第6話 水無月るおんの大激怒。


 「で? どこのお店か決めてるの?」


 校門を三人で出る。

 あたしは前をひとりで歩いている。

 後ろにいるはずの水無月みなづきるおんに話しかけたのだが、返事がない。

 振り向く。

 胡桃崎くるみざき先輩もるおんも、互いの顔をみようとして、目があいそうになるとぽっと火がついたように頬を染めて横を見るみたいなことを繰り返してた。


 「おい! そこの! 店! 決まってるのかって聞いてんの!」

 「あっ、ひゃい、ち、茶屋はいまだ評議ひょうぎにかけてはござらぬ」


 るおんがぴょんと飛び上がりながら返事をした。


 「茶屋じゃないよちょっとこっちに戻ってきてよ。お店、決まってないの? あたし決めちゃっていいの?」

 「は、はい、頼み参らせ……お願いします……」

 「賢者よ……あがないは我が至宝より行うゆえ、案ずることはない」


 胡桃崎先輩もちいさな声を出す。たぶん、おごるよ、って言ってるんだろう。

 あたしはちょっとため息をついて考えた。


 「……うーん、静かなカフェとかだとちょっとあんたたち、目立っちゃいそうだし、ファストフードだと学校の誰かと会っちゃいそうだし……ファミレスでいいかな」

 「御意ぎょいっ!」

 「承服しょうぶくした」


 それからまた二人でこちょこちょしだしたので、あたしはかまわず、ずんずん歩いて行った。

 学校から十分ほど歩くと国道に出る。そこにファミレスが二軒ある。なるべく空いてそうなほうを選んで、入った。


 「たの……もごもごもご」


 入店と同時にるおんは、たのもう! をやりかけたが、あたしは予測していた。くちを左手でおさえながら、店員さんに右手で三人と示した。

 席に案内される。るおんはあたしの横に、先輩は向かいに座った。


 と、テーブルに置いてあったメニューを同時にとろうとして、先輩とるおんの手が触れる。感電したようにひっこめるふたり。どちらも熟れた桃のような顔色になってる。

 うん、こりゃだめだ。ついてきてよかった。


 「なににする?」

 「……せ、せっしゃ、舶来はくらい茶葉ちゃようを煮出したものに牛の乳を加えた汁を所望いたす……」

 「牛の時点でわかったあたしはえらい。ミルクティね。先輩は?」

 「……屠られし牛の骨を煮詰めた汁、香気発する粉末と海神の残滓が溶け込む琥珀の妖液……」

 「……これは考えちゃった。コンソメスープかな? 牛つながりでがんばったのかな? ちょっと言い方こわいかなあ」


 テーブルの呼び出しチャイムを鳴らして店員さんを呼び、注文する。あたしはマキアートにした。


 「……さて、じゃあ、どうぞ。思いっきり語り合って。あんまり叫んだりしないでね」


 あたしは水をひとくち飲んで、教科書を取り出した。来週テストなのに、ずっとるおんの告白練習に付き合ってて準備できてないのだ。るおんはなにもしなくてもいつも上位だけど、あたしはすっごい努力しても真ん中いけばいいほうなのである。


 しばらく教科書を読んでいた。

 が、ふたりとも、黙りこくってしゃべらない。

 顔をあげると、ふたりは真っ赤な顔で無言で睨み合っていた。


 「……なにしてんの」

 「……せんせん……軽々かるがる動かば、斬られる……」


 るおんが額から汗をひとしずく流しながら、つぶやいた。


 「……勇者の闘気が……余の影を射抜く……微動すらあたわぬ……っ」


 先輩もわなわな震えながら応えた。あたしは眉間を押さえる。


 「はい、わかった。もう慣れた。あれね、いざ向き合ってみたら緊張してなにを話していいのかわかんない、話題とかきっかけとか、欲しいと」


 「……如何いかにも……」

 「……賢者よ……神韻しんいんあふるるその聖句……冥界魔境にとどろき渡るところなるぞ」


 あたしは、ぱん! と教科書を閉じた。


 「はい! じゃあ! まずはるおん! 家族のことと、小さい頃からどんなふうに育ったのか、三分程度にまとめて話しなさい! で次は先輩! 生い立ちはさっき聞いたから、るおんの話をきいてどう思ったのか、自分となにが同じでなにが違うのか、同じく三分で! あとはご自由に! はいどうぞ!」


 あたしがそういうと、るおんは堰を切ったようにしゃべりはじめた。すべて武士ことばなのに、三分きっかりでピタッとまとめてくる。優秀なのかダメな子なのかとてもわかりにくい。

 先輩はるおんの言葉を涙ぐみながら聞き、終わると、怒涛のようにしゃべりだした。


 こうなると、とまらない。

 ふたりはときに涙を流し、ときに笑い、ときに同情の怒りを示して、語り続けた。もちろん、互いの世界のことばで。店員さんは飲み物をもってきたときにすこし不思議な顔をしていた。たぶん、演劇かなにかの練習をしていると思われたにちがいない。


 あたしは教科書を読みながら、ときどき顔をあげて、ふたりを見る。なんだかちょっと、嬉しくなってきていた。

 きっと、自分にもそういう日がくるんじゃないか、って思えたからだ。ぜったいに、くるはずがないだろうけど。


 途中で席をたって、化粧室にむかう。ふたりともぜんぜん気づいてない。

 席の間をぬって歩いて行く。と、客のひとりと目があった。


 「……う」


 あたしは、げんなりした。


 「あれ? 神成かんなりじゃね?」


 その二人組の客のひとりが、下品な声をあげた。茶髪。ネックレス。後ろ髪の一部を奇妙に長く伸ばしたその男は、足を投げ出して席に座っていた。


 「なんだよ、おまえもこの店、使ってんのかよ」


 あたしは応えず、化粧室にゆき、出たあとはできるだけ遠回りをしてそいつらに見えないように席に戻った。ふたりはまだ、話に花を咲かせている。

 できるだけ頭をひくくして教科書を読んでいたが、あいつらは立ち上がって店内を見回し、あたしたちを見つけた。近づいてくる。

 しくじった。

 るおんがそれに気づいて、不安そうに先輩とあたしを見比べる。


 「……なんだよ、連れもいんのか。なあちょっと、仲良くしようぜ」


 いかにもガラの悪いふたりの登場に、胡桃崎先輩はいつもの真顔に戻った。端正だが、冷たく、射抜くような眼差し。立ち上がる。大柄な先輩を見て、相手も若干、ひるんだ。


 「なんだこら。なんか文句、あんのか」


 先輩はそういう相手の顔をみて、ふん、と鼻を鳴らした。くちを開く。だが。


 「……ぬしら、我らが魔界冥府の掟をしらぬのか……あっ」

 「……なに?」


 やってしまった。

 いままでるおんと話していたため、口調が、魔王のまま。


 「……なんだおまえ、気持ち悪いしゃべりかたしやがって……ぬし? まかい? なんだそりゃ、おまえ魔王かよ、ばかじゃねえの」


 相手は顔を歪めて嘲笑わらっている。先輩は顔を押さえ、吐き気を堪えるような表情。他人にきかれたことがなかったのだろう。まして、ずばり、魔王と言われてしまった。

 先輩はくずおれそうになりながら、それでも相手から目を離さない。あたしが口を出そうとすると、手で制する。もういちど何かを言おうとした、そのとき。


 「その方らっ! 決闘じゃ! いざ尋常に立ち会えええい!」


 るおんが立ち上がり、男たちを指さして、泣きそうな顔で叫んでいた。


 

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