第4話

「乱暴な真似をしてすみませんでした」


 真っ白な部屋。白い軍服のようなものを着ている3人の人。私は白い折り畳みの椅子をすすめられ、座らされると、一人の若い男がテーブルを挟んで、その前に同じ椅子を置いて話し始めた。


「まず、最初に」

何を言われるのかと身構える。

「最初に、わかっていただかないといけないことがあります」

「なんですか?」

当たり前だが、私は疑ったままだ。

「私たちは、奴等と違って、あなた方の味方だということです」

奴等?味方?意味がわからない。

「これは一体どういう状況なの? 大体ここはどこなの? 私は一体何を見て、何を見てなかったの? 夢なの? それとも全部現実?!」

私は一気にまくしたてた。


「一つずつ答えます。ここは、時間と空間を遮断している場所です。詳しいことは言えませんが。だから、あなたの声や行動は何も外には聞こえないし、確認されません。ここから出れば、入る前から1秒も経っていないことがわかるでしょう」

「そんな場所が?」

「そして、二番目の質問に答えるなら、残念ながら……現実です。あなたの見たもの全て。そして、一部分については、『偽物』です」


 ――偽物?


「偽物って何? 何がどう偽物なの?」

私は頭の中を探す。いや、想像するのも恐ろしいことが起きているかもしれないと思う。

「……菜々恵の傷……とか、ですか」

「それは、ほんの一部分に過ぎませんが」

「昨日の擦り傷を、生まれつきの傷だと……」

「嘘ではないんです。彼女にとってみれば、生まれつきなんです」 

わからない。わからない。何を言われているのか。

「どういうこと?? さっぱりわからない!!」


 目の前の男は、ふぅと息をついて、私の目を真っ直ぐ見た。そして、続ける。


「あの洞窟の地下で、3Dプリンタのようなもので、プリントアウトされてくる人型を見ましたね?」

「……見たわ。……待って、あれは本当なの?」 

私は焦る。

「あなたの見たものは、全て、本当なんです」

彼は更に続ける。 

「奴らは、あの人型に、AIを埋め込んでいます」

「AIを?」

「人間の脳とAIのハイブリッドな頭脳を持つ人類を作ろうとしているんです。『人間の感情』を持ったままAIの能力を持つ新しい人類を」

「待って、待って! 何のためにそんなことを?!」

「『研究』したいからです。奴らは純粋な『研究者』たちなんです」

「だから……サンプルが大量に必要だと……?」 

「その通りです」

「そんなの、急に人が失踪し続ければ大騒ぎになるんじゃ…………あっ!!」

「お気付きになりましたか。だから、3Dプリンタなんです。それを生成するための原料となるのは……」

「やめて!! やめて! やめて!!」


 恐らく、何らかの方法で、各人のデータを全て算出した後、それぞれの体そのものを原料として……。


「だから、あんな捕まえ方だったの?」

物凄い粘着力のある、噛み捨てられたガムのような接着剤を放出する機械。それによって菜々恵は捕らえられた。私はなんとか逃げ出せたけれど。

 個体をなるべく傷つけないやり方で捕獲したのだろう。

「熊も?熊も偽物?」

「熊も。通りかかった人も偽物です」


「菜々恵はどうなったの?! 和馬は?!」

泣き叫ぶ私の前で、彼は静かに頭を横に振った。

「嘘!! あれは偽物だっていうの?!」

「……ええ」


 私は、両手で顔を覆う。


「どうやって……どうやって偽物だと見分けるの……?」

「耳の裏側に、バーコードのような小さな印が。よく見ないと、髪の毛に同化して殆ど見えません。……ただ、」

男は目をそらす。

「偽物自身が、自分が偽物である自覚がないのが厄介なところです」

「『研究者』たちは、何が目的なの?」

「さっきも言いました。彼らの目的は、完璧に、人間の感情を持った偽物を作ることです」

「成功例は?」

「今、探しているところでしょう」


 

 私の大体の質問が終わると、私は白い部屋から開放された。私は、管理棟の化粧室へと急ぐ。

「なになになに、史香? 外で待ってるんじゃなかったの?」

そう言う菜々恵の髪を持ち上げ、耳の後ろを見た。

「ごめんね、私のピアスのキャッチがなくなっててさ。菜々恵、間違ってつけてないかと思って」

誤魔化しながらだ。


 ある。小さくて、大抵は見落とすようなバーコード。


 私は項垂うなだれた。


「間違ってつけてた?」

菜々恵が慌てる。

「いや、私の勘違いだった。ごめんね」

そう言って、そこを離れる。


 菜々恵は完璧に「本物」と変わらないか?

 否。さっき、擦り傷のことで既にバグが出ている。他にもあるのかも知れない。


 

 適当な理由をつけて、和馬の耳の後ろも確認した。ある。


「和馬、さっきから、ずっと物の成分やら学名でいろんな物を表現するんだ。わけがわからない」

蓮が、困ったように言ってくる

 そうか。和馬にもバグが……。


 私は、白い部屋で聞いたことを、蓮に全部話した。

「まさか!! そんな! 二人が偽物?!」

「彼ら自身は自分が偽物だって気付いていないの。だけど、バグが出てる。研究者が探しているのは、完全なAIと人間のハイブリッド……」

「クソッ!! そんな物できるわけないだろ!! なんで和馬も菜々恵も……」

泣きながらしゃがみ込む蓮の背中に、そっと手を置き、背中を擦りながら、蓮の隣にしゃがみ込む。


「!!」


 蓮の髪を優しくなでながら、私が、蓮の耳の後ろに見たもの……


 小さなバーコードだった。


 いつの間に? 慌てて思い出す。あの洞窟の中、私がウトウトしている間に、蓮は既に奴らに捕獲されていたのだ。そして、自分が偽物になっていることも気付かず、ずっと私達と一緒に行動していたのだ。


 蓮だけは違うと思っていた。全くいつも通りの「彼」で、喜怒哀楽も、本当にいつも通りだったから。



 つまりは、彼は、ほぼ「完成形」ということになるのだろう。

 こんなに「蓮」なのに、「蓮」じゃないなんて……。



 辛くて辛くて辛くて号泣した。


 彼はそのうち「研究者」たちに回収されてしまうのだろうか? 

 そして、それを私は止めることができないのだろうか?

 あの「白い人」たちは、私達の味方だと言った。いざという時、助けてくれるのだろうか?

 私たちは、これからも普通の恋人同士でいて構わないのだろうか?



 何も、何も、何一つわからない。


 神様が本当にいるのなら。

 この終わることない悪夢から、

 私を救って下さい。

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エンドレスドリーム 緋雪 @hiyuki0714

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