2023年7月 SS集

Day.31 遠くまで

　従兄から旅行に誘われた。車でしかよう行かれへんとこらしいけど、従兄は免許持ってへん。俺の仕事は割と休みが取りやすくて、要するに俺は都合のええ運転手として目をつけられたんか。

　誘われるんは初めてやない。ガソリン代と飯代出してくれるんやったら、て返事したら「今回は僕が運転する」言われて目ん玉飛び出そうやった。

　いつ免許取ったんや。子どもが生まれたあとか。俺が質問攻めにしても、従兄はしたり顔するばっかで答えてくれへん。どこ連れてくつもりか聞いても「楽しみにしとけ」ばっかりで。教える気ィゼロなんやな思たから、俺も聞くん止めたけど。

　高速道路に乗ってだいたい三時間。知らんうちに寝とったみたいで、「着いたぞ」て起こされた時、目の前に海が広がっとった。

　海に来たこと無いわけちゃうけど、普段ほとんど嗅がへん磯の香りと、断続的な波の音が新鮮でテンションが上がる。水平線てあんなスッキリしとるんやな、あそこに船あるやん、て子どもみたいにはしゃいでしもた。

　一通り楽しんでから、改めて従兄になんで俺をここに連れてきたんか聞いてみた。

「今まで色んなところ連れてってもらったからな。免許も取ったし、家族サービスの練習ついでに今度は僕が連れ回してやろうかと。それと、誕生日おめでとう」

　ぶっきらぼうに渡されたんは、今時子どもでも作らなそうな〝なんでも言うこと聞く券〟やった。

　ほんなら連れ回してもらおうやんか。見たことない景色が広がっとるような、遠いとこまで。挑むように券を押しつけたると、「受けてたとう」て従兄は自信たっぷりに笑った。