第4話 瞬間移動の怪

「ええと……あの……」


 おどおどした様子で椅子に腰掛けているのは、黒髪のおさげをしている、いかにも優等生っぽい雰囲気の女子生徒だった。

 どうやら文芸部を訪ねてきたようだけれど、もしかして新入部員とか?


「どうかしましたか? ここにやって来るということはもしかして……」

「はい。謎を解いてほしいんです。もうどう考えたって分からない、そんな謎を」


 ……どうやら探偵みたいなことは、ほんとうにやっているらしい。

 それにしてもまさか目の前でそれを見ることが出来ようとは、流石に思いもしなかったけれど。

 ふふ、と笑みを浮かべて言う。


「それなら、お聞かせ願えますか? この白河アリスにお任せあれ」


 さっきの活動報告を読んだ限りだと不安しかないのだけれど……、まあ、良い。とにかく、先ずは話を聞いてから判断することとしよう。

 そうして、彼女——もとい依頼人は話を始めた。

 


  ◇◇◇


  

 大曲あずさは、文学少女だ。

 文学少女と一言で片付けてしまうのは少々さっぱりし過ぎているところもあるので、きちんと説明していくとするならば——本が大好きな少女である。

 図書館で毎週のように本を借りるし、本を買っては読んでの繰り返しをしている。自分の物語を紡いでいきたいということも考えているそうだが、最初の一歩が踏み出せないまま今を生きているらしい。

 それはそれとして。

 ある日、彼女は夕方の午後六時に図書室に居た。

 もう図書委員ですら誰も居ない時間だったので、彼女は慌てて外へ向かっていたのだ。

 何故なら、学校の門限は午後六時。

 一応寮があるので、寮生は出歩いているとはいえ、それはあくまでも構内に限る。

 学校の建屋には、午後六時以降の滞在は認められない。

 彼女は通学しているため、いずれにせよ構内の滞在すら認められることはない。

 違反すれば厳しく罰せられる——なんてことはないが、先生からお叱りの言葉を聞くことになるのは間違いなかった。


「急いで出ないと……。ええと、今の時間は……」


 時計は持っていない。

 当然ながら、スマートフォンは一応校内では出していけないことになっている。一応、というのは昨今の事情でやむを得ない場合は出しても良いこととなっている。例えば、家族に迎えに来てほしい時や、緊急時などが当てはまる。


「……あと、五分!」


 なので、今はそれに当てはまらない。

 スマートフォンを持ってはいるが、真面目なので、絶対にそういった事情がない時は使わないようにしているのだ。

 だから、彼女は教室にある時計を確認し——今が六時五分前であることを確認した。


「やばいなあ……。急いで校門まで向かわないと」


 脳内で弾き出した最短ルートは、約三分。

 つまり、一刻の猶予も許されない。

 そんな時——目の前に生徒が歩いているのを見た。


(こんな時間に、わたし以外に人が居るなんて珍しい……。でも、急いでいる様子もないのだけれど)


 そう思って、彼女は声を掛けようとした——その時だった。

 唐突に、生徒の姿が消えた。

 まるで、何処かに吸い込まれていったかのように。


「……えっ?」


 彼女は急いで駆け寄った。

 しかし、そこには何もなく——ただ廊下が続いているだけだ。扉もなければ、落とし穴もない。ただの廊下が続いていた。


「さようならー」


 遠くから声が聞こえて、ふと彼女は窓から外を見る。ちょうど窓の下には校門があり、彼女が居る三階から下は吹き抜けとなって、渡り廊下のような設計が為されている。

 そして、その光景を見て——彼女は目を丸くした。

 校門を今出ようとしているその生徒は、つい数十秒前に見かけた生徒そのものだったからだ……。

 


  ◇◇◇


  

 うーん。

 話を聞いてはみたものの、ちょっと現実離れしているような感じがする。

 だってそれを一言で言ってしまうならば……。


「瞬間移動……、瞬間移動じゃないかしら、それって」


 見ると、アリスは目をキラキラさせて言っていた。

 ああ、そういうことか……。


「それって間違いなく超能力よ! 瞬間移動を使える人間が、この学校に存在するんだわ! ああ、何て素晴らしいの。まさかこんな間近に大勢の超能力者が居るだなんて」

「……あー、楽しんでいるところ悪いのだけれど、そんなこと有り得ないと思うんだよな」

「どうして?」


 アリスは首を傾げて、訊ねた。


「いや、どう考えたって瞬間移動は有り得ないだろ……。人間だって物質として存在している以上、光速での移動は出来ない。それが出来たとしても、人間としての身体が崩壊しても何らおかしくはないだろ。原子崩壊? っていう奴だったか」


 確か富山県の山奥に、そういった物を実験する施設があったような気がする。あれは、タイムマシンとかそういった類いではなくて、光を高速で移動させるとどうのこうの、だった気がするけれど、残念ながらそれを理解する学力が備わっていない。


「だから、超能力だって言っているんじゃない。この世界の科学技術じゃ実現出来ないことが目の前にあるんでしょう? だったらそれは紛れもなく瞬間移動よ。それ以上に何があるというのかしら?」


 いや、まあ。

 ぼくはこの学校に入ってそんな長く過ごした訳ではないし、歴史も何も分からないけれど……、でもこれだけは言える。

 瞬間移動とかそういったことは絶対に有り得ない。

 きっと何かと見間違えて、そんな風に脳が判断してしまったのだと、そう思う。


「……先ずは、確認しに行きましょうか。そこまで言うのなら、ね。現場検証は大事だと思うし」


 そう思うなら、そうすれば良いじゃないか。

 しかし、そこまで行くとマジで立派な探偵だな……。探偵部に名称を変えた方が良いんじゃないか?


「それは嫌ね。だって、探偵部なんて名前にしたら、そういった依頼ばかり来るでしょう? それは嫌なの。わたしが探しているのはあくまで——」

「事件じゃなくて超能力者なんだろ。それぐらい、何度も言わなくたって良いよ……」

「分かっているじゃない。それじゃあ、現場に向かいましょうか」


 立ち上がったところで、あずさは首を傾げて呟いた。


「……ほんとうに、謎を解決してくれるのですか?」


 謎というか、何というか。


「ええ、超能力者が居るってことを、この新入部員に分からせてあげるのよ!」


 ぼくは未だ入部してねえよ。

 しかしそんなツッコミは、アリスには到底届かないのだった。

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