第7話 作戦

「……一度出直すことにしましょうか」


 意外にも、話を切り出したのはアリスだった。


「え、ええと?」

「したくないのでしょう、いざこざが起きることは。だったら、こちらにも考えはありますから」


 アリスは言うと、すたすたと学生課を後にする。


「お、おい! ちょっと待てよ……!」


 ぼくは一礼すると、アリスを追いかけるように出て行くのだった。



 ◇◇◇



「おい、何を考えているんだ?」


 建物を出たところで、漸くアリスが捕まったので、ぼくは詰問した。


「何が?」

「何が、じゃない。まさかとは思うが、適当に動いているんじゃないだろうな?」

「いやいや、そんなことはないよ。わたしは一応この学園では先輩に当たるんだぞ? あの人間の好きなことぐらい簡単に分かるよ」

「つまり協力してくれると?」

「超能力者に出会えるというのなら、喜んで協力するよ。しかし、まさかシステムに頼ることになるとは思いもしなかったけれど。システムは完璧ではあるけれど、如何せんそれを使う人間の人間性がねえ」


 それ、鏡を見て言えるか?

 まあ、今の状況から打開するアイディアが出てこないし、仕方ないのだけれど。


「彼女は甘い物が好きなんだよ」


 ぽつり、と。

 アリスはそう呟いた。


「甘い物? まあ、女性ならそれは良くある好物なんじゃないか。で、それが?」

「その中でも絶対に好きな甘い物がある。何だと思う?」


 何だろう。タピオカミルクティーとか?


「タピオカミルクティーはもう流行から廃れているよ。流石にもう少し考えてくれるものとばかり思っていたけれど……。ヒントは、この辺りで絶対に購入出来て土日になるとかなり混雑するお店。さあ、何処だ?」


 近辺にそんなお店あったかな? 生憎、スイーツには疎くて。


「ああ、もしかして冠天堂?」


 一緒に居るけれどあんまり言葉を出してこないあずさが、代わりに答えた。


「冠天堂?」

「知らないか? ゆるふわロールケーキ、と言えば少しは名が知れていると思うけれど」


 あー、待てよ。それなら聞いたことがあるぞ。ちょいと前に流行っていたロールケーキじゃなかったっけ? ふわふわのスポンジ生地に、あんこたっぷりのホイップクリームを入れて巻き込んだ、って奴。それがそんなに美味しいのか? 一度も食べたことはないけれどね。


「えーっ! 勿体ない、人生十年は損していますよ!」


 あずさが言い放つ。それは言い過ぎだろ、流石に。


「いや? そうでもないぞ。冠天堂は結構有名だったはずだけれどね。かつては江ノ島と何処かの地方都市にしかなかったらしいけれど、こんな街にも出来たんだよ。まあ、生ものを扱っている訳ではないし、目玉のフルーツパーラーが出来ていないから満足度はいまいちらしいけれど」

「詳しいじゃないか、アリス。お前も冠天堂の虜なのか?」

「まあ、食べることは食べるけれど。別に、毎日食べたい程ではないかな」


 別にそこまでは言っていねえよ。

 というか、毎日ロールケーキを食べたら胃もたれしそうな気がする……。そんなことがないように胃が鍛えられるのかもしれないけれどな。それぐらいしないと、スイーツ巡りなんぞ夢のまた夢、みたいな。そういう意味では大変だな。


「勝手に話を結論づけないでくれるかな?」


 別に結論づけてはいないけれどな。

 話を進めてはいるかもしれないが。

 で、その冠天堂がどうかしたって?


「その冠天堂だが……、森女史のお気に入りって訳さ。毎日食べたいぐらいだと言っていたが、仕事があるから平日は当然出歩けないだろう? 土日も数が限られているからなかなか手に入らない。ロールで買ったとしても、所詮ケーキ。日持ちなどするはずもない……。だから、月に一度食べられれば良い方だ、とか言っていた気がするな」


 何処で?

 そういうネットワークでもあるのかね。裏サイトみたいな。


「おいおい、今は裏サイトなんて作らずに、SNSのアカウントでやりとりしているぞ? まあ、そのSNSも不安定とか言われてて、今はまた裏サイトに回帰する流れも出てきているらしいけれど。流石にそれ以上の話は定かではないな」


 まあ、SNSは最早子供から高齢者まで——誰もが使うツールの一つになっちまった節はあるな。ニュースから何から、何でもそこで仕入れられる。あまりにも簡単にコミュニケーションが取れるから、それはメリットでありデメリットでもある、と時折ニュースで言われることもある。テレビ番組が続々終焉を迎えていったのも、SNSが発展したからであり、インターネットが発達したからであることは、火を見るより明らかだし。


「……その冠天堂に行って、ロールケーキを買えば良いのか?」

「まあ、平たく言えばそういうことになるかな。平日に手に入らない森女史にロールケーキを差し入れしてあげれば、絶対情報を教えてくれる……。そういうことさ。そうすれば、わたしは超能力者の情報をゲット出来るから、安い物だよ」


 別に超能力者と決まった訳でもないけれどね。

 ぼくの推理が正しければ、それはもっとロートルなやり方だと思うし。

 まあ、とにかく今はその人物を探さないといけないし、そのためにはシステムを司る森さんのご機嫌を取らないといけない訳で……。人間のご機嫌取りが一番面倒臭いかもしれないけれど、これも生きていく上では致し方ないことだ。苦虫を噛み潰した顔になるかもしれないけれど、頑張るしかない。


「それじゃあ、冠天堂へ向かうとするか。案内してくれるか?」

「勿論。わたしもちょうどゆるふわロールケーキが食べたいと思った頃だし」

「あっ、わ、わたしもです!」


 それは良いけれど、割り勘で頼むな。

 お小遣いはそんな貰っていないんだ。


「何をけちくさいことを」

「けちくさいと言い張るなよ。お嬢様だから分からないのかもしれないが——」


 こいつ、けちくさいとか言いやがって。金持ちオーラを漂わせているくせに……。


「——それぐらい、わたしが全部出します」


 前言撤回。

 やはり金持ちは気前が良いな。


「え、良いんですか。わたしも?」

「ええ、良いですよ。だって、超能力者に出会うためなら、安い買い物ですから。それに……。結構面白いですし、今」

「そうか?」


 こうやって、あーでもないこーでもない言っていることが?

 生産性はないような気がするけれど……、まあ、アリスが楽しいと言うなら良しとするか。

 そう思い、ぼく達は一路冠天堂のある駅前へと向かうのだった。

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