エンドレスドリーム

緋雪

第1話

「ひゃ〜、あっついね〜。やっぱ海がよかったんじゃない?」

「ここまで車でこれるんだからさぁ、そういう文句言わないの」

 島崎しまざき菜々恵ななえのちょっとしたクレームを、尾形おがた和馬かずまがたしなめている。


 A県のB山の中腹。車がやっとすれ違えるほどの道を上がってくると、突然開けた場所に出た。最近できたキャンプ場なんだ、と、私の彼氏の浅間あさまれんが言っていた。既に何台かキャンピングカーや、大きな車が停まっていたり、テントやタープを張っているグループもあった。

 辺りは随分と広く、そこに高い木々が被さるように、木陰を作っている。木の間から落ちてくる日の光はキラキラと、真夏の始まりを告げていた。


 私達4人は、大学の同じゼミ生で、和馬は菜々恵の彼氏だ。夏休みに入ってすぐ、みんなでスケジュールを合わせて、この山にキャンプに来たのだった。



 7月の日差しは肌に重いくらいだ。所々でまともに日が差している。

「早く、場所取り! 木陰にしないと日焼けするぞ!」

 和馬が笑って言う。日焼け! 年頃の女子にとっては、何としても避けねばならない。

「困る!! 困る! 困る! 困る!」

 と言いながら、何も持たずに菜々恵は、一本の樹の下を選んで走っていった。空を睨んでいる。

 私達は笑いながら、菜々恵が選んだ場所へと車を動かした。


「ねえ、史香ふみか

 男の子たちがテントとタープを立てている間に、私と菜々恵は、バーベキューの食材を車から運び出していた。

 史香、矢野やの史香ふみか、私の名前だ。

「何?」

「うちらどっちが車で寝るの?」

「男の子たちがテントで、うちらは車内ね。菜々恵、夜中に蚊とか虫とか、音だけでも嫌でしょ?」

「え〜、そうじゃなくてさ。そこはさ、ね、譲ってよ」

「譲る?」 

「あたしと和馬の二人が車で寝られるようにしてくれない?」

「はぁ?!」

 思わず大きな声が出て、男の子たちが、どうした?と向こうから声をかけてくる。なんでもないなんでもない。手を振って答える私。それにしても……。

「もう半同棲状態なんだし、今更、じゃない? ……まあ、いいけどさぁ」

 私は若干呆れながら、承諾した。


 バーベキューが終わって、流しで皿を洗う。向こうの管理棟に飲み物の自販機があると聞いて、和馬と菜々恵は行ってしまった。

 私は蓮に菜々恵の提案を告げる。

「あははは。菜々恵らしい。俺はいいよ。史香が嫌じゃなかったらだけど?」

「嫌なわけないじゃん! 虫なんか閉めちゃえば入らないのに、ねえ。熊ならともかく」

「あはは。熊も、そんなに簡単に遭遇できないって。すぐそこの管理棟は24時間開いてるんだし、いろいろ大丈夫だよ」

「そうだね」




 それは夜中のことだった。


 パキッ、パキッ……という音で、私は目を覚ます。隣で蓮も起きた気配がした。

「足音?何だろう?」

 恐る恐るテントから外を見ると、菜々恵。

「も〜、びっくりした。何?」

「かゆみ止め持ってない? 刺されちゃって。あと、なんか車の中にも虫が入っちゃってるみたいなんだよね」

 菜々恵の格好を見て、二度驚く。寝るときのいつものパジャマに裸足にサンダルだ。絶対に車からここまで来るまでにも刺されているに違いない。

「ほら、早くこっち入って。史香、菜々恵の手当てよろしく。俺は車の中の虫退治に行ってくる」

 蓮が殺虫剤を持って車へと向かった。


 なんとなく四人とも外に出てきてしまった。

「いや〜、月が明るい〜。懐中電灯なしでも歩けるね」

 と、私。

「満月が近かったっけかな?」

 スマホで調べている蓮。

「夜でもやっぱり蒸し暑いな〜、涼しい車の方とっちゃってごめん、史香」

 私は、いいよいいよ、と和馬に笑ってみせた。

「な〜んか、眠気覚めたよね〜」

 笑って言う菜々恵。いや、あなたが原因だからね。


 蓮もため息一つ。

「ほら、騒ぐと他の人達に迷惑だから。もう戻って寝よう」

 提案した時だった。


 後方で、パキッ、パキッ……と音がする。皆でそうっと後ろを向いて、固まった。

 

 熊がいた。


 悲鳴を上げそうになる菜々恵の口を必死で押さえる私。こういう時、叫んだりするのは逆効果だと聞いたことがある。

「お、おい、どうしたらいい?」

 和馬が震える声で、蓮に聞いている。

「静かに。このまま熊の方を向いたまま後ずさりだ。管理棟まで下がったら、パッと逃げ込む。いい?」

「大きい声出しちゃダメだよ、菜々恵」

 うんうんうん。私に口を押さえられたまま、菜々恵はうなずく。


 途中、熊は、私達の車の中からするバーベキューの残りの肉や他の食料の匂いに気付いたらしく、そっちに気を取られた。

 丁度、管理棟の入口に差し掛かっていた私達は、素早く中へ入った。

 筈だった。


 ドアを閉める直前に、菜々恵がつまずいた。


 バタン!!


 大きな音がして、菜々恵が転ぶ。和馬が引き摺り込んで、急いでドアの鍵を締めた。管理人を呼ぶが返事がない。警察に電話を、と和馬がスマホを取り出したが、そんなことをしている場合ではなさそうだった。


 ドン!! ドン!! ドン!!


 入口は今にも壊されそうだ。


「こっちだ!」

 蓮が、非常口のマークを見つける。

「早く!」

 私も和馬を誘導する。腰を抜かしている菜々恵は、和馬が背負った。



 バンッ!! ガチャン!!


 後方で管理棟のドアが壊された音がした。



 非常口を出て、管理棟から少し登ったところに地下室に入るようなドアがあった。鍵は開いている。


「早く!!」


 蓮と和馬、二人で開けるのがやっとの重いドアを開けると、4人、そこに逃げ込んだ。

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