第2話

「ここ、何のための場所なんだろうね?」

 まだ心臓がドキドキいうし、身体は震えている。そんな私の手をしっかり握りしめ、

「みんな大丈夫か? 怪我はない?」

 れんは、皆に声をかけた。

菜々恵ななえ? ……菜々恵?? 大丈夫か?」

 和馬かずまが菜々恵に問いかけると、彼女は彼に強く抱きつき、震えながら泣いていた。まだ恐怖からか声が出ないようだ。


「そうだ、和馬、スマホ持ってたよね、さっき? 警察に電話しよう」

 私がそう言うと、和馬がポケットを探る。

「ない! ない! 落としたみたいだ……。史香ふみかは?」

「あたしのは最初からテントの中だよ」

「待って、俺が持ってる。俺がかける」

 そう言うと、蓮が110番通報した。が、繋がらない。圏外なのだ。

「ドアからすぐの場所なのに?」

 皆、顔を見合わせた。


「ここ、防空壕とかなのかも?」

 和馬が言う。敵の攻撃に遭ったときに逃げ込む洞窟で、簡単には開けられないように分厚い扉を作ったのではないかと、彼は推測する。

「作られた時代が古くて、スマホの電波が通らないことなんて考えもしなかったんじゃないかな……」


「奥に行けば他のところから出られたりするのかな?」

 奥の方に向かって、蓮は自分のスマホのライトを照らしてみた。

「どれくらい続いているのか、わからないな。下手に動くと危ないかも知れない。朝になったら、ここを出て、すぐ警察に報せよう」


 蓮のその言葉に、菜々恵が反応した。

「いやだ……また熊に追いかけられるのはいやだ……」

 まだ震えが止まらない菜々恵の足を、私はさする。

「ほら〜、サンダル脱げちゃったから、裸足じゃん。あたしの靴貸してあげるから」

「でも、それじゃ史香のが……」

「大丈夫。虫刺されが嫌だから、靴下は分厚いの履いてるから、ほら」

「ホントだ……あ……でも……」

 そうか、私が分厚い靴下を履いていても入るサイズの靴だし、同じくらいのサイズでも、元々菜々恵の方がかなり華奢だ。どれだけ靴紐をきつくしても脱げてしまいそうだった。

「じゃあ、俺の靴下履けよ、菜々恵」

 和馬が自分の靴下を脱いだ。

「俺の靴下じゃサイズ違い過ぎるけど、これで靴が脱げなくなるだろ?」


 そうやって再度靴を履かせると、菜々恵の足に丁度よくなり、みんな少しホッとした。彼女の足には躓いて転んだときの擦り傷もできていたが、それは、今どうしようもないので、ここを出てから手当しようね、と、私がなだめた。



 少しウトウトとし始めた頃だった。


「史香、史香、起きられるか?」

 耳元で蓮が囁くように言う。黙って頷くと、彼は、先に眠ってしまった二人に気づかれぬように、スマホに文字を打った。


「奥から青白い光が見える。菜々恵を起こすとまたパニックを起こすかもしれない。二人はここにひとまず置いて、見てこよう」


 私は再度、黙って頷いた。



 少し歩いていて気付いた。床が、土の感触でもコンクリートの感触でもないのだ。私は、しゃがんで床を触ってみた。スベスベした滑らかさ。なんで……?

「床、スベスベしてる。なんでだろう?」

 蓮を引っ張って、スマホを借り、打ち込んで見せた。彼も床を確かめた。

「待ってて、奥を見てくるから」

 蓮はそう打ち込んだが、私は彼の胸でイヤイヤをして、彼の手をギュッと握った。

「わかった。いこう」

 蓮は私の手を握り返した。



 ゆっくりと壁伝いに歩くと、蓮が言っていた「青白い」光が見えて来た。光を頼りに、更にずっと奥へと歩いてくと、廊下は、下へ向かう緩い階段になっているのが見て取れた。

 そうっと、音を消して下に降りていく。青白い光が段々と白っぽくなって、辺りがどんどん見えるようになってきた。


 と、ピーッピーッピーッという微かな音。


 耳鳴りのような、嫌な音がしてきた。


 私は、蓮の手をギュッと握る。彼は、それに頷いた。

 ゆっくりと、更に下に降りていく。身を低くしながら。


 音は段々と大きくなり、話し声のような、けれど聞き取れない音も混ざってきた。蓮と私は顔を見合わせる。

 

 もう少し階段を降りた時だった。


「!」

 私は自分で口を押さえて声を殺した。


 白衣を着た4、5人ほどの人間が、機械のようなものを操作していたからだ。


 トントンと、蓮が私の肩を叩いた。

「スマホはあぶなそうだ。もじにしよう」

 床にそう書いた。私は頷く。

「なにかをつくってるみたいだな」

 と、蓮。縦に3mくらいの細長いケースが幾つか並び、ケースの上からオレンジ色に見える液体のようなものが細く、高速で下に落ちて来ている。

「なんだろう?」

 ピーッピーッピーッピーッ

 一つの機械から音が鳴って、ケースの中でドライアイスのような霧が晴れた。


「!!」

 もう少しで声が出るところだった。そこには、一体の人間の体があった。


 再度、蓮の手をギュッと握る。彼も私の手を握り返してそれに応え、もう一箇所を指差した。


「もうすぐ、できる」


 次のケースには8割方できた人間の体。顔や肌の色、身長などが、さっきの物とは異なる。物凄い速さで上から出てくる液体状のものが組み上がり、それを作っていくのだ。


「ひとがた?」

 私が書くと、蓮は、少し躊躇ためらうように、

「いや、たぶん、」

 そこまで書いて指を止め、ちょっと間を置いて、 

「3Dプリンタみたいなものかも」

 

 それって……表面だけじゃないよね、作られてるの?……そんなこと、できるの?


「なにかのじっけんきかんかも」

 蓮が書く。

「じっけん?」

「きけんなきがする。はなれよう」

 蓮が私の手を取り、そうっとその話を離れようとした時だった。


 カシャンカシャン


 カシャンカシャン


 カシャンカシャン


 機械が動いているような音が近付いてくる。


「気付かれた!! 早く!!」

 蓮が声に出して言うと、私を引っ張った。

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