第4話 「うるさい」の呪縛

 処刑というわけではないが、一つ刑罰として気になり、小説に書いてみたいと思った話が、あれは確か、昔話の中にあったのではなかったか。妖怪が出てくる話であったが、一人の男が森の中に迷い込んでしまい、彷徨っていると、人の呼ぶ声が聞こえた。

「誰かいないのかな?」

 と呼んでいるのだ。

 こちらも、彷徨っているところだったので、一人でも仲間がいれば、心強いと思って、声のする方に向かって歩いて行った。

 声のするその場所は、広っぱのようになっていて、その中心に、かかしのようなものが一体だるだけだった。

「なあんだ、気のせいか」

 と言って、その場を立ち去ろうとした時、

「どうして行っちゃうんだよ。せっかく来てくれたのに」

 という声が来超えて、振り返ってみると、後ろを向いていたはずのかかしがこっちを向いていて、かかしが喋っていたのだ。

「うわっ、妖怪か?」

 と完全に男はビビッてしまい、腰を抜かしてしまった。

「そんなに驚くことはない。俺だって、別に妖怪というわけではないんだ」

 というではないか。

「どこをどう見たって妖怪だよ」

 と言って、その男を見ると、その男はまだ少年と言ってもいいくらいの子供で、だが、その笑顔には悪魔のような恐ろしさがあり、笑顔で見つめられると、身体が痙攣し、動けなくなってしまうようだった。ただ、その笑顔を見た時、本当の年齢がまったく分からない気がして仕方がなかった。

 実際に腰を抜かしてしまったことで起きられなくなったのだが、

「もう、あなたはここから立ち去ることはできないのでね」

 と、少年妖怪はボソッと言ったが、次の瞬間、

「しまった」

 という顔をした。

 言ってはいけないことを言ったという感じである。

 少年妖怪は気付かれていないと思ったのか、

「君、ごめんだけど、そこに落ちている水晶を取って、僕に渡してくれないかな?」

 といった。

 なるほど、足を見ると、まさしくかかしのように一本の木に足がなっていた。完全に値を張ってしまって、動くことはできないのだった。

 さすがにこの様子は可哀そうだ。少年妖怪が何と言おうとも、

「足に根が生えているのだから、こちらが走って逃げれば追いかけてくることは不可能だろう」

 と感じた。

 しょうがないので、目の前にある水晶を手にして、少年に渡した。

 少年は、

「ありがとう」

 と言って受け取ったが、その時の笑顔は今までの笑顔とはまったく違い、完全に、

「悪魔の微笑み」

 だったのだ。

 その瞬間、男の前で、白い閃光が目の前に立ちはだかり、まったく前が見えないと思うと、少年妖怪が、

「クックック」

 と、声を出して笑っているのか聞こえた。

「何を笑っているんだ?」

 と恐ろしくなった男が少年妖怪にいうと、まだ前が見えない状態で、

「引っかかったな?」

 と言われたのだ。

「どういうことだ?」

 と聞くと、

「もうすぐハッキリと見えるようになるから、そうなった時、お前が自分の運命を知るだろうよ。もっとも私も何千年も昔に同じことを言われたんだがな」

 と少年妖怪がいう。

「俺は人間だから、そんなに何千年も生きることはできないんだぞ」

 というと、

「ふふふ、そんなことが言っていられるのも今だけだ。ほら、そろそろ視界が晴れてきただろう?」

 と妖怪が言った。

 妖怪がいうように視界が晴れてくると、目の前に、一人の見知らぬ男性が立っていた。その男は本当に昔話に出てくる百姓のような恰好だった。

「ほら、自分の姿を見てごらん」

 と言われて、自分の身体を見てみると、さっき少年妖怪が来ていたみすぼらしい服を自分が来ているではないか。

 しかも足元には、自分の二本の脚はなく。土に根が生えた木になってしまっていたのだ。

 男が鏡を自分に見せると、自分の顔が少年妖怪になっていた。

「そうか、さっきの水晶が相手と入れ替わることのできる力を持ったアイテムだったんだ」

 というと、農夫のような男は、そこから山を下りていった。

 だが、男は街まで出ていくと、急に不安になった。そして、喜んでいたはずだったのに、急に現実を突きつけられ。憔悴の元に、男は干からびて死んでしまったのだ。

 男は知ったのだ。

「自分が何千年も生きている間に、人間に戻りたいという一心だけしか考えていなかったが、戻ったところで帰るところはなく、黙って死を待つだけしかないという運命にあることを……」

 であった。

 その話を思い出すと、どこか浦島太郎と被っているところがあった。だが、この話には、どこにおとぎ話としての教訓があるというのだろう?

 浦島太郎の話は、一見、カメを助けたのに、最後には老人になってしまって、どういうことなのか? という疑問が残るのだろうが、実際にはその続編があって、学校で習う話は、浦島太郎がおじいさんになるところまでであるが、本当は、その後に、カメになった乙姫様が太郎を慕って、竜宮城から丘に上がり、浦島太郎は鶴になることで、二人はその後、永遠に幸せに暮らしたという話である。どうやら、途中で話を切ってしまったのは、

「明治政府の仕業」

 だと言われている。

 似たような話であるが、まったく違うこの話、浦島太郎の話は、実際には過去にも似たような話があり、御伽草子にはそれらを編集した形で載っているのではないかという話もあるので、少年妖怪の話も、さらに昔に似たような話があり、それを編集したのか、それとも浦島太郎の伝説を利用して。まったく違うフィクションを作り上げたのだという考えになるのではないかとも思えた。

 そんな少年妖怪の話で何が言いたいのかということまでは、さすがにまだ高校生の平野には分からなかった。

 ただ、話の中に理不尽さはあるのだが、その理不尽さが今平野が書こうとしている、ストレス解消の小説に影響しているのではないかと思った。

「この話を一つのシチュエーションとして、自分なりの復讐小説でも書けたら楽しいのにな」

 と感じたのだ。

「ちょうどターゲットとしては、隣のうるさいガキがいるではないか。あいつを消すにはちょうどいい。殺人でもなければ誘拐でも、脅迫でもない。これがもし、本当の話であったとしても、自分が何かの罪に問われることはない。自分が助かるためのやむを得ないことであり、法律的にいえば、緊急避難、あるいは、正当防衛と言われるおのになるのではないだろうか?」

 と感じた。

 さすがにあまりにも似た小説は自分でも納得がいかないので、現代風に書いてみることにした。

 だが、現代風にすると話がまとまらないので、山の中に迷い込んだ少年という設定以外でどうすればいいかと思ったが、

「自分にとって気に食わない隣のクソガキに、何か光線を浴びせることで、この世界を作り上げて、そのガキをその世界から逃げることができなくなるような設定にすればいいんじゃないか」

 と思った。

 親父の方はどのような成敗を加えるかを考えていたが、父親の方が罪は重い、ガキよりもさらに思い罪というとどういうものなのかを、考えてみることにした。

 昔の探偵小説の中で、自分が復讐する相手の子供をなぶり殺しにして、その様子を見せることで、さらに復讐する相手に最大の恐怖を味あわせるという、すごい内容の小説を読んだ。

 それは、地下室に独房を作って、そこに水を流し込むというものだが、父親の方が身体が大きく、背が高いので、そのままであっても、子供が先に死んでしまうことは間違いないが、さらにその差を広げておいて。そこに水を流し込むとづなるか?

「お前の大切な息子がもがき苦しんで死んでいくのを見ながら、やがて襲ってくる自分の死をとくと味わって死んでいくという趣向を凝らした演出をしているんだ。君は喜んでくれたかな?」

 と言って、復讐の相手を最後の最後までおいつめる。

「息子は関係ないじゃないか?」

 と復讐される相手は、子供だけはと命乞いをするが、

「何を言っているんだ。お前はそういう我が父と、兄を二人とも、お前の私利私欲のために殺されたんだ」

 というのだ。

 犯人の復讐の目的は、まず目の前も男に、自分の財産を騙し取られたことだ。しかも最愛の奥さんを、寝取られ、しかも、何の関係もない兄迄も殺されてしまった。

「この子は俺の犯行を見ているからな。死んでもらうしかないのさ」

 ということだった。

 父親とお兄さんは、この男の卑劣な罠に引っかかり、結局殺されてしまう。それを何とかして知った犯人が復讐に燃えることになったのだが、何と最愛の妻で、この男に寝取られてしまったと思っていた女も、実はグルだったということだ。

 ということは、その女は、自分の夫と、子供を無惨にも殺す手伝いをしたということになる。

 いや、もっと調べたところによると、首謀者は母親だったということである。

 母親は、それから数年後に、奇怪な伝染病に罹り、狂い死にしたということであった。

「自業自得ではあるが、この手で始末できなかったのは残念だ」

 と、犯人は言った。

 さらに犯人は、

「その女は俺の母親さ。つまりは、俺にも母親と同じ残虐な血が流れているということさ。しかも、母親と違って。俺は復讐にその血を捧げた。地獄に落ちてもいいと思っている。どうせなら、地獄に落ちて、母親に復讐してやるのが俺の願いさ。どうやって復讐しようか楽しみだ。きっと地獄の鬼どもも、俺の味方になってくれることだろうよ」

 と言って、嘯いて見せた。

 その犯人の顔を見て、復讐される男は完全にビビッてしまった。おもわしまでしたようで、

「おいおい、お前がそんなへなちょこじゃあ、面白くないんだよ。悪党なら悪党らしく、悪ぶって見せるくらいしろよ。そんなヘタレに対して復讐したとなっては、俺が人生を掛けてきた復讐が色あせるというものだ」

 というのだった。

「どうやって復讐しようかとずっと考えていたんだが、しょせん。これくらいのことくらいしか思いつかなかった。こんな程度の復讐であれば、十回くらいお前を殺しても。まだおつりがくるぜ。だから、もっと堂々としてくれよ。これじゃあ、俺が地獄に行って閻魔大王に、母親への復讐をさせてくれと言えないじゃないか」

 と言って、残念がって見せた。

 実際に残念がっているように小説では描いていた。読んでいて、自分がこの男の立場なら、もっと他に残虐な方法がないかと考えるところだ。

 この小説を読んでからだろうか? やけに復讐系が動機の小説を読むようになった。実際に昔の小説では、復讐系の話が多いような気がする。自分の好きな作家の小説に復讐系が多いからそう感じるのかも知れないが、他の作家の話では、どういう動機の話が多いのか分からない。

 同じ作家の他の小説でも同じような話が多く、復讐の場合は、

「俺はこの復讐に、人生を掛けてきたんだ」

 という言葉が印象的だった。

 時代背景がそういう時代なのか、少々人が殺されても、あまりビックリしない時代でもある。何しろ、日華事変から、大東亜戦争にかけてと、

「戦場では人が死ぬのを、日常茶飯事に見てきて、人が死ぬという感覚がマヒしているようだ」

 という人が多いと、小説には書かれていた。

 実際に戦場がどのようなものだったのかも、銃後の生活がどのようなものだったのかなど想像もつかない。戦前、大正末期から昭和初期は、大陸との関係で、実に動乱の時代でもあった。途中に、関東大震災、世界恐慌、大飢饉などと勃発し、人口問題から引き起こされた満州事変から後の時代がどのようなものか、今の時代を生きている人は誰にも分からないだろう。しょせん、平野も本での知識だけである。ただ、それでも勉強しない連中よりは、発言してもいいだろうと思っている。

 父親もこの世から消してしまうことはできる。しかも、息子はその場から、完全に教説させるのに対して、父親に関しては三十分だけ、この世に半分生存させておく。

 半分というのは、半分が別の場所にいるというわけではなく、この世に存在はしているが、肉体派なく、魂だけの存在が、自分にだけ見えて、他の人には一切見えないというものである。

 つまり、父親は、肉体消滅光線を浴びて、その場で魂だけの存在になったが、最初はそのことに気づかない。自分には自分の肉体があるかのようにしか見えないからだ。

 その三十分の間にその男は、自分が目の前のものを通り抜けることを知り、さらに、何かを触ろうとしても、手がその物体を通り越してしまうことで、見えている肉体が、

「見えてはいるが、存在していない」

 ということに気づいていく。

「どういうことなんだ?」

 と、言ってももう遅い。

「ふふふ、お前はもうこの世のものではないからな」

 と、主人公は嘯いてみせる。

「どういうことなんだ。俺はどうなるんだ?」

「お前は、さっき、一瞬フラッシュが焚かれたような白い閃光を見なかったかい・」

 と言われた男はやっと思い出して、

「あの瞬間からのことなのか?」

 と怯えた声でいう。

「ああ、そうだ。あの瞬間から、三十分後に、お前は魂だけになって、消滅するんだ。お前の息子のようにな」

 と言われ、父親はハッとした。

 先ほどまでいたと思っていた子供の姿が見えなくなったので、探しに出たのが父親だった。

「子供は? 息子はどうしたんだ?」

 と、焦りに満ちた声を挙げた。

「ああ、お前のあのうるさいクソガキは、この俺がほうむってやったぜ。消滅させてやったと言った方がいいかな?」

 と、主人公がニヤッと笑うと、その表情をまるで悪魔の微笑みに見えるようで、父親はゾッとした。

 まるで夢を見ているようだと思った父親は、頬をつねろうとしたが、

――そうだ、身体が消滅しかかっているんだ――

 と、つねることができないのを、いまさらながらに思い出した。

「息子はどこに行ったんだ」

 と父親に言われて、

「さあま、どこに行ったんだろうな? この消滅光線を発する銃は、肉体を消滅させることはできても、その後の魂のことなど、知る由もないからな」

 と言って、またニヤッと笑った。

「何という無責任な」

 と父親がいうと、

「お前はまだ、自分の立場が分かっていないようだな。お前は今俺とこうやって話ができてはいるが、すでにこの世のものではないんだ。お前に対しての死刑執行の中でも重たい刑罰として、半分存在するという時間を三十分に限って持たせるようにしたのさ。白い閃光を浴びてから三十分という時間だ。三十分というのが長いのか短いのかは、俺には分からない、何しろ俺は光を浴びたことなどないからな」

 と相変わらずのしたり顔だった。

「何でこんなことをするんだ?}

 というので、

「何で? お前ら親子は、毎日うるさいだろう。それが処刑の理由だ」

「うるさい? うるさいってなんだよ」

 と、この父親はこの期に及んでも、自分の罪の深さに気づいていないようだ。

「うるせえんだよ。ギャアギャアとな。あのクソガキは何が面白いのか、何に不満なのかギャアギャアとな。本当であれば、注意するべき女形で一緒になって騒ぐから、収拾がつかないどころか、さらにうるさい」

 という主人公の言葉に、

「俺も悪者なのか?」

 と、父親のセリフに、さすがに主人公は閉口した。

「やはりお前の罪を重くしといて、正解だったようだな。お前がこの期に及んで、罪の意識がないなんて、話になりゃあしない」

 というと、

「俺に何の罪があるというんだ。子供だって、よく分かっていないから騒ぐのだって仕方がないじゃないか」

 と父親が、苦しい言い訳を、最後の力を振り絞るかのように言った。

「ここまでバカだとは思わなかったな。本当に呆れるぜ。お前は今子供がよく分からないと言ったな?」

 と言って、父親に詰め寄ると、父親は少し下がっておじけづいたかのように、

「あ、ああ」

 と言った。

 身体は見えているだけで、こちらからは攻撃もそちらからの攻撃もできないと言っているはずなのに、身体が反応したのは、本能からなのだろうか。

 主人公は続ける。

「そうさ。子供は分からないんだ。だから、大人のお前が教えてやらないといけないんじゃないか。大人の世界のことをな? お前だって、隣で誰かがうるさくしていれば、ムカッと来るだろう? それと同じさ」

 というと、

「子供だからしょうがないじゃないか」

 とまた同じことをいうが、

「それはお前の子供だからそう言えるだけだ、他人の子供がうるさかったら、特にお前のようなやつは、親がどうしてうるさいのを辞めさせないのかと思うだろうよ。それを親の務めだとな。だが、自分の子供というのは、本当に可愛いらしいな。だけどな、本当に可愛いと思うんだったら、ちゃんと常識を教え込んでおかないといけないだろう? 今回のように、不満に思ったやつから、殺されかねないからな」

 というと、

「そんなの逆恨みじゃないか?」

「逆恨み? 自分の自由を、相手の勝手な事情で邪魔されて、騒音という公害を受ければ、それに対して、報復しようと思う人間は結構いるんだぜ。お前だって、まったくうるさい相手に何も感じないわけではないだろう? どうすることもできないから泣き寝入りして、頭のなあデ。相手は子供だから仕方がないと思うのさ。せめてできるとすれば、騒音の元になっている家に怒鳴りこむくらいのことだろうよ。しかし、その後の近所づきあいを考えるとそれもできない。だったら、妄想の中だけでも、そのうるさい連中に天誅を与えてやるというくらいの想像だってするだろう?」

「いやいや、そんな想像はしないよ」

 と言って、父親はあたかも呆れたような顔で、きっと、心の中では、呆れているに違いない。

 それも、自分の置かれている立場を分かっていない証拠だろう。

「ふふふ、それすら忘れてしまったのかな? それとも、無理にでも忘れようとして、そう思った感覚をマヒさせたのか、人間なんだから、自分に対して危害を加える相手に対して何も感じないなんてことはない。もし、そうだったら、最初からいかれていると言ってもいいとお能のさ」

 というと、父親は、少し考え込んで、

「百歩譲ってそうなのかも知れないが、だからと言って、人間を消滅させるというのは、どうなんだ?」

 と、父親は。自分の立場を少しずつ理解しながら、話をしてきた。

 まさか、あわやくば、助かる方法はないかなどということを模索しているのだろうか。もしそうであるなら、主人公からみると、

「実に情けない」

 としか感じなかった。

「俺には、生殺与奪の権利があるのさ。だから、こういう光線銃を持っているのさ」

 と主人公がいうと、

「生殺与奪? 誰からそんな権利をもらったというんだ?」

 というので、

「誰からでもないさ。俺がその権利を有しているだけさ」

 と主人公がいうと、

「何だって? じゃあ、勝手にお前が言っているだけじゃないか? 自分勝手にもほどがある」

 と父親がいうと、主人公はその言葉に苛立ちを覚えたが、

「ほう、お前がよくいうよな。お前たちこそ、近所迷惑になるということを少しでも考えたか? いや、考えたとしても、行動しなければ一緒なんだよ。どうせお前は、子供がすることだというのを言い訳にして、子供から嫌われたくないという理屈を盾にして、面倒なことに目を瞑り、近所迷惑を考えないようにしたんだろう? その方がよほど自分勝手ではないか。そもそも、お前が逃げずに子供を叱りつけていれば、こんなことにはならなかったのさ」

 という言葉に対して、

「まさか、こんなことになるなんて思ってもいなかったから」

 と父親がいうと、

「そうだろう? だから自分勝手だって言ったのさ。じゃあ、こんなことにならないのであれば、騒音を出しても、別に悪いことをしたわけではないと思っている証拠さ」

 と主人公が言った。

「俺が何を悪いことをしたというんだ? 子供がうるさいのは当たり前のことだ」

 と、苦しい言い訳しか、もはやできないくらいに頭の思考回路は混乱しているのだろう。

「どうやら、お前はまだ開き直ることすらできていないようだな。普通ならここまで言えば開き直って、ちゃんと成仏できるというのに。だから、せっかく三十分を設けてやったのさ。もっと短いと、普通なら開き直れないからな」

「開き直るってどういうことなんだ?」

「開き直ることさえできれば、成仏できるということさ」

「成仏?」

「ああ、少なくとも、魂が感覚がマヒした状態で、あの世に行くということさ」

「どこに行くというんだ?」

「それは、俺にも分からない。俺は肉体を消滅させるだけで、魂の行先までは知らないからな」

 という男の話を訊いて、父親は呆れていた。

「どこにいくか分からないなんて、なんて無責任な」

「お前がいうか? 子供がうるさいのを放っておくどころか、お前までもが一緒になって騒ぐんだからな。だから、罪が重いと言ってるんだ。この期に及んでもそんなことも分からないんじゃあ、地獄の連中も楽でいいだろう。審議もいらないだろうしな」

 と主人公は言った。

「だから、お前に対しては、あの世で息子と一緒になって後悔すればいいなんて言葉は言わないのさ」

「どういうことだ?」

「さっき俺が言ったじゃないか。どこに行くか分からないって。だから、二人が会えるかどうか分からないということさ。もっというと、会える確率はほとんどないと言ってもいい。もっとも、人間が死ぬと、どうやら、死後の世界は、基本的に一人だというからな。行ってみればわかるさ。どうせ、あと少しで行けるんだからすぐに答えは分かるというものさ」

 という。

「そんなことをして、面白いのか?」

 と言われた主人公は、

「ああ、面白いね。お前だって、子供と一緒に家の前のプールで遊んでいる時、あんなに楽しそうだったじゃないか?」

 というと、

「別に楽しいわけじゃない。父親として子供が遊んでいるのを、一緒に遊んでやっただけだ」

 というのを聞いた主人公は、少し落胆した。

「今の言葉がどういうことを言っているのか、お前にはどうせ分からないんだろうな」

「どういうことだ?」

 と言われた主人公は、それまでの余裕に満ちた表情に怒りがこみあげてきたようだ。

「お前は楽しくもないのに、楽しいふりをして、それでまわりに迷惑を掛けていたというのか?」

「お前の理屈からいえば、そういうことになるかな?」

 というのを聞いて。さらに顔が真っ赤になった主人公は、

「そんな理屈が通用するわけないだろう。さっきまでほんの少しだが、罪悪感があったが、もうそんなものは完全に吹っ飛んだ。これは、ありがとうというべきかな?」

 という。

 さらに、

「お前がどのように感じているのか、今よく分かった。それに、他の人がやっているんだから、俺もいいだろうということが、一番のお前の罪だということも、どうせお前には分かっていないんだろうな。集団意識というのが、この世での本当の罪悪になるのさ。だから、あの世、特に地獄と呼ばれるところは、基本一人で孤独なものなんだ。一人でいると、いろいろとなことが考えられる。ある意味、宗教の考えていることのようなものさ。今のお前に、一人でいることがどういうことか分からないだろう。きっと一人になった時点で、地獄の苦しみなのだろうが、それから永遠に続く苦しみや、拷問は、お前にとって、どんなことになるんだろうか? 絶対にこの世に転生してくることはないんだ。もがき苦しむだけの運命を、思い知るがいい」

 と主人公は、最後通牒を出した。

 それでも、父親がどこまで分かったのか、主人公に分かるわけではなかったのだ。

 どんな内容だったが、ラストは覚えていない。思い出すことがでいれば、呪縛から取り払われるのかも知れない。

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