第23話 料理

「遅かったよ。何を道草食っていたのか……。そんな食べられるぐらいに道草があるのなら、こちらにも分けてほしいぐらいだね」


 最大限の皮肉を投げられたような気がする——というか、自分達は悠々自適にクーラーの効いた部屋で過ごしていたのなら、労いの言葉ぐらい一つ掛けたらどうなんだよ。

 こっちは全然そんなことを欲してはいないけれども、最初にそんな文句を言われたら、こっちだって態度を変えざるを得ない。


「まあまあ、こっちだって事情があったのだから……。カレーで良いよね?」

「カレー! 良いじゃない。合宿の定番よね」


 アリスは目の色を変えて——ついでに声色まで変えて、反応した。

 そんなにカレーが食べたかったのか。

 だったらそう言えば良かったのに。


「別にカレーが食べたいとかそういう訳ではなくて……。それで帳消しになった訳でもないからね。もしかして、これを免罪符とでも思っている?」

「いいえ、全く」


 アリスの理不尽な質問にも我関せずだ。

 流石は同じ学校に通う姉を持っている、と言えるだろう。納得せざるを得ないし、この対応の素晴らしさは感嘆する。


「ご飯を炊く時間は惜しいから、これで良いよね?」


 そう言って取り出したのは、レンジで温めるライスだ。正式名称は何と言えば良いのか分からないけれど、レンジで温めるだけで食べられるのは、非常に手軽なんだよな。ぼくもやる気が出ない時は良くお世話になっている。これに適当におかずを用意すれば、それで立派な食事の出来上がりだ……。栄養バランスは、くそ食らえだけれど。


「栄養バランスぐらい考えて食事しなさいよ……。ってか、何でわたしが管理栄養士みたいなことを言っているのかしら?」


 さあね。

 どちらかというと、母親みたいな物言いだけれど——それは言わない方が良いかな?

 因みにぼく達は今キッチンに居る。アリスは料理という類いをしたことがないのか苦手なのか定かではないけれど、参加するつもりはないそうだ。

 ぼくと、和紗——それとあずさの三人。

 因みに今回の依頼人である——ええと、誰だっけ? すっかり忘れてしまったけれども、陸上部の彼女は夜のトレーニングに励んでいる。こういうとちょっと変な意味に囚われがちだけれど、単に走り込みをしているだけだ。彼女曰く、お腹を空かせて美味しい食事を取りたいですから! ってことらしいけれど、既に何周もグラウンドを走っているらしいし、栄養的にはぼちぼち取らないと不味い気もするけれどな。それはあんまり言わない方が良いのかな、門外漢だし。


「それにしても、あずさも手伝ってくれるとは、助かるよ」

「料理を作るのは、そう簡単ではありませんから。それにカレーでしょう? 食材を切るのがそう直ぐに終わるはずがありませんから、微力ながらお手伝いをさせていただきますよ」

「それは助かるね」


 何せ、ぼくは料理という類いが何一つ出来やしない——アリスのことを、何も笑えないのだ。

 元々笑うつもりはないのだけれどね。

 しかし、食材の買い出しを手伝った点は、大きなプラスポイントと言っても過言ではないのではないだろうか?


「まあ、及第点かしらね。別に買い出しに手伝ってくれとは言った訳ではなく、自発的に手伝ってくれたのだし。そこは良いんじゃない、誇っても」

「誇るつもりはないけれど……。それはそれで、見窄らしくならないか?」

「間違っちゃいないかな。……それじゃあ、あずさ、人参を切ってくれる? わたしは肉を切るから」


 ぼくは何をすれば?


「ジャガイモの皮むきでもやる?」


 不器用な人間にやらせても良いのなら、何でも受け入れようじゃないか。


「流石にそれで爆発とかしないでしょうから、良いけれど」


 爆発するなら駄目なのかよ。

 じゃあ、絶対コンロは使えないな。

 流石にお湯を沸かすぐらいなら出来るけれどさ。

 とにかく、ぼくはジャガイモの皮むきを進めることにした。せっせと皮を剥いて、そうして水を張った銀色のボウルにそれを入れていく。何でそれをするのかすっかり忘れてしまったけれど、あくを抜くんだっけか?

 そんな試行錯誤をしながら——皮むき如きでそんなにしないと思うけれども——ぼくは皮むきをせっせとこなしていくのだった。

 何となく、工場勤務の人間の気持ちが分かったような、そんな気がした。



 ◇◇◇



 ジャガイモはそんな多くないから、あっという間に皮むきは終わってしまった……。次は何をすれば良い? 玉葱でも剥くか?


「皮むき専門なのはいかがなものなのかしら……。別に良いわよ、後は二人で出来るから、ご飯を食べる準備をしてくれれば良いけれど。割り箸で良いよね?」

「スプーンじゃないのか?」


 副菜とかあるなら話は別だけれど。


「一応スーパーで出来合いの惣菜を購入しておいたのよ。ポテトサラダとコロッケと……これは何だっけ? 酢鶏か」


 酢豚じゃなくて?


「酢鶏。知らないの? 豚肉を揚げるのは非常に面倒だから、鶏の唐揚げを使ったものよ。……これもこれで非常に美味しいの。だから購入した——のかも」


 何で購入したのか覚えていないのかよ。

 それはそれでどうなんだ。


「……取り敢えず、この惣菜をレンジで温めてくれる? 一応言っておくけれど、ポテトサラダは温めなくて良いからね」


 馬鹿にするなよ。

 生卵をレンジに入れて加熱して、そのまま爆発させるとでも思っているのか?

 まあ、それを言ったところで何も解決するはずもなく——今はとにかく和紗に従うしかあるまい。キッチンではやはり女性が強いのだ……。そう思って、ぼくはとぼとぼと惣菜を持ってレンジの方へと向かうのだった。

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