第18話 夜

 合宿所の鍵を受け取ったぼく達は、先ずは合宿所へと向かうことにした。確かに鬼火の調査をしなければならないのだけれど、それよりも先に今日の宿泊地を確認しておいた方が良いだろう。

 まあ、合宿所を利用する理由は、夜半に探索しに行くためなのだけれど。

 そうでなければ、わざわざ合宿所を借りることなどしない。

 合宿所は、グラウンドの端にある。

 つまり、校舎からは離れた場所にある。有栖川学園自体が、市街地から離れた場所に位置しているために、この合宿所は孤立した空間に感じる。

 孤立していると言っても、電気ガス水道といったライフラインは、基本的に通っているのだけれどね。

 合宿所の電気は点いていなかった——当然と言えば当然なのだけれど、ブレーカーが落ちている。ブレーカーを落としておくことで電気代を節約出来るのだろうけれど、いちいちブレーカーを上げないといけない面倒臭さは残る。使う人が少ないから、利便性などどうでも良いのかもしれないけれど。


「それじゃ、今日の宿はどんなかなあ……!」


 一番ワクワクしているのは、和紗だった。

 まあ、怪盗同好会と縁があるのだから、こういった非現実にはワクワクするのかもしれないな。或いは、ワクワクしていないぼくの方が、間違っているのかもしれない……。


「何をそんなにワクワクしているのか、さっぱり見当がつかないのだけれど……」


 言ったのはあずさだった。

 そういえば文学少女たるあずさも一緒についてきていたんだった……。正直、影が薄いからすっかり忘れていたのだけれど。

 あずさもあずさで、こういった怪異は好きらしい。

 怪異と言って良いのかは、定かではないけれどね。


「あずさもワクワクしていたじゃないか。その割には、今普通にしているけれど」

「別に、わたしだってワクワクしていない訳ではないから。ただ、ちょっと……」


 ちょっと、何だ?


「ちょっと、不安になっているだけ。だって、夜に学校に居るなんて、何だか不安にならない?」


 そうか?

 今のぼくは、どちらかというとワクワクの方が勝っているけれどね。

 校舎は鍵が掛かっているから入れない、という制約はあるけれど、それを差し引いても非現実を味わえるだけでお釣りが来るとは思わないか?


「……正直、ちょっと相容れない感じがするのは間違いないかしら。だって、やっぱり」

「はいはい。鍵を開けたよ! 中に入って、合宿所の様子を堪能しようじゃないか」

「そう言うってことは、和紗も合宿所に入ったことはないのか?」

「基本、合宿所を使うのは運動部だしね。いわゆる文化部に所属していたから、こういった場所には縁がなかったというか……」

「吹奏楽部は使っているようだけれどね、大会が近くなると泊まり込んで練習に励むらしいよ。だからかもしれないけれど、防音壁のついた部屋もあるぐらいだし」


 マジかよ。

 それって、吹奏楽部の好待遇を表しているってことじゃないか。

 この学校の吹奏楽部って、そんなに優秀な成績を残しているんだっけ?


「さあ、どうだか」


 ぼくの疑問を、アリスは一蹴する。


「だって、この学校はどんな学校だか知っている? 超がつく程のお嬢様学校よ? 勿論、通っている生徒の親族は全員が大金持ち。そうして、殆どの親は自らの子供が可愛いと思っている訳。それこそ、全財産を注ぎ込んでも良いぐらいに……。けれども、現実問題、それは敵わない。何故なら、彼らも生活をしているから。養っていく家族に、社員に、その他諸々が居るから。彼らを差し置いて自らの子供を育てるために全財産を注ぎ込むことは……そう有り得ない。それこそ、詐欺師に引っかからない限りね」


 詐欺師、ね。

 確かに大金を持っているのだから、色んな話は舞い込んでくるのだろうけれど、きっとそれを守るためにも大金を注ぎ込んでいるはずだろうから、そう簡単に騙されはしないだろう。多分。

 さりとて、翻って考えると——自分の子供を良く見せたいために、学園にお金を費やす人は居るのではないだろうか?

 まあ、ぼくは運良く入れた一般家庭出身なのだけれどね。

 有栖川学園は、ほんとうに超がつく程のお嬢様学校で、本来ならばぼくみたいな凡人は入ることを許されない——ある一つの抜け道を除いて。

 それは、通称『選抜』と呼ばれるものだ。

 それは試験ではない。近い意味合いとしては、くじ引きだろうか。

 有栖川学園周辺に住む、有栖川学園に入学出来る年齢の男女から無作為に一名選ばれる——といったものだ。

 役所と連携していなければ出来ない取り組みであるが、当然そうである。連携し、当選者が出るまでは役所にその作業を行わせる。個人情報の受け取りも一切行わない——当選者が決まるまでのプロセスに、有栖川学園は一切関与しないということだ。

 簡単に言うが、それは宝くじの一等を当選するよりは難しくない。

 何故なら、最初の時点で分母が狭められているからだ。宝くじは購入者全員に可能性があるが、これは違う。住民——それも過去一年以内に転居した人間を除いて——の中から選ばれるのだ。

 それだけで、当選する確率がどれぐらい高いのかは、想像に難くない。

 しかし、かといって誰でも当選する訳でもないし、当選したいと思う人間も少なくはない。

 何故なら、入学した時点で、お嬢様——将来の大富豪と知り合いになれるのだから。

 そのチャンスは、きっと不正をしてでも掴みたいものだ。

 しかしながら、幾ら裏金を積まれようとも、恐らく公正に行われることは間違いない。

 有栖川学園は、それだけその街に貢献しているのだ。

 裏切って、所在地の変更でもされてしまえば——その街の価値は地に落ちる。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る