った。が、先輩が走り出すほうが早かった。拳を振りかぶっている。


 「ぬおおおおっ!」


 男たちは喧嘩慣れをしている。左右に開く。先輩はそのまま突き進んで、転んだ。床の段差に足をとられ、頭から滑り込む。そのまま動かない。あたしは男たちに構わず走り寄って膝に頭を載せた。大事ない、脳震盪だ。


 「おいおい神成かんなりちゃん、なんだよこいつら。お前いま、こんなのとつるんでんのか?」


 男たちはポケットに手をつっこんだまま、身体をゆすって笑っている。

 あたしは立ち上がった。自分のくちの端が歪むのを自覚する。

 が、るおんが向こうで、あたしの顔をじっと見ている。首を振る。


 ……わかった。わかってるよ。じゃあ、お願い。


 目を左右に走らせる。柱の影に、ちりとりと一緒に小さなホウキが立てかけられていた。走ってそれをとり、るおんの方に投げる。

 るおんはホウキを受け取り、くるんと回転させ、構えた。中段、やや切先を下げ、右に寄せる。るおんのもっとも得意とする構えだった。

 切先にはホウキの穂がついているが。


 「……あんだあ?」


 男たちはるおんの方に向き直った。


 るおんの表情が変わっている。

 静謐。

 目を薄くひらき、細く息を送り出している。

 背筋は正中、天から地をつらぬく一筋の柱のように。

 こうなったときのるおんの怖さは、あたしが一番よく知っている。


 長髪の男が笑ったまま、無防備にるおんに歩み寄った。

 穂先に手を触れようとする。

 次の瞬間。


 るおんは、相手の背後にいた。

 神速の剣が、長髪の男の右手と右肩を立て続けに打っていた。

 すでに男の方に向き直り、切先を今度はあげて待っている。


 男はうめいて、膝をついた。右手を押さえている。ふさふさした穂先で打ったのだから、骨に異常はないはずだ。が、るおんの剣は、重い。


 「……てめえ……」


 金髪の男が近寄る。今度は、油断をしていない。男は格闘技をやっていた、はずだ。たしか、そう聞いたことがある。胸の前で拳を構え、脇をしめて、摺り足で少しずつるおんに接近する。


 るおんが動いた。踏み込み、正面から打ち込む。

 男は右手をあげて防ぐ。その腹を、るおんは狙った。

 さらに踏み込む。

 ざん、と音を立てて、穂先が腹をたたく。


 「ぐ」


 男はうめいた。

 が、るおんも固まる。

 ホウキが手元から折れてしまった。振り抜きに耐えられなかったらしい。


 「……いてて。ねえちゃん、強えじゃねえかよ」


 金髪の男は腹をさすりながら、るおんに近寄った。剣がないるおんは、逃げるほかない。振り返って走ろうとするが、その右腕を後ろから掴まれた。


 「俺らにここまでしておいて、はいさようならはねえんじゃねえの?」


 るおんをはがいじめにする。もがく、るおん。


 「俺なあ、てめえらみたいなオタク、でえっ嫌えでな。なんにもできねえくせに、妄想ばっかしてやがって。俺らみてえに現実と戦ってねえんだよ。そこで伸びてるバカも、てめえも、まともじゃねえよ。まとも、じゃ、ねえ」


 るおんは抵抗していたが、金髪の肩ごしに、あたしの顔を見た。

 目を見開く。

 んん、んん、と、首を振る。


 ごめん、無理。


 金髪の男が吹き飛んだ。

 あたしが蹴り上げたからだ。


 すう、と、息を吸い込む。ああ、久しぶりの感覚だ。腹にちからを込める。


 「おんどれらぁ、ようゆうてくれたのぉ。おぉ? かばちたれよったらのぉ、たちまちしごうしちゃるでの。お。誰にものぉ言いよんなら。太田川には蓋ないけんのぉ。おぉ!」


 金髪の男は身体を起こし、あたしを見て、固まった。


 「お、おまえ、もう足、洗ったって……」

 「ほんじゃったらなんでこのワシとりにこんなら。お。神成かんなり一家の金看板、おどれの手でさげさしてみんかい、こら」


 あたしがじゃり、と前に踏み出すと、男はわたわたと地面をかき、立ち上がって走り出した。長髪の男もあとを追う。前回と同じ風景だ。あれは二年前だったかなあ。あいつらのチーム、つぶしたとき。


 るおんが立ち上がり、あたしに近寄ってきた。

 

 「……ごめん。あたしのせいだ。それに、約束、破っちゃった」


 あたしが下を向くと、るおんは、ふわっと抱きしめてきた。


 「……拙者せっしゃ、いつでも美桜みおどのの味方でござるよ」


 ふふ、と笑う。

 あえての武士に、あたしは胸がいっぱいになった。

 ぎゅ、と、抱きしめ返す。


 「……ぬ。あまねく地を覆し戦乱も、はや過ぎたか……」


 先輩が身を起こし、頭を振りながらつぶやいた。

 あたしはちょっと考えて、ことばを投げる。


 「魔王よ。今宵の件、勇者一行たる我、賢者に責があらん。居城を移し、改めての宴を催そうぞ」


 先輩が目をぱちくりさせる。

 あたしとるおんは顔を見合わせ、へへっ、と笑った。



 <完>

 

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水無月るおんの大失態。 壱単位 @ichitan

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