理不尽と無責任の連鎖
森本 晃次
第1話 隣のクソガキ
この物語はフィクションであり、登場する人物、団体、場面、設定等はすべて作者の創作であります。似たような事件や事例もあるかも知れませんが、あくまでフィクションであります。それに対して書かれた意見は作者の個人的な意見であり、一般的な意見と一致しないかも知れないことを記します。今回もかなり湾曲した発想があるかも知れませんので、よろしくです。また専門知識等はネットにて情報を検索いたしております。呼称等は、敢えて昔の呼び方にしているので、それもご了承ください。(看護婦、婦警等)当時の世相や作者の憤りをあからさまに書いていますが、共感してもらえることだと思い、敢えて書きました。ただし、小説自体はフィクションです。ちなみに世界情勢は、令和三年七月時点のものです。それ以降は未来のお話です。今回の作品は、怒りから書いている作品でもあるので、少し言葉が汚いかもです。
「今年の夏は暑くなるので、皆熱中症には気を付けるように」
と言って、夏休み前の終業式で先生は言っていた。
朝からすでに、セミの声がけたたましく、その年は梅雨明けが遅かったこともあってか、梅雨恒例の、終了前の集中豪雨では、幸いこのあたりに水害は起こらず助かっていた。
そのかわり、それまでのジメジメとしていた時期がウソのように、雨が降らずに、日が降ってくるようだった。同じ暑さでも、セミの声が聞こえるのと聞こえないのとでは雲泥の差で、朝から、いや、寝ている時も、ずっとクーラーが必要なくらいであった。
高校二年生になっていた平野泰隆は、一流大学を目指せるほどの頭があったわけではないが、高校二年生の夏くらいから受験勉強を始めないと、大学進学ということすらままならない状況だった。中学二年生くらいから、学校の成績が急に落ちてきて、何が原因なのか分からなかったが、中学三年生という高校受験の時期において、勉強自体が嫌いになった。
それでも何とか、受験校のハードルを下げていって、やっとレベルとしてはかなり低い高校に入学できた。
ここは、半分くらいの生徒は就職する。大学に進学するとしても、高望みは決してできない。大学に入りたいと思うなら、早めに受験勉強を始め、学校だけではなく、塾に行く必要もあったのだ。
何しろ学校は、進学しない連中にレベルを合わせて授業しているのだから、学校側はまったく進学しようとする生徒のことを思ってくれていないようだ。
普通であれば、劣等性の多い学校というと、学級崩壊などが頻発してもいいのだろうが、ここまで生徒に歩み寄っている学校もなく、生徒は大人しくしていた。
そんな平野の学校を、苛めなどが多い学校が、
「モデル校」
として、手本にしようとするものだkら、全国から、この学校の見学にくるのだという。
しかも県の境域委員会も、そのことを聞きつけて、この学校を擁護し、支えるようになった。教育委員会の助言もあってか、文科省から支援金も貰っているようで、そのおかげで、学校は潤っていた。
平野が二年生の頃までは、人知れず、生徒に寄り添うような学校だった。それは生徒のためでも何でもなく、
「こんな学校の生徒は、下手に締め付けると、反発する生徒が多くなり、学校に来なくなるか、それとも、学級崩壊になりかねない」
ということを危惧したのだ、
学校に来なくなった生徒は、街に出て、飛行を繰り返し、警察の厄介になることが多くなるだろう。下手をすると、反社会的勢力の手下になり、こうなってくると、警察に目をつけられることになる。学校の手を離れることになるが、在学中であれば、完全に離れたわけではないので、学校の責任になってしまう。
学級崩壊となってしまうと、学校が無政府状態になり、教室のガラスは割れ放題、授業どころではなくなるという、昭和の学級崩壊がそのまま起こるのは目に見えていた。
平成から令和にかけて、そこまでの学校はあまり聞かないが、なくなったわけではない。個人的な苛めが水面下で起こっているか、それとも、大きな崩壊として、表に曝け出されているかというだけの違いである。
これは余談になるが、平野が通っていたこの学校は、平野が卒業して二年後に廃校になったという。学級崩壊と、学校を退学になった生徒が集団で警察沙汰を起こし、教育委員会が、最初は持ち上げていたことも手伝って、世間に教育委員会がこの学校を持ち上げていたという黒歴史を、何もなかったかのように隠蔽するため、早期の廃校が決定した。まるで、この学校が最初からなかったかのような仕打ちで、教育委員会による完全な尻尾切だった。
つまり、梯子を掛けて、おだてて上に登らせておいて、何かあったら、梯子を外して、置き去りにすることで、抹殺を図ったのだ。見捨てられた学校のことは、しばらく緘口令が敷かれ、話題にすることすら、許されなかった。
終業式も終わって、家に帰るが、さすがに部屋にいても暑くなるばかり、クーラーは効いているが、昼間から一人でいても、あまり気分のいいものではなかった。そんな時ちょうど友達から連絡があり、
「うちに遊びに来いよ」
ということで呼ぶ出されたのだ。
その友達の家は裕福な家で、時々数人を家に呼んで、結構賑やかにやっていた。彼の家は、父親が実業家で、彼の兄は家を継ぐということで、子供の頃から英才教育を受けていて。次男である友達は、自由奔放に暮らしていた。
「勉強しなさい」
などということを言われることもなく、小学校の頃から勉強が嫌いだったということもあり、それでも、
「せめて高校くらいは出ておかないと」
ということで、平野と同じ高校になったという。
出世コースまっしぐらの長男は、いずれ社長になるのだろうが、次男はその会社で平社員からということになる。ほとんど出世欲のない友達にはちょうどいいレールが敷かれていたのだが、ちょうど、この頃から友達は、違う路線も視野に入れているようだった。
ほとんどのことに興味を持つことのなかったその友達が、高校二年生になって初めて興味を持ったのが、推理小説だった。
いや、厳密に言えば、昔の探偵小説。一度、二時間サスペンスで、昔の探偵小説が映像化されたのだが、それを見て、大いに興味を持ったのだ。時代背景は、大正末期から昭和初期、何が彼の興味をそそったのかというと、
「まったく違う時代背景」
であった。
彼は、自分では気づいていなかったが、戦前の社会に興味を持っていた。特に、昭和初期の動乱時期を、学校の授業では、軽く流しただけだったが、どうも心の奥では、
「もっと深い事情があったんだろうな?」
という興味を持っていた。
しかし、本を読むにしても、その時代のことを知るには何から読んでいいのかが分からないままだったのだが、サスペンスドラマで出てきた時代背景を見ると、すっかり、興味をそそられたのだ。
探偵小説自体が面白いというのもあったが、それも、時代背景ありきで面白いのだった。これが現代の話であれば、成立しないような話なのだろうが、それだけに素朴なトリックではあるが、時代背景のドロドロした部分が妄想を掻き立てて、さらに、その時代を彷彿させる内容に、感動していた。
それまでは、本を読むなど考えたこともなかったが、一度、映像化された作品の本を読んでみようと思って、本屋で予約してまで購入し、その日のうちに読んでしまった。
映像でも感動したのに、それ以上に原作を読む方が数段面白かった気がした。最初はその理由が分からなかったのだが、小説を読むというのが、どれほど想像力を高めることになるのかということが分かったことで、それから読書に嵌るようになったのだ。
「読んでから見るか、見てから読むか」
という映画のキャッチフレーズが昔あったと聞いたことがある。
その時のように、先に映像を見てから原作を読んだ時には、そこまで遜色のあるものではなかったのだが、逆に原作を読んで、それが映像化されて見に行くと、
「見るんじゃなかった」
と思うほどである。
やはり、最初に自分で想像しながら読んでいると、自分で物語を紡いでいるような気になってくるのではないだろうか。映像のように流れてくるものを受け入れているだけでは、想像力の羽ばたく隙間もない。
映像作品であっても、想像力があってこその醍醐味である。要するにネタバレした状態のものを見るのだから当たり前である。
人から映画の内容を口伝に聞かされたとして、誰がその映像を見ようと思うだろうか?
小説を見て映像を見る時というのは、映像に期待するのではなく、小説の内容をどのような形で映像化しているのかという、
「自分であれば、こういう風にするのにな」
という思いがなければできることではないだろう。
そこにはクリエイター目線のようなものがあり、小説を読む時も漠然と読むわけではなく、最初の頃は、ミステリーなどは、自分が探偵になったような気持ちで、謎解きをしようという風に考えたものだ。だが、さすがにそこまではなく。今では、
「自分で、小説を書いてみたいな」
と感じるくらいになっていた。
平野は、受験生でありながら、気分転換に小説を読むようになった。ただ、読んでいるだけでは面白くないというのか、ストレス解消にまではならなかった。どちらかというと、ストレス解消のおかげか、それまで文章を書くのが下手だと思っていたので、書こうと思わなかったはずなのに、ストレス解消という意味で何かを書いてみると、思ったよりもスムーズに書くことができた。文章として上手なのか下手なのかは分からない。分からないだけに人に見せるののもありえないと思い、誰にも言わず、一人で書くことを楽しんでいた。
小説というには、おこがましい。短い文章で、原稿用紙数枚の掌編小説という程度のもので、書いている内容な、正直健全なものではなかっや。学校で起こっている苛めのようなものを書き連ねて、最後は、天誅が下されるかのようなストーリー。言い換えれば、
「自分勝手な勧善懲悪な話」
と言っていいだろう。
本人にとってのストレス解消なのだから、それでいい。誰にも見せるわけでもないから、自己満足で十分であった。
小説を書いていると、最初はただ、書きたい時に書いているだけでよかったのだが、そのうちに、
「毎日書けるようになればいいな」
と思うようになっていった。
そもそも、ストレス解消が目的なのだから、別にその時だけの自己満足で、気が付けば、作品が増えていたと思うだけでよかったはずだ。しかし、筆が進んできて、気が付けば、数十作品になってくると、作品の数が自分にとってのトレンドであり、ストレス解消だけではなく、受験生としてのモチベーションにも繋がっていることを感じると、
「毎日書くということを、継続として残したい」
と思うようになった。
その思いは、今まで書いていた掌編小説ではなく、短編から、中編、いずれは長編が書けるようになるのを目標にしたいと思うようになってきた。この思いは欲望であり、それまで欲望というと、あまりいいイメージではなかったのだが、自分の好きなことを貫けるような強い意志を持つことが、欲望だと分かってくると、欲望というものに対して、それまでの考えを改めなければいけないと思うようになった。
欲望というと、どうしても、悪いイメージしかない。欲望に対して、我慢をしなればいけないという発想が、美徳化されることが多い。その理由としては、宗教的な発想が多いのだろう。どうしても宗教というのは、共通して言えることは、
「欲望を断つ」
というイメージが強い、酒や女、ばくちなどはご法度である。
「酒池肉林」
などというのは、宗教の教えから比べると、まったくの正反対である。
とにかく、欲望に対しては我慢しなくてはいけない。それが本当に宗教の教えなのだろうか。仏教などにおいては、酒も女もダメではないだろうか。それなのに、結婚して子供も生まれて、寺が存続される。当然、セックスが行われるわけで、そこはいいのだろうか?
要するにどこまでが許されるのかということを、宗教団体に入っていれば、その教えを被ることができて、徹底されるということなのか、それとも、本当はまったくダメだと言われているのに、誇大解釈をすることで、容認しているようなものなのかのどちらかではないかと思うのだ。
しかし、宗教団体であっても、実際に肉を食らい、女を抱き、酒を食らうという坊主もいるではないか。
「天才小坊主と言われた一休であっても、晩年は、リアルな酒池肉林だった」
という話が言い伝えられている。
一休の場合はまた少し話が違うのだろうが、実際に酒池肉林の坊主もいたりするだろう。
さらに、寺社には、自衛という意味合いなのだろうが、時代によっては、坊主による軍隊が形成されていた。戦国時代などでは、神社も大名並みの勢力を持っていて、織田信長に対抗する、石山本願寺であったり、延暦寺などの勢力があった。
織田信長は、延暦寺の焼き討ちを行ったとされ、歴史上の黒歴史として語り継がれているが、実際には、
「寺社が、宗教団体としての一大勢力になることで、すでに宗教団体ではなく、ただの敵対勢力だ」
という名目で、焼き討ちに踏み切ったのだ。
いくら宗教団体とはいえ、政治に口を出してきたりすると、政府から弾圧を受けるというのは当たり前のことで、一大勢力として、歴史の表舞台に出てくると、確かに数強団体と言えども、黙って見ておくわけにもいかないだろう。
政治利用される可能性もあるし、早めに口実を見つけて滅ぼす必要がある。
その時代にはキリスト教も入ってきて、混乱も起きてくる。しかも、キリスト教布教の本当の目的は、その国の植民地化であり、その目的のために、相手国に混乱をもたらすゆえの布教という思惑だったのだ。
「混乱に乗じて軍隊を入れ、鎮圧することで、その国を植民地化する」
というのが、常套手段である。
そんな欲望を宗教団体というものが持っているくらいなので、一般市民に欲望がないわけでもない。欲もあれば、我慢しなければいけないというものを、抑えきれない感情もあることだろう。
ただ、それを大っぴらに公言してしまうと、嫌われたり、無視されたり、いざという時、まわりは何もしてくれないに違いない。
それでもストレスを解消できないとすれば、自分の中でいかに解消するかということを考えるしかないだろう。
他の人に悟られないようなストレス解消を考えた時、小説をいうものが頭に浮かんできたのだ。
別に人に公開しなければいいだけのことであり、たとえそれが盗作であっても、放送禁止用語になりそうなことであっても、勝手に表現すればいいだけのことである。
それに気づいた時、平野はさっそく、小説を書こうと思い至った。
そうやって考えてみると、まず、世の中に対しての不満や理不尽に思うことを書きだしていた。
結構あるのには自分でもビックリしたが、それらの題材があっても、なかなか文章にするというのは難しいものである。
なぜなら、不満を書きだしたから、次々に出てきたのであって、書きだそうと思わなければ、逆にその思いを抱きながら、無意識に表に出さないようにしていたのだ。
意識を表に出さないと、我慢できると思ったのか、それとも我慢しなければいけないということを考えたのか分からないが、だからストレスになるのだという構造を、最初は分かっていなかったのだ。
「ストレスは解消しないと、身体に悪いし、精神的にも参ってしまうので、なるべく解消させなければいけない」
と言われているのに、それでも。我慢しなければいけないことは我慢せざるおえないということを理不尽に考えていた。
「どうして、皆こんな理不尽なことを受け入れてしまうのだろうか?」
これを理不尽と本当に思っていないのか、思ってはいるが、逆らうことは許されないという意識から、抵抗する意思を失くしてしまったのか、それを考えてみると、このあたりから、人間というもの自体が理不尽にできていると思えて仕方がなかった。
「どうして、人のために自分が我慢しなければいけないのか?」
ということが考えられる。
その思いは、小さい頃から強いられていた。
家に父親が会社の人を連れてきたりすることがたまにあったが、子供としては、そのおじさんと話をしてみたいと思うこともあったり、
「おみあげが貰えるのではないか?」
という思いから、来訪者に近づきたくなるのは、子供としての本能のようなものではないか。
しかし、大人の世界は子供からは結界があるようで、しかもその結界は最初からあったものではなく、母親によって作られたものだった。
「お父さんの会社の人が来ているから、あんたは絶対に表に出てきてはいけません」
と言われたものだ。
「どうして?」
と聞くと、
「どうしても」
という返答しか返ってこない。
今から思えば。それは説明して、納得させられるだけの理由がないからだった。説明するとして、
「世間体というものがあるでしょう」
という、分からない言葉を言われても、分かるはずもない。
むしろ、反発する気持ちになるだけだった。
その思いをいかに窘めるかであるが、そんなすべが子供にあるわけはない、すべてを理不尽に感じ、親というものが嫌いになる要因となるだろう。
さらに、世間体という言葉もたまに交えられると、世間体という言葉は、子供心に、きれいごとだということを理解できるようになるだろう。
そうなると、溜まってきたストレスの中には、世間体であったり、自分が親から、
「世間の人に見せたくない汚物である」
ということを言われているのだとしか思えず、もれなくストレスとして溜まってくるのであった。
平野が最近苛立っているのが、隣お家の、クソガキのうるささだった。
勉強しようと思っても、隣から奇声を挙げる声が漏れてくる。
本当であれば、注意するべき親までも一緒になって騒いでいる。これは、平野にとって、もはや容認できることではなかった。
かといって、正面切って怒鳴り込んでいくわけにもいかない、それが親から言われた、自分にとってのストレスの元になっていたはずの世間体であった。
きっと親からも世間体と言われ、どうせ、
「それくらいのことは我慢しなさい」
と言われるに違いない。
だからこそ、余計に言えない。黙っていれば、ストレスで済むだけであるが、口に出してしまうと、それがさらに親からの無言の攻撃になってしまう。
親とすれば、丸く収めたつもりになって、
「大人の判断」
をしたということで片づけられてしまう。
そこには、子供への弾圧が存在し、親はまったく分かっていないだけに、決定的な親子の断絶を生みかねない。
だから、子供なりに我慢しているのだ。
「下手に感情を表に出すと、自分だけが悪者になってしまって、孤立するということは目に見えている」
ということになるのだ。
だからと言って、ストレスを放っておくわけにはいかない。
「できることなら、ぶっ殺してやりたい」
と思うのだ。
それができれば一番いいが、そうもいかない。もっと言えば、ストレスの原因となるものを、すべて抹殺しなければ、本当の意味での解消はできないのだ。
一般的にいう、ストレス解消というのは、
「ストレスにまったく関係のないもので、プラス思考にすることで、ストレスの原因を打ち消す」
ということしかないのだ。
「ぶっ殺してやりたい」
とは穏やかではないが、近所迷惑であることを意識しないのは許せない。
何よりも、親が見て見ぬふりをしているどことか、親自体が一緒になって騒いでいることが許せないのだ。
そんあバカ親から育った子供がまたろくでもない親になるのだ。
平野だって、容認できる親ではなく、結構理不尽なこともいう親であったが、そこは、子供が判断できる能力を持つことができたからだ。
厳しいことの方が、甘いことよりも、当然しっかりと考えさせられるというもので、親が一緒になって騒いでいると、
「親が何も言わないのだから、騒いでいいんだ」
と思うようになり、その感覚で大人になると、
「まわりの大多数がいいということになれば、悪いと言われている常識的なことであっても、ルールなんか守らなくてもいいんだ」
ということになるだろう。
それを民主主義における多数決の優位性というものを拡大解釈してしまう人が出てきて、ここでもこの考え方が過半数を超えるとなると、本末転倒もいいところであろう。
近所迷惑に関しては、誰がいい悪いというよりも、曖昧なところで推移するので、結局は欲知的な判断が、そのままの正悪の判断になってしまって、何が正義なのか、分からなくなってくる。
そうなると、勧善懲悪というものが曖昧になり、曖昧になったせいでの拡大解釈が強くなり、そんな迷惑を引き起こす子供を、すべての点において恨むようになるのだ。
子供がうるさいことに関して、頭に血が上ってくると、次第に視点は狭まってくる。見えて範囲が狭まるというよりも、見えているのに、見えていないと勝手に解釈するものである。人間というのは、勧善懲悪への思いは強いのであろう。何が悪いのかということを考えてもいないのに、考えているつもりで、勧善懲悪を叫ぶことが一番の罪である。
少し前に、
「○○警察」
などという曖昧な存在があったが、それを、
「ストレス解消における悪いことだ」
としてしまったことが、本当は一番悪いのではないかと思うのだった。
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