学園アリスは、推理しない
巫夏希
プロローグ
第1話 プロローグ
人生の中で、楽しいことと辛いことが半分ずつあるとするなら、先にどちらを手に入れたいかと言われてしまうと、きっと百人中百人が同じ答えを出すことは有り得ない——ある人間は先に楽しいことをしてしまい、ある人間は先に辛いことを終わらせてしまい、ある人間は交互にそれを行いたいなどと思うこともあるだろう。
けれども、それは人間の人生がそうであると定められていることを知っていれば、の話であり、実際は自分の人生を死ぬまで予期できる人間は居ない。ダヴィンチだってアインシュタインだって出来なかったはずだ。あまねく天才であっても、自分の人生を予知することは出来ない。それは、ずっと昔から言われていることで、人間の限界であるとも言えるだろう。
超能力者なんて、存在する訳がない。
存在しているなら、きっとインターネット全盛期のこのご時世、直ぐに世界中に広まってしまうだろうから。
とはいえ、そんな考えすら平凡であると言われれば、それまでなのだろうけれど。
さりとて、天才は居る。
ぼくのような凡人が、何をしたって敵うはずのない、天才は居るのだ。
天才が居るから、凡才が居るのだろう。そして天才は、やはり変わり者が多い。アインシュタインだって、ダヴィンチだって、古くを遡ればアリストテレスやプラトンだって、変人のエピソードには事欠かない。
しかし、天才を育てようというのは間違っている。
天才とは、生まれた時から天才だから天才なのだ。
それ以上に、言えることはないし、言えないこともない。
「……ついに、来たか」
翻って、語り手である人間を紹介するべきかどうかと言われると、やはり疑問が浮かぶ。天才ばかりを目の当たりにしたいのであって、こんな凡人を見たところで何の価値もないことは、火を見るより明らかだった。或いは煙を見ただけで火事が起きたと錯覚出来る程かもしれないな。
つまりは、語り手である人間——ぼくの説明など、不要だろう。多くの人間が聞きたがらないし、聞く価値もない——人間というのは、そういう自己満足であり自己中心であり自己犠牲な存在なのだから。
ぼくはそんなことに慣れている。
慣れっこだ。
飽き飽きしたぐらいにね。
「ごきげんよう。まあ、今日もお美しいこと」
「あらあら、あなただってお美しいわねえ。磨きが掛かっているように見えるけれど」
校門を潜っていく人間は、誰もが気品のある人間だ。
お嬢様、と言っても良いだろう。
しかし、気品だけがあるのではなく——頭脳明晰であることも付け加えておく。
神は二物を与えないとは言ったものだが、しかしこれを見ると間違いではないか、そう錯覚に陥ってしまう。
私立有栖川学園。
それは、世界最高の頭脳を育て上げるために作り上げられた超天才級の学園だ。
そうは言っても、ぼくみたいな凡人が入学することが出来るぐらい、学力の範囲は広い。とはいえ、入学試験の点数が良ければ良い程特待生として様々な優遇が受けられるのだから、別にそこをとやかく言うつもりはないのだけれど。
ぼくが、ここに入ることが出来たのも、偶然と言って差し支えない。何故ならば入る原因と成り得た入学試験は、何故だか知らないけれどかなり低い点数だと思っていたのに、偶然が偶然を呼んで正解し続けていたらしい——それでも点数は合格ラインギリギリだったらしいけれど。ぼくからしてみれば、良くこんな点数で受かったものだと思う。
受かったからには、きちんと暮らしていこうと思っている。
まあ、ぼくの実力からして、ストレートで卒業出来るとは毛頭考えていない。努力すれば良いのだろうが、努力なんて考えたこともない。
いつも、行き当たりばったりで何とかなっている。
それもそれで、人によっては凄いと言われるのかもしれないけれど。
さて。
いつまでもモノローグに浸っていては、そろそろ読者も離れていく頃合いだろう。プロローグというのは小説において大事な物の一つではあるけれど、しかしながらこのモノローグはどういう部類に入るのやら。一度聞いてみたいものではある。
……終着点が見えないけれど、ぼくは、これだけは言っておきたい。
それは、ぼくのポリシーであり、考えであり、価値観であり。
或いはそうではないのかもしれないけれど。
ただ一言だけで言うのであれば——波風を立てることなく、平穏に暮らしたい。
ただ、それだけだ。
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