第3話

 必死で、来た道を走り戻る。後ろからは何か機械のようなものが追いかけてくる。


 どんな形をしているのかもわからないが、そいつがライトをつけたおかげで、逃げ道が照らされた。


 和馬が途中まで来ていた。菜々恵も和馬の後ろに隠れている。

「和馬!! 逃げるぞ!! 扉を開けるんだ!!」

 蓮が和馬に向かって叫ぶ。

 

 和馬は菜々恵の手を取り、ドアの方へと走った。


 プシュッ プシュッ プシュッ


 機械から変な音がしたかと思うと、靴下が地面にくっつき、私は転んでしまった。蓮は、力いっぱい、私を引き上げると、そのまま片腕で私を引っ張った。

 靴下が脱げ、バランスを崩しながらも、私は蓮の力を借りながら、必死で走った。


 

 ドアは和馬一人では開かない。蓮が和馬と一緒に、思いっ切り押し開けた。


「開いた!!」


 と思った瞬間、


「キャアアアア!!」

 背後で菜々恵の悲鳴がする。


 菜々恵は、服のあちらこちらに、さっきの攻撃を受け、床から動けなくなっていた。

「菜々恵!!」

 和馬が菜々恵を助けに走った、その時だった。


 ドアを開けていた力のバランスが崩れ、ドアは重みで閉まってしまったのだ。


「菜々恵ー!!! 和馬ー!!!」

 既に外に出ていた蓮と私は、二人の名前を叫びながら、ドアを開けようとした。……が、びくともしなかった。



「はっ! 警察を! 誰か応援を!!」

 私が気付いて、蓮に言った時、向こうから人が歩いてくるのが見えた。

「手伝ってもらおう!」

 私は、その人の所へ走った。蓮も一旦ドアの取っ手から手を離し、その人を手招いた。


 その人は、そのドアを見るなり、大笑いをする。

「あんたら、これ、引っ張ってたの?」

「え?」

「よく見てみなよ」

 そこには、頑丈な石壁に打ち込まれた、コの字型の太い鉄の棒があるだけだった。

「あーあ、どっかのガキが落書きしたんだな〜。ドアみたいにチョークで書いてな〜」

 彼は、笑いながら、手でドアの枠を消して見せた。


「嘘だろ……」

「ここに、友だちが二人閉じ込められてるんです、助けて下さい!!」

「大体どうやって入ったの?」

「追いかけられたの!!」

 もう涙が出てきて止まらない。

「夜中、熊に追いかけられたんです! それで、熊から逃れるためにここに隠れました。友達と僕ら4人で。そうしたら……二人が閉じ込められてしまったんです!」

「熊ぁ??熊なんか出ないよ、この辺。」

「そんなはずありません! 追いかけられたんです!!」

 私はもう泣きながら叫んだ。


「行こう……史香。車まで戻って、どうしたらいいか考えよう……」

 蓮が、泣きじゃくる私の肩を抱いて、私達は歩き始めた。


 坂を下ると、キャンプ場が見えて来た。


 と、私達は愕然とする。

「菜々恵?……嘘……菜々恵がいる」

「和馬もだ……。一体どうやって……?」


 私達は自分たちの車に駆け寄った。

「菜々恵? 菜々恵?? ホントに?? ホントに菜々恵?」

 私の問いかけに、大笑いする菜々恵。

「もー、寝ぼけてるの?」

「お前たち、どうやってここに?」

 蓮も驚いている。

「ほら〜、もうどうしたの、二人とも。何があったの?」


 菜々恵は大笑いしているが、和馬が、変な顔をする。

「朝起きたら、二人がいなくてさ。その辺散策に行ったのかな〜、って言ってたんだけど、何かあったのか?」

「昨日の夜中に熊が……熊に追われて、変な洞窟に入っちゃって、そこで見つかって、お前らが閉じ込められて……」

 言いながら、蓮がしゃがみ込んだ。

「蓮?」

 和馬が覗き込む。

「よかった……なんでもいい……もう夢でもなんでもいいよ、よかった、無事でいてくれて……」

 蓮が泣いていた。私も、そんな蓮を抱きしめて、泣いた。



 二人で管理棟にも行ってみた。ドアも壊れていなかったし、中を熊が走ったような形跡もなかった。


「二人で同じ夢を見ることって……」

「あるんだね……」


 昨日の夜中通って逃げたと思った非常口まで歩いて、帰ろうか、と帰りかけて、ふと思う。


「このドア開けたら、あの場所に繋がる……とかないよね?」


「えっ?」


「まさかだよね」


 ドアを開けかけた私の手を、蓮は、パッと掴んだ。


「やめよう」

「蓮……?」

「とにかく、二人が無事に帰ってきてくれたんだ。もういいよ、あれは悪い夢だ」

 私はドアノブから手を離した。

「そうだね。……そうだよ。帰ろう。菜々恵も和馬も心配してるかも」

 二人、ギュッと手を繋いで、管理棟を後にした。



「ほら、テントとか全部片付けるから、中の物も、そこのシートも片付けてー」

 蓮が皆に指示を出す。私達は、朝ご飯を食べた後のシートや、ゴミを片付けた。


 ふと、スカートに履き替えた菜々恵の足に、擦り傷があることに気付く。これは……。

「ね、ねえ、菜々恵。その足の傷どうした?」

 私の言葉に、菜々恵は、その傷をチラッと見ると、

「ああ、これ?生まれつきだよ」

 と言った。


 ――生まれつき? 生まれつきの擦り傷? ほんの数時間前についたような傷が??


 思い出した。あの時の傷だ。熊に追われて、管理棟のドアの所で躓いて転んでできた擦り傷……。


 ――まさか。まさか、あれはやっぱり夢じゃなかった?? でも……



 帰り支度ができ、軽く化粧をしておきたいからと、菜々恵と二人、管理棟の化粧室に行く。私はいつもササッと。菜々恵の化粧には時間がかかる。


「菜々恵、外で待ってるね」

「はーい」



 菜々恵を化粧室に残したまま、私は、非常口へと向かった。

 

 息を大きく一つして、そのドアを開けた。昨日の重いドアがあった石を目指す。


 ゴクリと唾を飲み込んだ。


 そこには、間違いなく、ドアがあったのだ。子供の落書きなどではない、あの、男二人でやっと開けられるような重いドアが。


 きびすを返して、管理棟へ戻ろうとしたその時、目の前が真っ白になり、何かに押さえつけられた。

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